うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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父の言う兄妹による共同統治という現実が私にとっても重くのしかかるとは全く予想していなかった。

何しろ元婚約者の不埒な宣言から、両親の過去、そして兄の救出という名の送迎に加え、兄が後継者となることを公にした晩餐会、私の婚約破棄と続きものを考える時間がなかったのだ。

気づかなかった。
共同統治とは、私が兄の政務の一端を担う立場に就くということに。

兄を守るなどと息巻いた私だが、現実は兄と二人で父から教育を施される毎日であり、主に足を引っ張っているのは私である。

「フランシスカ?」
「……はい、お父様」
「その顔は、わかっていないな。後でバレットに噛み砕いて教えてもらいなさい」
「はい」

こんな父娘の会話は日常茶飯事となり、兄が内心くすりと笑っているのもまた日常だろうと私は謙虚に受け止めている。

しかし私の性格上、息が詰まるような日々には耐えられないと知っている父は、私に余暇の時間を多分に与えてもくれていた。
そしてその時間のほとんどは兄と過ごしている。無論、私の理解が追いつかないせいで、兄自らの手で共同統治者の教育をしなければ我が身が危ないからだ。

情けない。

「それで?何がわからないって?」

マスグレイヴ伯爵令息として一通りの礼節はあっさり身につけた兄だったが、二人きりの時間にはいつも寛いでいる。
足手まといの分際ではあるが、私たちは互いがただ一人の理解者であり、気を許せる相手でもあった。

今日も父直々の教育の後、図書室に移り地図を広げた私の前で、半分だらけているような姿勢で浅く椅子に腰かけ足を組んだ兄が頬杖をついてこちらを斜めに見あげている。
揶揄う目だ。

「どうして……」

私は今日の内容を反駁し、兄に何を理解していないのか察してもらう。実に不甲斐ない。

兄はくすりと笑う。
馬鹿にしているわけではなく、優しく目尻を下げて。

社交界デビューと共に結婚への道を突き進んでいた私にとって歴史と地勢が特に難しく、父の要求する水準に達する為に話の前提の、そのまた更に前提を学ばなくてはならない。

もはや兄が私の家庭教師役となっていた。
教会の教育は立派だった。

因みに兄の説明は簡潔でわかりやすく、私の頭にもすっと入ってくる。
これが数多の国賊を担ってきた監獄長の話術かと感嘆している。

「宝の持ち腐れだな。こんな立派な図書室があったっていうのに」
「私は兵法が好きなのよ。あと天文学」
「天文学?」
「空って素敵でしょう?雪が降ったり、嵐がくるとわくわくしない?」
「へえ……」
「その繋がりで、太陽と雨で育つ植物も好き。弄ってみたいわ」
「そのうち暇になる。泥だらけになって土と戯れようと、俺は知らぬ存ぜぬで貫いてやるよ」
「誰の目にも触れないわ。私、お兄様と一緒じゃなきゃ外へ出ないもの」

他の腹違いの兄弟姉妹がどのようなものか全くの未知だが、私たちは非常に良好な関係を築いている。

似ているかと言われると、外見上、その気配はない。
ただ気が合うのだ。

恐らくは単純に、極悪人ばかりを目にしてきた兄にとって私などは取るに足らない存在なのだろう。

時々、面白いものを見ている目をしている。
こちらを興味深く観察している時、兄は優しい目つきで僅かに口角をあげているのだが、私は気付かないふりをしていた。

この先、私たち兄妹にはたっぷりと共に過ごす時間が用意されている。年月と言い換えてもいい。一生かもしれない。
だから急いで互いを知る必要などないのだ。

正直な所、私も兄に物珍しさを感じて観察してしまうが、きっと兄も私の視線に気づきながら見ないふりをしてくれているのだろう。

初対面で監獄長だった兄がきちんと伯爵令息をこなしているのだから面白くないはずがない。
やや粗野で危うい殺気のようなものを纏ってはいるものの、兄はかなり上手くやっている。これが血の成せる業かと一人密かに呻る私だ。

……私にも半分は同じ血が流れているはずなのに。

次期領主として兄は誰の目から見ても有能に映るだろう。私は違う。
大人しく、私はお兄様のお荷物ですからホホホ、とでも笑って誤魔化そうかと最近は思わなくもない。

「チェスしようぜ」
「待ってたわ」

このように気が合う私たちである。

兄があの陰気な父の実の息子なのだろうかと半ば信じられない気もしつつ、私も父の娘なのだと思えば漠然と納得できた。

「なんだよ」

チェス盤を整えながら兄が訝し気に苦笑する。
物思いに耽りつつ無遠慮にもその精悍な顔を凝視していたのだから、変に思われても仕方ない。

「お兄様といると楽しい」
「そうか?じゃあ、ガキみたいに駆けっこするか?」
「ええ、失われた時間を取り戻しましょう」
「いいぜ。どうしようかな……駆けっこじゃ物足りないか。下手な弟よりよっぽど育て甲斐があるから……木登りなんか」
「見縊ってもらっては困るわね。私は何度も危機一髪下りられないという窮地から華麗に生還しているのよ」
「じゃあ洞窟探検なんかどうだ?」
「洞窟ですって!?素敵!是非とも暗闇で生き抜く術を教えてちょうだいお兄様」
「ああ、なんでも教えてやるよ」

可愛い妹の為ならな、と言いながら兄が砂時計を返した。
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