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29(バレット)
執事が途中から道を変えた。
「?」
変えたというのは語弊があるかもしれない。
執務室に向かっていると思い込んでいたのは俺の勝手だ。しかしフランシスカも怪訝な表情で俺の袖を掴み執事に注意深く視線を注いだ。
痩せた背中は何も語らない。
俺たちに語るべきことが一つもないとでもいうように……というのは些か卑屈すぎるか。
しかし行先に薄々気づき始めた時、俺は諦めに似た気持ちで小さな溜息をついた。フランシスカはそんな俺にも更なる怪訝な目を向けたが、小さく笑って取り繕っておく。
俺たちは応接広間に足を踏み入れた。
そこには蒼白く陰気な俺の父親と、当然のようにあっけらかんと寛ぐこの王国の第三王子アベル殿下がいた。
「おぅ、次期伯爵!ご機嫌如何かな?」
「……」
俺は素直に言葉を失いアベル王子に冷めた視線を注いだ。
「王子……」
俺の袖を掴んだままフランシスカも小さく呻る。
しかし次の瞬間には優雅な伯爵令嬢として俺の前に踊り出た。
「まあ、アベル殿下ではありませんか。ようこそお越しくださいました」
ちゃっかりしている。
こういうところも可愛い。
「やあ、フランシスカ。兄上教育は楽しいかい?」
「はい。その節はお世話になりました。ありがとうざいます。この通り、兄妹力を合わせ来るべきその日に向けて鍛錬に励んでおります」
「おぉ、いいぞいいぞ」
王子はフランシスカに目尻を下げて上機嫌で会話を重ねる。
「マスグレイヴ伯爵。若い血がこの城を活気づけてくれてさぞや嬉しいでしょう」
「はい」
俺とフランシスカの父親マスグレイヴ伯爵は亡霊か病人のように乾いた力無い声で簡潔に応じている。最早、相手にしていないと表現しても差し支えない冷めた返事だった。
王子は気にする様子もない。
優雅には程遠いがさつな所作でソファーから立ち上がり、体を完全に俺たち兄妹へ向けた。
「バレット。我が友よ。お前の顔が見たくて遥々やって来た。元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます」
監獄長から伯爵令息になったところで俺と王子の関係性に大した変化はない。
だがヴァルカーレ監獄に赴く目的とマスグレイヴ城に赴く目的が王子の中で一致しているはずはない。俺たちは互いの顔を見て癒される関係ではないからだ。
「二人とも、立ってないでこちらへ。殿下、お待たせいたしました。どうぞお掛けください」
父が冷えた声で俺たちを促す。
大方、突然訪れた第三王子に辟易し、原因である俺を迎えた己の決断を悔やんでいるのだろう。
領地経営は堅実そのものだが、現在のマスグレイヴ城の在り方から見てもこれは一家の隠遁生活に近い。
王族が立ち入るようになるなど耐え難い変化になるはずだ。
其々が席に着くと王子は鷹揚と話し始めた。
それは友人に向けた他愛ない内容の一方的なお喋りで、フランシスカが気を利かせて相槌や相手を満足させる質問を適所に挟んでいくという無為な時間となる。
程なくして父が腰を上げた。
「どうやらお邪魔なようです。殿下、マスグレイヴ城での御滞在、心行くまでお楽しみください」
若い同世代の三人を残し城主が応接広間を辞す。
それを見送ったままの笑顔を王子が俺に向けて言った。
「さて、本題の土産話だが。お前たち、この話、聞くかい?」
「?」
変えたというのは語弊があるかもしれない。
執務室に向かっていると思い込んでいたのは俺の勝手だ。しかしフランシスカも怪訝な表情で俺の袖を掴み執事に注意深く視線を注いだ。
痩せた背中は何も語らない。
俺たちに語るべきことが一つもないとでもいうように……というのは些か卑屈すぎるか。
しかし行先に薄々気づき始めた時、俺は諦めに似た気持ちで小さな溜息をついた。フランシスカはそんな俺にも更なる怪訝な目を向けたが、小さく笑って取り繕っておく。
俺たちは応接広間に足を踏み入れた。
そこには蒼白く陰気な俺の父親と、当然のようにあっけらかんと寛ぐこの王国の第三王子アベル殿下がいた。
「おぅ、次期伯爵!ご機嫌如何かな?」
「……」
俺は素直に言葉を失いアベル王子に冷めた視線を注いだ。
「王子……」
俺の袖を掴んだままフランシスカも小さく呻る。
しかし次の瞬間には優雅な伯爵令嬢として俺の前に踊り出た。
「まあ、アベル殿下ではありませんか。ようこそお越しくださいました」
ちゃっかりしている。
こういうところも可愛い。
「やあ、フランシスカ。兄上教育は楽しいかい?」
「はい。その節はお世話になりました。ありがとうざいます。この通り、兄妹力を合わせ来るべきその日に向けて鍛錬に励んでおります」
「おぉ、いいぞいいぞ」
王子はフランシスカに目尻を下げて上機嫌で会話を重ねる。
「マスグレイヴ伯爵。若い血がこの城を活気づけてくれてさぞや嬉しいでしょう」
「はい」
俺とフランシスカの父親マスグレイヴ伯爵は亡霊か病人のように乾いた力無い声で簡潔に応じている。最早、相手にしていないと表現しても差し支えない冷めた返事だった。
王子は気にする様子もない。
優雅には程遠いがさつな所作でソファーから立ち上がり、体を完全に俺たち兄妹へ向けた。
「バレット。我が友よ。お前の顔が見たくて遥々やって来た。元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます」
監獄長から伯爵令息になったところで俺と王子の関係性に大した変化はない。
だがヴァルカーレ監獄に赴く目的とマスグレイヴ城に赴く目的が王子の中で一致しているはずはない。俺たちは互いの顔を見て癒される関係ではないからだ。
「二人とも、立ってないでこちらへ。殿下、お待たせいたしました。どうぞお掛けください」
父が冷えた声で俺たちを促す。
大方、突然訪れた第三王子に辟易し、原因である俺を迎えた己の決断を悔やんでいるのだろう。
領地経営は堅実そのものだが、現在のマスグレイヴ城の在り方から見てもこれは一家の隠遁生活に近い。
王族が立ち入るようになるなど耐え難い変化になるはずだ。
其々が席に着くと王子は鷹揚と話し始めた。
それは友人に向けた他愛ない内容の一方的なお喋りで、フランシスカが気を利かせて相槌や相手を満足させる質問を適所に挟んでいくという無為な時間となる。
程なくして父が腰を上げた。
「どうやらお邪魔なようです。殿下、マスグレイヴ城での御滞在、心行くまでお楽しみください」
若い同世代の三人を残し城主が応接広間を辞す。
それを見送ったままの笑顔を王子が俺に向けて言った。
「さて、本題の土産話だが。お前たち、この話、聞くかい?」
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