うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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今この申し出を拒絶したらどうなるだろう。
私は心を擽る好奇心を抑えつけ兄に返答を託した。

「はい。伺います」

兄は低い声で簡素に答える。
王子は淡白な反応にわざと憤慨したふりをしながらも笑いを隠しきれず、結局は興奮も隠しきれなくなり、笑いながら兄の腕を数回叩いた。

無邪気極まりないやんちゃな第三王子である。
二十年早ければ可愛く見えたかもしれない。その機会はない。

「……」

体が揺れるのを無言で耐え忍び、兄が虚空に目を据えている。
私は助け舟を出した。

「焦らさないでください。何があったのですか?」

兄の揺れが止まる。

「フランシスカ。君もこの話は楽しめるはずだ」
「……」

まだ焦らすのか。
王子でなければ爪か足で促すのも検討したい事態だが、残念ながら相手は王子。圧倒的権力、圧倒的権威を前に私は一伯爵令嬢として微笑み続けた。

アベル王子が得意気に人差し指を立てる。

「オリファント伯爵令息がオペラ座の楽譜売りの少女を誘拐した」
「──」

私の笑みは凍り付いた。
次の瞬間、燃えあがった。

「はあっ!?」
「!?」

元婚約者ウォルトンの凶行より私の声に兄は驚き、見開いた目を私に向けた。心外だ。一緒に驚いて欲しかった。

「しかも白昼堂々」
「なっ、なっ、えっ、どっ」
「どうやら君の婚約破棄が相当堪えたらしい」
「ええ!?」

私の目の前で愛人宣言をしたのはウォルトンだ。
私を蔑ろにして傷つけるのは平気なくせに、私からの婚約破棄には狂う程傷ついたとでもいうのだろうか。

「君無しでは生きていけない、君がいてこそ他の女を愛せる──と、実に馬鹿げた持論の元、誘拐した少女の黒髪を君そっくりの色に染めさせ、瞳の色を誤魔化すために暗がりに閉じ込め、言動の全てで君のふりをさせていたぞ」

狂う程傷ついたらしい。

ウォルトンの愛人宣言から始まった様々な事柄に驚き度々言葉を失い続けてきた私だが、今回が最大級の驚愕だった。
呆れや軽蔑も一旦通り過ぎ無我の境地に陥る。

私は呆然と王子の生え際辺りを見つめた。

「まるで見てきたような口ぶりですね」

兄が硬い声で先を促す。
私は兄が監獄長であったことに思いを馳せた。

「見たさ」
「見たのね」

私の口から独りでに言葉が転び出る。相手は王子だが、王子の方も私の動揺を楽しんでいる。動揺する私の顔を見に来たというのが本音ではないかとすら思う。

「実は楽譜売りの少女キャロルには数人の貴族が目を付けていた。彼らが密かに結託しオリファント伯爵令息にありとあらゆるありもしない罪を被せ陥れようとしていた。これもこれで罪だろう?腐った枝を伐るのが私の役目であるからして、同志と見せかけ共にキャロルを救出してきたところさ。どうだ。いい土産話だろう?」

ウォルトンに目を付けられただけの楽譜売りの少女にはそこまで個人的な恨みを感じていなかった私にとって、キャロルの誘拐と監禁は心を痛めるのに充分だった。

「彼女はどうしているのですか?」

私が尋ねると王子は肩を竦めた。

「男などまっぴら御免と修道院に逃げたよ」
「修道院……」

キャロルは気の毒だったが、どこまでも私との因縁を感じてしまう。
ただ、現在は無事だとわかり深い安堵に満たされた。

「ハミルトン伯爵など老いらくの恋と救出劇ですっかり参ってしまっていた上、ふられて更に参って禿げたよ」
「気の毒ですわ……」

何故か私が心苦しくなり目をあらぬ方向に逸らす。

「さて。恋に狂った貴族たちの最も罪深い一人を除き、厳重注意で済ませた。やったことは情けないが罪の捏造を企てたに過ぎず、全責任はオリファント伯爵令息一人にあるのだから当然だ。こんなことで私は自分を寛大と豪語するつもりはない」

要らぬ謙遜だが相手は王子。
そんな王子が楽しい土産話を続ける。

「しかし逮捕には至らなかった。誘拐相手が漁村生まれの平民で本人は修道院に逃げ込んだ。こうなるとまず訴えがない。更に、大切な一人息子が発狂したのは元婚約者に理性と寛大な心がなかったせいだとオリファント伯爵夫妻は擁護に徹している」
「……」

ここまで他人事として聞いていた私の胃が、きりりと痛んだ。
話の矛先が完全に私に向いたと気づき、私は深く息を吸い込んでから呻りつつ吐き出した。長い、長い溜息を。

「フランシスカ。全ては君の無慈悲で軽率な婚約破棄が元凶だとオリファント伯爵が訴えを起こしかけた。案ずるな、それも私が釘を刺したよ」
「ありがとうございます……」
「それで、だ」

続きを聞きたくない。
しかし、聞かなければならない。

「結論を言おう。バレット、オリファント伯爵はお前を恨んでいる」
「責任転嫁の天才ですね」

不倫の結果に産まれた非嫡出子として監獄長という厳しい役目を担っていた兄が、次期マスグレイヴ伯爵になると正式に発表したのだ。
オリファント伯爵家の歪んだ価値観によって、私の婚約破棄は兄が爵位を継承するための布石だったのだと曲解されても不思議ではない。

「お前が晴れてマスグレイヴ伯爵となった暁には、追って爵位継承した新たなオリファント伯爵ウォルトン卿が、お前の妹、愛しいフランシスカを奪い返す為に戦争を起こす」
「……」

開いた口が塞がらないのは私だけではない。
兄も口と目を半開きいんして呆然としている。

王子がまた兄を叩いた。

「──かもしれないと心の準備をしておいてくれ。案ずるな。その際は私が援軍を引き連れ馳せ参じるさ!燃えるなぁ!妹の元婚約者を懐かしのヴァルカーレ監獄にぶち込むんだぞ!?楽しみじゃないか!!」
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