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31(バレット)
「まあ、あくまで仮定の話だ!」
楽しそうな王子を無視し俺は妹の手を軽く叩いた。
「実際に少女を一人誘拐し、別人を演じさせ監禁し、全く罪の意識がない。相手は狂人一家だ。フランシスカ、心の準備をしておけよ」
「お兄様……」
恐がる素振りがないのは救いだ。
妹の心の強さは窮地で真価を発揮する。
その時、王子が思いがけない言葉を吐いた。
「歴史に残るなぁ、フランシスカ。しかし鉄壁の守りが欲しければ最強の砦があるぞ。教えてやろう。私の妃になるのさ」
「!?」
俺とフランシスカは言葉が齎す衝撃で互いに間抜け面を晒しつつ王子に釘付けになる。
「その場合も歴史に残る」
「あ……はぁ……」
どこまで冗談かわからない王子の発言に全く太刀打ちできない様子の妹が不憫で、却って俺はさっさと理性を取り戻した。
「妹を揶揄わないでください」
「否、冗談で求婚するほど愚かではない」
「……」
絶句してはいけない。
沈黙はその分、王子に発言を許してしまう。
「少なくとも時と場所を考えず女を口説く程度には愚かということですね」
「私だってロマンチックになれるが、兄上を前にして甘い囁きなど気恥ずかしくてやっていられないだろう。気まずいじゃないか」
「今、誰よりも気まずいのは妹だと思いますが」
俺と王子の応酬に耐えきれなくなったのか、妹が勢いよく立ち上がり、声を裏返し叫んだ。
「私、用事を思い出しました!お兄様、殿下、ごゆっくり!」
そして応接広間から走り去る。
ちょこまかとした小走りにしては俊敏すぎるその身の熟しが、妹を伯爵令嬢からポメラニアンに変貌させる。
俺が妹の姿を目で追い、そのまま視線を留めていると、ふと王子が静かな声で俺を呼んだ。
「バレット」
「……」
正直、会話を拒絶したい。
寧ろ既に拒絶しかけている。
「冗談だ」
「何処からですか?」
俺は妹の後ろ姿を追い掛けたまま、今は只の空間を眺めたままで尋ねた。
王子の妃になるという話は強ち悪くないのではいかと、その思いがじわじわ広がっていくのを感じる。
俺の妹として皺くちゃの老婆になるまで共同統治者として隣に縛り付けておくのは可哀相と言えば可哀相だ。父も、王子に嫁ぐとなれば寛容さも身につけるだろう。
「さあ、何処からかな」
「面白くありませんね。改めてお願い申し上げますが、妹を揶揄わないでください」
「男を狂わせるタイプじゃないというのに、妙な奴に目を付けられたものだ」
「その妙な奴にあなたも含まれるかもしれないと謙虚に思い当たったりはしないのですか?」
俺が辛辣な言葉を返すことすらこの王子にとっては楽しいらしいと気づいて数年。
揶揄う対象が俺だけでなく、俺の妹かもしれないと散々話題にしてきたフランシスカ本人にも及んだ。それだけだが異常な程に気が重い。
「……」
改めて王子と目を合わせてみると、場違いな労わりの視線とぶつかった。
「元気な顔が見れてよかったよ、バレット。可愛いフランシスカとも仲良くやっているようじゃないか」
「ええ。兄妹ですから。気が合うんで」
「ああ、そうだな。似ているというより、気が合うといった雰囲気だ」
それは俺も日々感じていることだった。
男女の違いがある上に腹違いだから外見が似ていないのは当然で、気が合うのは半分血が繋がっているから当然。それがどうした。それでいいんだ。
「お前が正式に公表して驚いたよ。かもしれなかった相手と本当の兄妹になってしまったじゃないか」
王子の慮るような声音に苛つく。
「可愛いんだろう?フランシスカ」
「……」
「さっき私の妃になれと言った時、お前たち、凄い顔をしていたぞ」
「……あなたが碌でもない冗談を言うからです」
「私の第一声を覚えているか?」
ふいに王子が声を潜める。
俺に理解を示すような視線が気に食わない。
「……」
あの日は違った。
俺と初めて会った日のアベル王子は挑発を込めた揶揄いの笑みを浮かべていた。
そして鼻で笑って言ったのだ。
──お前にそっくりな男を知っているぞ。
「男というのは実際、父親に似ているものなんだ。年月が経てばそっくり同じ顔になることが多い」
「何が仰りたいのやら」
「お前、どこからどう見てもマスグレイヴ伯爵の息子じゃないだろう。髪の色、肌の色、瞳の色、声。誰も納得しない。お前を表に出したくない男はマスグレイヴ伯爵一人じゃないということさ」
「……俺をけしかけたのはあなたでしょう」
「ああ。そうさ。案ずるな。お前がうっかり殺されないよう私が常に目を光らせておくよ」
「……」
「だけどお前、苦しむぞ。お前たちは異母兄妹として歴史に名を刻んでしまった」
「……」
俺は席を立った。
相手が王子だろうと関係なかった。
「殿下。万が一、俺が殺されたら妹を頼みます」
暫く沈黙の中で睨み合う。
俺は応接広間を出ていくつもりでいたのだが、王子が身を乗り出し俺を再び座らせた。
「ああ。任せておけ、バレット。友の為なら私はなんでもしてやるさ」
その後、取り留めもない話に数時間付き合わされたが、俺の心は燻ぶりを暴かれ始終鬱屈としていた。
望んで産まれてきたわけでもない。
親の咎を背負わされる碌でもない人生だ。
それでも好意的に生きようとしてきた。
今は只、妹フランシスカの人生が豊かであるよう願うばかり。
それでいい。
それだけでいいはずだった……
いいはずだったが、俺の中の燻ぶりはこの馬鹿王子によって焚きつけられて勢いを増そうとし始めた。
わかっている。
母親が違うのは確実だ。だが、父親も違うかもしれない。
フランシスカは妹ではないかもしれない。
だが本当のことなど確かめようもない。
仮に俺の父親がマスグレイヴ伯爵ではなかったとしても、俺の母親とその侍女が同じ男に抱かれていた可能性はこびり付いた血痕の如く残っているのだ。
だから俺たちは兄妹でいい。
俺が決断するのに王子の許しなど要らない。
フランシスカを愛してしまったからこそ、俺の決断は正しい。
王子は嫉妬させる目的で妃になれなどという面白くもない冗談を言ったのだ。
俺がアベル王子を恨むのは当然であり、無論、責任転嫁などではないはずだ。
とりあえず、さっさと帰れ。
消えてくれ。
「崖を背にひっそりと佇むマスグレイヴ城、いいな。住んでいるのが血の気の多い兄妹だというのが更にいい。味わい深い」
王子は二十日も居座った。
殺そうかと思った。
楽しそうな王子を無視し俺は妹の手を軽く叩いた。
「実際に少女を一人誘拐し、別人を演じさせ監禁し、全く罪の意識がない。相手は狂人一家だ。フランシスカ、心の準備をしておけよ」
「お兄様……」
恐がる素振りがないのは救いだ。
妹の心の強さは窮地で真価を発揮する。
その時、王子が思いがけない言葉を吐いた。
「歴史に残るなぁ、フランシスカ。しかし鉄壁の守りが欲しければ最強の砦があるぞ。教えてやろう。私の妃になるのさ」
「!?」
俺とフランシスカは言葉が齎す衝撃で互いに間抜け面を晒しつつ王子に釘付けになる。
「その場合も歴史に残る」
「あ……はぁ……」
どこまで冗談かわからない王子の発言に全く太刀打ちできない様子の妹が不憫で、却って俺はさっさと理性を取り戻した。
「妹を揶揄わないでください」
「否、冗談で求婚するほど愚かではない」
「……」
絶句してはいけない。
沈黙はその分、王子に発言を許してしまう。
「少なくとも時と場所を考えず女を口説く程度には愚かということですね」
「私だってロマンチックになれるが、兄上を前にして甘い囁きなど気恥ずかしくてやっていられないだろう。気まずいじゃないか」
「今、誰よりも気まずいのは妹だと思いますが」
俺と王子の応酬に耐えきれなくなったのか、妹が勢いよく立ち上がり、声を裏返し叫んだ。
「私、用事を思い出しました!お兄様、殿下、ごゆっくり!」
そして応接広間から走り去る。
ちょこまかとした小走りにしては俊敏すぎるその身の熟しが、妹を伯爵令嬢からポメラニアンに変貌させる。
俺が妹の姿を目で追い、そのまま視線を留めていると、ふと王子が静かな声で俺を呼んだ。
「バレット」
「……」
正直、会話を拒絶したい。
寧ろ既に拒絶しかけている。
「冗談だ」
「何処からですか?」
俺は妹の後ろ姿を追い掛けたまま、今は只の空間を眺めたままで尋ねた。
王子の妃になるという話は強ち悪くないのではいかと、その思いがじわじわ広がっていくのを感じる。
俺の妹として皺くちゃの老婆になるまで共同統治者として隣に縛り付けておくのは可哀相と言えば可哀相だ。父も、王子に嫁ぐとなれば寛容さも身につけるだろう。
「さあ、何処からかな」
「面白くありませんね。改めてお願い申し上げますが、妹を揶揄わないでください」
「男を狂わせるタイプじゃないというのに、妙な奴に目を付けられたものだ」
「その妙な奴にあなたも含まれるかもしれないと謙虚に思い当たったりはしないのですか?」
俺が辛辣な言葉を返すことすらこの王子にとっては楽しいらしいと気づいて数年。
揶揄う対象が俺だけでなく、俺の妹かもしれないと散々話題にしてきたフランシスカ本人にも及んだ。それだけだが異常な程に気が重い。
「……」
改めて王子と目を合わせてみると、場違いな労わりの視線とぶつかった。
「元気な顔が見れてよかったよ、バレット。可愛いフランシスカとも仲良くやっているようじゃないか」
「ええ。兄妹ですから。気が合うんで」
「ああ、そうだな。似ているというより、気が合うといった雰囲気だ」
それは俺も日々感じていることだった。
男女の違いがある上に腹違いだから外見が似ていないのは当然で、気が合うのは半分血が繋がっているから当然。それがどうした。それでいいんだ。
「お前が正式に公表して驚いたよ。かもしれなかった相手と本当の兄妹になってしまったじゃないか」
王子の慮るような声音に苛つく。
「可愛いんだろう?フランシスカ」
「……」
「さっき私の妃になれと言った時、お前たち、凄い顔をしていたぞ」
「……あなたが碌でもない冗談を言うからです」
「私の第一声を覚えているか?」
ふいに王子が声を潜める。
俺に理解を示すような視線が気に食わない。
「……」
あの日は違った。
俺と初めて会った日のアベル王子は挑発を込めた揶揄いの笑みを浮かべていた。
そして鼻で笑って言ったのだ。
──お前にそっくりな男を知っているぞ。
「男というのは実際、父親に似ているものなんだ。年月が経てばそっくり同じ顔になることが多い」
「何が仰りたいのやら」
「お前、どこからどう見てもマスグレイヴ伯爵の息子じゃないだろう。髪の色、肌の色、瞳の色、声。誰も納得しない。お前を表に出したくない男はマスグレイヴ伯爵一人じゃないということさ」
「……俺をけしかけたのはあなたでしょう」
「ああ。そうさ。案ずるな。お前がうっかり殺されないよう私が常に目を光らせておくよ」
「……」
「だけどお前、苦しむぞ。お前たちは異母兄妹として歴史に名を刻んでしまった」
「……」
俺は席を立った。
相手が王子だろうと関係なかった。
「殿下。万が一、俺が殺されたら妹を頼みます」
暫く沈黙の中で睨み合う。
俺は応接広間を出ていくつもりでいたのだが、王子が身を乗り出し俺を再び座らせた。
「ああ。任せておけ、バレット。友の為なら私はなんでもしてやるさ」
その後、取り留めもない話に数時間付き合わされたが、俺の心は燻ぶりを暴かれ始終鬱屈としていた。
望んで産まれてきたわけでもない。
親の咎を背負わされる碌でもない人生だ。
それでも好意的に生きようとしてきた。
今は只、妹フランシスカの人生が豊かであるよう願うばかり。
それでいい。
それだけでいいはずだった……
いいはずだったが、俺の中の燻ぶりはこの馬鹿王子によって焚きつけられて勢いを増そうとし始めた。
わかっている。
母親が違うのは確実だ。だが、父親も違うかもしれない。
フランシスカは妹ではないかもしれない。
だが本当のことなど確かめようもない。
仮に俺の父親がマスグレイヴ伯爵ではなかったとしても、俺の母親とその侍女が同じ男に抱かれていた可能性はこびり付いた血痕の如く残っているのだ。
だから俺たちは兄妹でいい。
俺が決断するのに王子の許しなど要らない。
フランシスカを愛してしまったからこそ、俺の決断は正しい。
王子は嫉妬させる目的で妃になれなどという面白くもない冗談を言ったのだ。
俺がアベル王子を恨むのは当然であり、無論、責任転嫁などではないはずだ。
とりあえず、さっさと帰れ。
消えてくれ。
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