38 / 60
38
「お兄様!凄いわね!王子様から直々の御手紙よ!」
父の執務室に遅れて入った私は、道すがら執事から預かった豪勢な封蝋の美麗な封筒を大袈裟に振りつつ二人を煽った。
何処をどう大目に見ても親子とは思えない父と兄。
意外にも王宮からの手紙に顔色を変えたのは当の兄ではなく父だった。
「何……?お前……」
「監獄時代に築いた人脈です。父上を煩わせるような内容じゃありません」
似ていない上に険悪な二人だ。
私は父を一瞥し、見せつけるように兄に大仰に手紙を手渡した。
「どうぞ」
兄は無言で受け取ると、開こうともせず懐に忍ばせてしまう。
意外だった。
私的な用件であろうと相手は王子。その手紙を父との勉強の為に後回しにするなど考えられない。
内容も気になるが、秘密めいた兄の態度も気になる。
「お父様、お庭を徘徊していらしたら?」
私が促すと父は兄を睨んだ。
「お前の影響で娘が日々生意気になっていく」
「ただ嫌われたんでしょう」
言いながら兄が私に椅子をすすめる。
しかし父が首を振った。
「気が滅入った。お前たち、遊んできなさい」
兄妹で父の執務室から追い出された形の私たちは扉の前でどちらともなく視線を絡ませる。それは今日に限っては甘酸っぱい秘密めいた目配せではなく、好奇心と悪戯心によるものだった。
「どんな御用かしら」
「……知りたいか?」
「ええ!」
期待を込めて大きく頷くと兄は顎で私を促し歩き出した。
その直後、図書室に向かうだろいうという私の予想は数歩で外れた。兄は廊下の隅で文字通り物陰に隠れるようにして封筒を開けた。
「え……?」
あのやんちゃが過ぎる第三王子がまともでないのは納得できるが、千切った布の切れ端が手紙より先に兄の指によって抓み出されたのは意外過ぎた。
「紋章……?」
それも王侯貴族のものではない。
私はその紋章が何者たちを差すか思い当たると大きく頷いていた。
「ああ……これは見せなくて正解だったわね」
「なんで」
兄の声は以前を思い出すほど硬く掠れている。
「お父様、教会を忌み嫌っているの。吸血鬼だから」
「へえ」
「これ、聖職者よね?」
「……大司教だ」
ヴァルカーレ監獄の監獄長であった兄は紋章を余すところなく把握しているらしい。
私が切れ端を受け取ると兄は折りたたまれた手紙を開いた。そこには中央にただ一行、人名が走り書きされていた。
「アンブロシウス・エイデシュテット……」
「大司教様を示すにしては随分と雑な手紙ね……って、えっ!?」
私は兄を叩いた。
「まさか暗殺指令!?」
「馬鹿。俺は監獄長だっただけで、別に王子お抱えの暗殺者じゃねえんだよ」
「でもこれ、この大司教が悪者だから捕えろって合図なのではなくて?以前もこういう形で王子と協力しあって国賊を捉まえていたの?かっこいい!」
「黙れ。落ち着け」
興奮する私から紋章を取り上げ、兄は手紙ごと封筒に収め懐に隠す。私には意味がわからないままだが、受け取った兄は涼しい顔をして何もかも承知の上なのだ。妬ましい。
元監獄長であり現在は伯爵令息の、元々は非嫡出時であった兄バレット・ヘイズ。第三王子と組んで秘密裏に何かをしている。
その一端を私に垣間見せておいて蚊帳の外を貫きはしないだろう。
私の胸は激しく踊った。
期待が高まりすぎて何度も兄の腕を叩いていた。頑丈な兄は微動だにしない。
「誰にも言うなよ?」
「わかってるわよ!誰がこんな面白いこと──」
「あなたたち何してるの!?」
母の咎める声が廊下の向こうから投げつけられた。
「!」
私と兄は同時に身を翻し、向かってくる母と対峙する。
母が城内を自由に歩き回っていても何も疑問はない。ただ間が悪かっただけだ。
しかし既に隠すべきものは兄の懐にしまわれている上、今の私たちは親密な行為に至っていたわけでもないので何も気まずくはない。
「今はお勉強の時間でしょう?」
咎められた。
私は簡潔に答える。
「お父様が気鬱で、今日は遊んできなさいって追い出されたのよ」
「え?……アーネストがそう言うなら……でも、あなたたち」
母が険しい表情で私と兄を交互に指差し言った。
「ちょっと離れなさい。いい年して気持ち悪いわよ?」
そして忌々しそうに兄を睨んでから去っていった。
暫く無言で立ち尽くしていたが、母の態度から確信を得た私は横目で兄を見上げて告げた。
「お母様、私たちが本当の兄妹じゃないって知ってるわ。じゃなきゃあれほど軽やかな嫌味は言わないわよ」
何処をどう穿って見ようと血縁者には見えない私たちが兄妹であるはずがない。
私たちが産まれた頃に親たちが特大の秘密を抱えているだけだ。
でなければ兄に──バレットに心が傾くはずがない。抱きしめられる時のぬくもりを、甘くも激しくもなる唇を、低い囁きを、私が求めるはずがない。
私の中では兄が赤の他人であるという確信しかなかったが、兄は往生際も悪く予防線を張っているようだった。私を甘やかしはするがドレスを脱がそうとはしない。
キスをした兄が何処まで耐えられるものか、少し揶揄いたい気持ちもあった。
兄の反応を楽しんでいる間も私は愛しいバレットに甘やかされて幸せなことには違いない。吸血鬼の住まう崖の城は最早、私の楽園と化している。
「聞いてらっしゃる?」
「ああ」
反応が悪い。
それは間違いなく王子からの手紙のせいに違いないものの、憎む気持ちは微塵もなかった。この時はまだ私は知らなかったのだ。
本当に忌まわしい過去を。
バレットが生れ落ちた、その理由を。
王子からの雑な手紙を冒険の始まりと信じて疑わなかった私が地獄を見たのは、それからわずか三日後のことだった。
父の執務室に遅れて入った私は、道すがら執事から預かった豪勢な封蝋の美麗な封筒を大袈裟に振りつつ二人を煽った。
何処をどう大目に見ても親子とは思えない父と兄。
意外にも王宮からの手紙に顔色を変えたのは当の兄ではなく父だった。
「何……?お前……」
「監獄時代に築いた人脈です。父上を煩わせるような内容じゃありません」
似ていない上に険悪な二人だ。
私は父を一瞥し、見せつけるように兄に大仰に手紙を手渡した。
「どうぞ」
兄は無言で受け取ると、開こうともせず懐に忍ばせてしまう。
意外だった。
私的な用件であろうと相手は王子。その手紙を父との勉強の為に後回しにするなど考えられない。
内容も気になるが、秘密めいた兄の態度も気になる。
「お父様、お庭を徘徊していらしたら?」
私が促すと父は兄を睨んだ。
「お前の影響で娘が日々生意気になっていく」
「ただ嫌われたんでしょう」
言いながら兄が私に椅子をすすめる。
しかし父が首を振った。
「気が滅入った。お前たち、遊んできなさい」
兄妹で父の執務室から追い出された形の私たちは扉の前でどちらともなく視線を絡ませる。それは今日に限っては甘酸っぱい秘密めいた目配せではなく、好奇心と悪戯心によるものだった。
「どんな御用かしら」
「……知りたいか?」
「ええ!」
期待を込めて大きく頷くと兄は顎で私を促し歩き出した。
その直後、図書室に向かうだろいうという私の予想は数歩で外れた。兄は廊下の隅で文字通り物陰に隠れるようにして封筒を開けた。
「え……?」
あのやんちゃが過ぎる第三王子がまともでないのは納得できるが、千切った布の切れ端が手紙より先に兄の指によって抓み出されたのは意外過ぎた。
「紋章……?」
それも王侯貴族のものではない。
私はその紋章が何者たちを差すか思い当たると大きく頷いていた。
「ああ……これは見せなくて正解だったわね」
「なんで」
兄の声は以前を思い出すほど硬く掠れている。
「お父様、教会を忌み嫌っているの。吸血鬼だから」
「へえ」
「これ、聖職者よね?」
「……大司教だ」
ヴァルカーレ監獄の監獄長であった兄は紋章を余すところなく把握しているらしい。
私が切れ端を受け取ると兄は折りたたまれた手紙を開いた。そこには中央にただ一行、人名が走り書きされていた。
「アンブロシウス・エイデシュテット……」
「大司教様を示すにしては随分と雑な手紙ね……って、えっ!?」
私は兄を叩いた。
「まさか暗殺指令!?」
「馬鹿。俺は監獄長だっただけで、別に王子お抱えの暗殺者じゃねえんだよ」
「でもこれ、この大司教が悪者だから捕えろって合図なのではなくて?以前もこういう形で王子と協力しあって国賊を捉まえていたの?かっこいい!」
「黙れ。落ち着け」
興奮する私から紋章を取り上げ、兄は手紙ごと封筒に収め懐に隠す。私には意味がわからないままだが、受け取った兄は涼しい顔をして何もかも承知の上なのだ。妬ましい。
元監獄長であり現在は伯爵令息の、元々は非嫡出時であった兄バレット・ヘイズ。第三王子と組んで秘密裏に何かをしている。
その一端を私に垣間見せておいて蚊帳の外を貫きはしないだろう。
私の胸は激しく踊った。
期待が高まりすぎて何度も兄の腕を叩いていた。頑丈な兄は微動だにしない。
「誰にも言うなよ?」
「わかってるわよ!誰がこんな面白いこと──」
「あなたたち何してるの!?」
母の咎める声が廊下の向こうから投げつけられた。
「!」
私と兄は同時に身を翻し、向かってくる母と対峙する。
母が城内を自由に歩き回っていても何も疑問はない。ただ間が悪かっただけだ。
しかし既に隠すべきものは兄の懐にしまわれている上、今の私たちは親密な行為に至っていたわけでもないので何も気まずくはない。
「今はお勉強の時間でしょう?」
咎められた。
私は簡潔に答える。
「お父様が気鬱で、今日は遊んできなさいって追い出されたのよ」
「え?……アーネストがそう言うなら……でも、あなたたち」
母が険しい表情で私と兄を交互に指差し言った。
「ちょっと離れなさい。いい年して気持ち悪いわよ?」
そして忌々しそうに兄を睨んでから去っていった。
暫く無言で立ち尽くしていたが、母の態度から確信を得た私は横目で兄を見上げて告げた。
「お母様、私たちが本当の兄妹じゃないって知ってるわ。じゃなきゃあれほど軽やかな嫌味は言わないわよ」
何処をどう穿って見ようと血縁者には見えない私たちが兄妹であるはずがない。
私たちが産まれた頃に親たちが特大の秘密を抱えているだけだ。
でなければ兄に──バレットに心が傾くはずがない。抱きしめられる時のぬくもりを、甘くも激しくもなる唇を、低い囁きを、私が求めるはずがない。
私の中では兄が赤の他人であるという確信しかなかったが、兄は往生際も悪く予防線を張っているようだった。私を甘やかしはするがドレスを脱がそうとはしない。
キスをした兄が何処まで耐えられるものか、少し揶揄いたい気持ちもあった。
兄の反応を楽しんでいる間も私は愛しいバレットに甘やかされて幸せなことには違いない。吸血鬼の住まう崖の城は最早、私の楽園と化している。
「聞いてらっしゃる?」
「ああ」
反応が悪い。
それは間違いなく王子からの手紙のせいに違いないものの、憎む気持ちは微塵もなかった。この時はまだ私は知らなかったのだ。
本当に忌まわしい過去を。
バレットが生れ落ちた、その理由を。
王子からの雑な手紙を冒険の始まりと信じて疑わなかった私が地獄を見たのは、それからわずか三日後のことだった。
あなたにおすすめの小説
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。