うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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「お兄様!凄いわね!王子様から直々の御手紙よ!」

父の執務室に遅れて入った私は、道すがら執事から預かった豪勢な封蝋の美麗な封筒を大袈裟に振りつつ二人を煽った。

何処をどう大目に見ても親子とは思えない父と兄。
意外にも王宮からの手紙に顔色を変えたのは当の兄ではなく父だった。

「何……?お前……」
「監獄時代に築いた人脈です。父上を煩わせるような内容じゃありません」

似ていない上に険悪な二人だ。
私は父を一瞥し、見せつけるように兄に大仰に手紙を手渡した。

「どうぞ」

兄は無言で受け取ると、開こうともせず懐に忍ばせてしまう。
意外だった。
私的な用件であろうと相手は王子。その手紙を父との勉強の為に後回しにするなど考えられない。
内容も気になるが、秘密めいた兄の態度も気になる。

「お父様、お庭を徘徊していらしたら?」

私が促すと父は兄を睨んだ。

「お前の影響で娘が日々生意気になっていく」
「ただ嫌われたんでしょう」

言いながら兄が私に椅子をすすめる。
しかし父が首を振った。

「気が滅入った。お前たち、遊んできなさい」

兄妹で父の執務室から追い出された形の私たちは扉の前でどちらともなく視線を絡ませる。それは今日に限っては甘酸っぱい秘密めいた目配せではなく、好奇心と悪戯心によるものだった。

「どんな御用かしら」
「……知りたいか?」
「ええ!」

期待を込めて大きく頷くと兄は顎で私を促し歩き出した。
その直後、図書室に向かうだろいうという私の予想は数歩で外れた。兄は廊下の隅で文字通り物陰に隠れるようにして封筒を開けた。

「え……?」

あのやんちゃが過ぎる第三王子がまともでないのは納得できるが、千切った布の切れ端が手紙より先に兄の指によって抓み出されたのは意外過ぎた。

「紋章……?」

それも王侯貴族のものではない。
私はその紋章が何者たちを差すか思い当たると大きく頷いていた。

「ああ……これは見せなくて正解だったわね」
「なんで」

兄の声は以前を思い出すほど硬く掠れている。

「お父様、教会を忌み嫌っているの。吸血鬼だから」
「へえ」
「これ、聖職者よね?」
「……大司教だ」
 
ヴァルカーレ監獄の監獄長であった兄は紋章を余すところなく把握しているらしい。

私が切れ端を受け取ると兄は折りたたまれた手紙を開いた。そこには中央にただ一行、人名が走り書きされていた。

「アンブロシウス・エイデシュテット……」
「大司教様を示すにしては随分と雑な手紙ね……って、えっ!?」

私は兄を叩いた。

「まさか暗殺指令!?」
「馬鹿。俺は監獄長だっただけで、別に王子お抱えの暗殺者じゃねえんだよ」
「でもこれ、この大司教が悪者だから捕えろって合図なのではなくて?以前もこういう形で王子と協力しあって国賊を捉まえていたの?かっこいい!」
「黙れ。落ち着け」

興奮する私から紋章を取り上げ、兄は手紙ごと封筒に収め懐に隠す。私には意味がわからないままだが、受け取った兄は涼しい顔をして何もかも承知の上なのだ。妬ましい。

元監獄長であり現在は伯爵令息の、元々は非嫡出時であった兄バレット・ヘイズ。第三王子と組んで秘密裏に何かをしている。
その一端を私に垣間見せておいて蚊帳の外を貫きはしないだろう。

私の胸は激しく踊った。
期待が高まりすぎて何度も兄の腕を叩いていた。頑丈な兄は微動だにしない。

「誰にも言うなよ?」
「わかってるわよ!誰がこんな面白いこと──」
「あなたたち何してるの!?」

母の咎める声が廊下の向こうから投げつけられた。

「!」

私と兄は同時に身を翻し、向かってくる母と対峙する。
母が城内を自由に歩き回っていても何も疑問はない。ただ間が悪かっただけだ。

しかし既に隠すべきものは兄の懐にしまわれている上、今の私たちは親密な行為に至っていたわけでもないので何も気まずくはない。

「今はお勉強の時間でしょう?」

咎められた。
私は簡潔に答える。

「お父様が気鬱で、今日は遊んできなさいって追い出されたのよ」
「え?……アーネストがそう言うなら……でも、あなたたち」

母が険しい表情で私と兄を交互に指差し言った。

「ちょっと離れなさい。いい年して気持ち悪いわよ?」

そして忌々しそうに兄を睨んでから去っていった。
暫く無言で立ち尽くしていたが、母の態度から確信を得た私は横目で兄を見上げて告げた。

「お母様、私たちが本当の兄妹じゃないって知ってるわ。じゃなきゃあれほど軽やかな嫌味は言わないわよ」

何処をどう穿って見ようと血縁者には見えない私たちが兄妹であるはずがない。
私たちが産まれた頃に親たちが特大の秘密を抱えているだけだ。

でなければ兄に──バレットに心が傾くはずがない。抱きしめられる時のぬくもりを、甘くも激しくもなる唇を、低い囁きを、私が求めるはずがない。

私の中では兄が赤の他人であるという確信しかなかったが、兄は往生際も悪く予防線を張っているようだった。私を甘やかしはするがドレスを脱がそうとはしない。

キスをした兄が何処まで耐えられるものか、少し揶揄いたい気持ちもあった。
兄の反応を楽しんでいる間も私は愛しいバレットに甘やかされて幸せなことには違いない。吸血鬼の住まう崖の城は最早、私の楽園と化している。

「聞いてらっしゃる?」
「ああ」

反応が悪い。
それは間違いなく王子からの手紙のせいに違いないものの、憎む気持ちは微塵もなかった。この時はまだ私は知らなかったのだ。

本当に忌まわしい過去を。
バレットが生れ落ちた、その理由を。

王子からの雑な手紙を冒険の始まりと信じて疑わなかった私が地獄を見たのは、それからわずか三日後のことだった。
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