うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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39(ローレル)

人生の全てを監獄に追いやられていた悪魔の息子が、王族と個人的な関りを築いていたとは思いもよらなかった。

静かに息を潜め、この城の中で日々を紡いできたというのに……
騒がしい第三王子が我が物顔で居座り、少しずつ歯車が狂い始めている気配に私は怯えを隠せずにいた。

元はと言えばオリファント伯爵令息が悪い。
憎たらしくて仕方ない。

大人しく娘と結婚していさえすれば、こうも事態が恐ろしい方へと拗れていくことはなかったはずなのに。

娘がバレット・ヘイズと親密になるのは構わない。
悪魔の息子というだけで、本人が悪魔であるわけでもない。
ある意味では王子の信頼を得ているのも娘を安心して預けられる心強い要因だ。

でも、やはり……
迎え入れるべきではなかった。

危険すぎる。

「自分の役目を忘れないで。この城に迎え入れられた意味を、重々心に留めて羽目を外さないように」

王子の遊興に招かれ数日留守にすると言うので、一応、釘を刺した。

アーネストが見送りに立たないのであれば女主として私が送り出すしかなかった。
頭の中が満開の花畑状態になっている娘を一人見送りに立てようものなら、最悪ついて行ってしまうかもしれないのだから、母親としても当然の務めだ。

「いってらっしゃい、お兄様。お土産話を楽しみに待ってるわ。本当に数日で帰ってくるのよね?調子に乗ってどこまでも王子について行ったりしないでね?」

娘は兄妹以上の絆を深めたらしい共同統治者との離別が内心寂しくて仕方ないらしい。
ヴァルカーレ監獄に迎えに行った日から片時も離れずに過ごし、忌々しいことに気が合うようだから二人が惹かれ合うのは必然だったのだろう。

母親の私が気づかないとでも思っていたのだろうか。
母親でなくともわかる。好意のない男女があれほどくっついているはずはないのだから。

「お待ちください!」
「?」

突然、大扉から執事が駆けだしてきて叫んだ。

私と娘が振り返り、バレットも何かを察知したように馬車から引き返し瞬く間に傍に立っていた。

「……」

私は足が竦み、全身から血の気が引いて今にも倒れてしまいそうだった。
未だかつて見たこともない執事の慌てふためいた様相はアーネストの死を想起させるには充分だった。しかし違った。執事の後を追うようにアーネストが姿を現した。

しかしその表情に私は再び、眩暈を覚える。

「バレット!城門に兵を配備する。お前も前線に立ち城を守れ」
「えっ!?」

娘が血相を変え驚いている。
バレットは無言で娘の肩を叩き、アーネストと短く視線を交わすと執事に同行して迎撃準備に向かう。

緊急事態に他ならなかった。

「何事なの?」

僅かに声が震えた。
アーネストが私と娘を左右の腕で其々抱き寄せるようにしながら城内に向かって足を進める。

「息子の道行を監視していたら森に小隊が見えた。お前たちは裏に隠れていなさい」
「小隊……!?」

娘の顔からも血の気が引くのを見て、可哀相で胸が締め付けられる。
悪い男に目を付けられた。

「オリファント伯爵令息なの?」

尋ねる私の声はもう震えてはいなかった。

「そうだ」

アーネストの短い肯定を聞いて娘が無意識に足を止めてしまう。私は娘の手を強く掴んだ。強引にでも歩かせる。

「だからお前たちの姿を一瞬でも目に入れさせるわけにはいかない」
「ご褒美になるのね」
「ああ。ローレル、フランシスカを連れてニックスと裏に隠れるんだ。フランシスカを離すな」
「わかったわ」

その瞬間、私たちの意図を汲み取った娘が凄まじい力で私の手を振り解こうと暴れた。私は娘の手を離さなかった。

「お兄様!」
「馬鹿!冷静になりなさい!あなたがいると戦えないのよ!!チェスとは違うの!」
「ウォルトンは頭がおかしいのよ!?お兄様にもしものことがあったら……!」
「お父様にお任せしなさい。ずっとあなたを守ってくれたでしょう?」
「でもお兄様が……!!」
「あなたを守る為に呼んだのよ!」

そうだった。
自分の口から飛び出た事実に私は少なからず驚いた。

アーネストは悪魔の息子を見定め、嫌悪を消し去れないとしてもバレット自身については信頼しているのだ。あの悪魔の血を引いていてもバレットは全くの別人であり、娘を守る役目を預けられると判断した。

だから彼は此処に居続けている。

あの悪魔と同じ顔をしていても、魂は別物。
アーネストはそう信じた。痛々しい程に強い夫の心を思い、私は不意に涙が込み上げた。

アーネストが私と娘を大扉の内側に押し込む。

「アーネスト……」

娘の手を強く掴みながら、私は再び声を震わせ縋るように夫の名を呼んでいた。
夫は──私を守る為に夫になってくれたその悲しくて優しい人は、今日も、また、盾のように私を庇い、透き通る眼差しで私に安らかな未来を約束してくれる。

天使のような、誰よりも美しくて、優しい、アーネスト様……

あの日と同じ。
鮮明に重なる、あの日の景色。

「マスグレイヴ城は私自身だ。あの小僧に私は落とせない」

そして扉は鎖され、私たちは苦しみと別たれた。

「……」

そうだ。
恐がる意味などない。

あの日と、同じように。

彼は倒れはしない。
この城に閉じ込めて私たちを守ってくれる。
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