うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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大扉が閉ざされた直後、使用人たちが迅速に閂で施錠する。
外から開けるのは不可能だ。兄と父がいるのに。

母が私を引き摺るように歩き出す。
もう説明もしない。叱咤することもない。有無をも言わせないその背中を信じられない気持ちのままで見ているうちに、私の中で理性が息を吹き返した。

これはチェスではない。
それはそうだ。

いくら兵法を学んでいようとも、実戦経験もなく訓練すら受けていない、たかが木登りができるくらいの私が傍をうろついていては邪魔になるだけだ。
それに母も言っていた。

ウォルトンは私を奪いに来た。
私の姿を見ようものなら、俄然やる気を出して狂気に拍車がかかってしまうに違いない。

そして相手はウォルトンだ。
第三王子に大袈裟に脅され、父の口から小隊などと聞いて気が動転してしまったが、どう考えても兄と父の方が攻めてくる小隊の何倍も強い。

私が歩調を合わせるように足を速めると、母の手の力が若干緩んだ。
そして肩越しに振り向く。

「地下で暮らせと言ったのは意地悪じゃないのよ。何不自由なく暮らせるようにできているの。知っているでしょう?小さい頃、あなた隠し通路で迷子になったじゃない」
「お母様。そこで暮らすはずだったのは誰なの?一体、お父様と二人で何を隠しているのよ」

母が一瞬、足を止める。
そこで私の目を覗き込んだ。

続いて囁かれた短い言葉に私は驚愕し、そして、心の奥底で何故か納得した。

母はこう言った。

「私よ」

言われてみれば、母は城内の何処にいても不思議ではないにしろあまり姿を見せない人だった。
私と同じ活発な性格や、決して不仲ではないことを考えれば、普段、城内の何処で何をして過ごしているかわからないことこそが不思議と言ってもよかった。

母が再び力強く私の手を引いて歩き出す。

ウォルトンの奇襲は一大事だが兄と父に任せておけば心配ない。
だからこそ、今ならこじ開けられそうな両親の過去を暴いてしまいたい衝動に駆られた。
兄の存在を隠し、当時の爛れた関係を隠した上で何食わぬ顔をしていた二人にはまだ秘密があるはずだ。

私とバレットが血縁関係にはないという事実を突き止めたい。

「何故お母様を隠さなくてはならないの?ビアトリスにした事がうしろめたかったから?」

切り口としては妥当なはずなのだが、自分で言いながらも腑に落ちない。
その時、母が意外な方向に足を向けた。隠し通路が何処から始まるかを明確に覚えていなかった私は、母が向かう先に思い当たり、混乱した。

使用人の居室が並ぶ棟に我が物顔で足を踏み入れ、迷いなくニックスの部屋の扉を開けた。

「……」

ニックスのベッドが立てかけられ、床に穴が空き、暗い地の底へと階段が伸びている。

「さあ、お嬢様。こちらへ」

ニックスが、私の大好きなニックスが、私が木の枝にしがみ付いて泣いていた時と同じあの切迫した焦り顔で私に手を伸ばす。

母が私を放り投げるように掴んだ手を振り払い、強く背中を押してくる。
私は短い距離を駆けて、ニックスのごつごつした手を掴んだ。

「足元に気を付けて。焦らず、ゆっくり下りてください」
「深いのよ。フランシスカ、足を滑らせないでちょうだいね」

ニックスに支えられながら暗い階段に一歩目を踏み下ろす。暗闇の先、少し下の方には既に燭台が灯され道筋を確かに照らしていた。深い。螺旋と言うよりは四角い折り返しを繰り返す長い階段が続いている。

ガチャリ、と。
硬い留金を操作する音が頭上で響く。

見上げると母が慣れた手つきでいろいろな仕掛けを操り、ベッドと思しき巨大な何かを蓋のように閉めた。それからまるで私のようにドレスの裾をむんずと掴み、軽い足取りで階段を駆け下りてくる。

負けていられない。

反射的に対抗心が湧き上がり、私も左手でニックスに掴まりながら右手でドレスを掴み上げた。
三人とも無言のまま足音だけを響かせて階段を駆け下りる。

数回折り返して下りた先に細く長い通路が口を開けていた。

幼い頃、此処で迷ったのか。

「私、悪い子ね」
「そうでもないわ」

母が私の背中を押した。
少しだけ笑っているような気がした。
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