うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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「何処で迷ったの?一本道じゃない。ねえ、ニックス。私もしかして階段から落ちたりした?」

長い通路の先の突き当り、慣れた手つきでニックスが頑強な錠を開錠し、軋む音を立てながら分厚い両開きの扉が開かれ細い光が差し込まれたその時。

隙間から射し込んで来たのは光だけではなかった。

「──」

思いがけない景色に息を飲んだ。

暗い通路を抜けた先に待ち受けていたのは、確かに地上の城と変わらない整えられた一室ではあった。
しかしこそに思いがけない人物が並んでいた。

両手と腰を鎖で拘束されたシスター・ソニアと、鎖を掴む初老の貴族。
その背後に控える数人の兵士たちと、私たちに向けられた大砲。



「!」

私たちが踵を返すのと同時にニックスが扉を閉めた。
閉めた扉の向こうから高笑いが聞こえた。

私たちは今来た道を死に物狂いで走り抜けた。

数秒後、激しい衝撃でわけもわからないうちに倒れ込んでいた。

「……っ」

激痛に加え、何か重いものに圧し潰されてとても身動きが取れない。
爆音で耳がおかしくなり、あり得ないほど遠くから母の叫び声が聞こえる。

次第にそれが聞き慣れない名前と私の名前を交互に呼んでいるのだと気づき、唐突に状況を理解した。

ニックスが私に覆いかぶさり、吹き飛ばされる扉から守ってくれたのだ。
母の呼ぶ聞き慣れないその名前。

「カレブ!カレブ……っ、ああ、フランシスカよかった……!?」
「……お母様……」

重い体を母が抱き起そうとしている。
通路を照らす頼りない燭台の灯は土煙を薄い膜のように映し出し、著しく視界を奪った。
それでもわかった。
母が泣いていると。

カレブ・ニックスの体の下から這い出た私は続く砲撃のけたたましい破壊音に身を竦めた。
併しそれは瓦礫の向こう側で起こっており、意味が分からず凝然と背後をただ見つめていた。

「立ちなさい!あなたも担いで!」
「!」

母の怒号にはっと我に返る。
見上げると私と同じくらい小柄な母が大きなニックスの太い腕を首に掛け、背中から脇に手を伸ばし必死で担ぎ上げようとしていた。

「……追って来ないわ」
「生き埋めにされたらカレブが真っ先に死ぬのよ!早く立って!」
「……!」

母の叫びは忽ち私を突き動かした。
反対側に回り込み、ニックスの体の下に再び上半身を潜り込ませ、合わせ鏡のように母と同じ姿勢を取る。体中が痛いがニックスほどではない。

母と二人で挟むようにしながらそれぞれの腕を担ぎ持ち上げたニックスは、がくりと項垂れ全く目覚める気配はない。背中はぬるりと滑り、酷い傷を負っているのは明らかだった。

私を守り、今、ニックスは瀕死の状態だ。

長い通路を抜けた先には幾度も折り返す長い階段が待っている。

それでもニックスを引き摺って地上へ上がらなくてはならない。彼を死なせるわけにはいかない。

「ほら!起きて!自分で歩いてよ!重いのよ!!カレブ!!」

母は激しく泣き叫びながら、私からは出てこない力を振り絞り前へ前へと進んでいく。
最後尾を歩いていた母は逃げる際には先頭を駆ける形になり、私より軽傷なのだろう。それを差し引いても凄まじい馬力だった。

「カレブ!起きてよ!目を覚まして!お願い起きて!!」
「……」

母を助けようと重いニックスに潰されないよう必死で足を踏みしめながら前進していた私だったが、そこで体がふと軽くなる。

ニックスが意識を取り戻した。
母の絶叫は益々激しくなった。

「絶対に死なない!生きて出るわよ!こんな終わり方は絶対に嫌!!認めない!!」
「奥様……お嬢様が、驚かれますよ……」
「知らないわよ!!二人とも頑張って!!」

母の勢いに心の隅で多少は驚いていたものの、切迫した状況の前では本当に小さな問題だった。

支えが必要であろうとニックスが自分の足で歩いてくれるようになり、最初に担ぎ上げた瞬間の途方もない絶望感は綺麗に晴れた。

通路を抜け階段を上がり切るまでにニックスは五回か六回は意識を失いかけたが、母と私で励ましながらなんとか秘密通路の出入口まで辿り着いた。

「支えていて。一緒に転がり落ちないでね」

母が私に弱り切ったニックスを託し、仕掛けを解除しに先に上がる。

その時、蓋状の出入口、ニックスのベッドの裏がひとりでに動き出した。

「……!?」

母がギクリと動きを止めた直後、這うように後ろ向きのまま階段を下って来る。
私と同時にニックスが腕を伸ばし母の転落に備えた。

挟み撃ちにされたのだろうか。
母が警戒しているということは、向こうから開けてくれる使用人に心当たりがないということだ。

しかしこれは杞憂だった。
ガラガラと音を立て隠し扉の役目を担うニックスのベッドが上がっていき、地上の光が差し込んでくる。その光を背にして跪き驚愕の表情を浮かべながらこちらを覗き込んでくるメイドと目が合った。

ヴァルカーレ監獄に兄を迎えに行った時、私について来てくれたあのメイドだった。体術の心得があるという彼女は驚くべき力でニックスを引き上げると、母に促され先に私を引き上げ、最後に母を軽々と引き上げた。

母の酷い姿と戦場から生還したと言って差支えないニックスの痛々しい姿が晒され、改めて切迫した異常事態だと思い知らされる。視認することはできないが私自身も酷い状態だろう。

「開けてくれたのがあなたでよかった。よく気づいてくれたわ。ありがとう」

母は頬の涙を乱暴に拭いながらも女主の威厳を取り戻し言った。

「旦那様が、お二人はニックスさんのベッドの下に隠れていると仰ったので……す、が……まさかこんな意味とは」
「うぅ」

彼女の足元にニックスが力なく崩れ落ちた。
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