うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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43(バレット)

「フランシスカ……」

マスグレイヴ城の背後、土煙を上げる崖を凝然と見上げていた俺は絶望的な予感にすっかり注意を怠っていた。
そして──

「!」

凄まじい力で脇腹を蹴られ落馬した。

「!?」

咄嗟に受け身を取りつつ今まで自分がいたはずの馬上を見遣ると、自身の馬と俺の馬、二頭の馬を片足ずつ踏みしめて剣を抜くマスグレイヴ伯爵の姿があった。

「よそ見するな!」
「……」
「うぉああああっ!」

馬二頭と地獄からこの世に這い上がって来たような人間離れした形相の仮初の父親の向こう側、オリファント伯爵令息が雄叫びと共に剣を振り上げる。

なるほど。
城の背後からあがった驚異的な破壊音にすっかり気を取られ背を向けていた俺は、あの許し難い愚者オリファント伯爵令息ウォルトンに斬り殺されるか刺殺される寸前、仮初の父親の蹴りによって落馬し難を逃れたのか。

マスグレイヴ伯爵が愚者ウォルトンの剣を薙ぎ払うのと同時に双方の兵士が怒号を上げ戦い始める。
俺も態勢を立て直し加わろうとしたが、またしても血に飢えた吸血鬼の憎悪にも似た形相を浴びる。元の造形が人間離れして整っているだけに、老いを重ねた凄味も増して凄まじい表情だ。

「此処は任せる!首謀者を吐くまで殺すな!」

仮初の父はオリファント伯爵令息を蹴り倒し、俺の返答を待たずに城へと駆けていく。
当然ながら俺より城の構造を把握している。フランシスカとその母親を案じているのは明らかで、意外に家族思いの一面を見せつけられこの状況ながらに驚かされた。

「よそ見するな盗人め!僕が相手だ!」

挑発され、俺は無言でフランシスカの元婚約者を踏みつけた。

兵士たちの小競り合いはこちらが優勢で益々気味が悪い。
オリファント伯爵令息の小隊は囮だ。

関節と胸を両足で巧みに踏みつけ動きを封じ、顔の横に剣を突き刺し愚者の血眼を覗き込む。

「おい、長引くと痛むぞ。どうせ捨て駒なんだ、俺に媚びろよ」
「貴様が……いなければ……!フランシスカは……僕に縋ってくれたはずだ……!」

小物の特徴として、要らぬ挑発でこちらを苛立たせるというものがある。
フランシスカを泣かせた罪の重さが俺の嗜虐心を擽った。だが嬲る時間はない。

城の背後から破壊音が続いている。
崖を崩そうとでもしているのか。

「──」

ふとフランシスカの言葉が脳裏を過った。

隠し通路だ。
マスグレイヴ城の隠し通路が崖を繰り抜き海に通じているのだとすれば、背後から攻め落とす価値もある。

何気ない会話の中で、思い出話のつもりで、フランシスカはこの馬鹿に城塞にとって機密事項となり得る隠し通路の詳細を聞かせてしまったのだろうか。

俺でさえ明かされていないその詳細を。
もしそうなら、俺に言わないか?

「……」
「どうした……!へへっ、マスグレイヴ伯爵家は終わりだ!そうやって、他人の愛をぶち壊し、いるから恨みを買うんだよ……!地獄に落ちろ……穢れた、……!」
「!」

隠し通路の詳細を知っていてもおかしくない女の存在に思い当たり、俺は息を止めた。

俺の母親。
俺を身籠り、マスグレイヴ伯爵の非嫡出子として産み落とした女。

ライシャワー伯爵に追放された女。

「へへへへへへ……」

オリファント伯爵令息が正気を失い笑っている。
まるで俺を嘲笑っているようにさえ聞こえる。

俺の母親に軍事力があるとは到底考えられない。

オリファント伯爵令息が正気でないとしても、意味のない譫言を洩らしたとは限らないだろう。捨て台詞のつもりで吐いた言葉から、マスグレイヴ伯爵家が複数人の女を奪ったと示唆している。

聖職者の胤を孕んだ罪、孕ませた罪。
マスグレイヴ伯爵夫妻の態度から、俺の両親がいい思い出を残していないのは明白だ。嫌悪されていると言ってもいい。

俺の母親とマスグレイヴ伯爵が愛人関係になかったのであれば、奪った女の一人目はフランシスカの母親しかいない。

かつて俺の母親の侍女であった子爵令嬢ローレル。
マスグレイヴ伯爵夫人となりフランシスカを産んだローレル。

奪われたと憤るほどローレルに執着した男が、もし、俺の実の父親だとしたら……
フランシスカ……俺たちは…………

「フランシスカぁ……僕のフラン──」
「黙れ」

忌々しいオリファント伯爵令息の口を石で塞いだ。

聖職者の分際で二人も子を成していたという事実が白日の下に晒されようものならその揺るぎない権威さえ失墜する。
破門され、宗教裁判によって裁かれる。
当然、処刑の可能性もある。

王子が言った。
俺によく似た男を知っている、と。

俺がヴァルカーレ監獄を離れマスグレイヴ伯爵令息として公の存在となり、王侯貴族たちに顔を晒した。

「……悪魔」

アンブロシウス大司教。
俺たちを殺しに来たのか。

崖を背に聳えるこの城ごと過去を葬り去るつもりだとしたら、こんなのは序の口でとことん破壊し尽くすだろう。

それとも白旗が上がるのを待ち嬲っているのか?

否、違う。
そんな余裕はないはずだ。

拳ほどの石はオリファント伯爵令息の自害と発言を封じている。
涎を垂らし意味のない叫びとも高笑いともつかない声を上げ続けるこの小者の浮気心が、とてつもない番狂わせを起こさせた。

こんな屑は妹に相応しくない。
城が攻められている状況に於いて尚、この屑とフランシスカの運命が引き裂かれた事実は俺の胸の奥を甘く擽った。

「──」

優勢だったマスグレイヴ伯爵家の兵士たちが、ふと動きを止め静まりかえる。

目を上げると、捨て駒に過ぎないオリファント伯爵令息の小隊とは比べるのも馬鹿らしい少数精鋭の小隊が、猛々しく、すぐそこに迫っていた。
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