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44(アベル)
「待ち合わせの時刻はまだ先のはずですが」
バレットの冷徹な静けさは実に不気味であり、憤りが一線を越えているのが見て取れた。
たちどころに命を飲み込む漆黒の炎のように静かに轟々と燃えている。
私は勇ましくも気高い、武装した伯爵令息バレットの肩を叩いた。
「まあ、この状況ではお前は遅れて来ただろう」
「そうですね」
「案ずるな。お前は善い友を持った。即ち私だ」
励ます気持ちで数回肩を叩いたがバレットは微動だにしない。
憎むべき敵をその足で踏みつけるだけでは足りないのか、私に対してもそれなりの敵意を隠さない方針らしい。
「これをご存知だったんですか?」
老獪な悪魔たちが愚かなオリファント伯爵令息を囮にしたように、私がバレット乃至マスグレイヴ伯爵家を囮にしたのではないかと誤解しているようだ。
「まさか」
即、否定した。
地獄産まれ監獄育ちのバレットは恐いもの知らずであり、冗談抜きで私を殺す可能性すらある。
更に言えば私はこの友が好きなので、譲れない一心以外の些末な事情で敵意を向けられるのはとても悲しかった。
「いつかやるとは危惧していたが、ここまで大それた凶行に及ぶとは想定外だった。そして時期も早い」
「誰が軍備を与えたかご存知ですか?俺の父親ですか?」
殺気立っている。
足元で呻くオリファント伯爵令息を的確に踏みしめつつも私から目を離さない。
「うむ。これから邪悪なアンブロシウスを締め上げようと虎視眈々と追跡していた限りでは、奴に動かせる軍隊はない。修道騎士を参加させるなど以ての外だ。お前の顔を見られたらお終いだからな」
「では……ライシャワー伯爵家が」
「そうなるな」
バレットの表情が明確に憎悪に染まる。
私は再び親密な思いを込めて肩を叩き、腕も叩き、最終的に抱擁した。これからすることの罪悪感と、罪滅ぼしの意味もある。
「相手がどうあれ予期していた襲撃だ。私が備えないわけないだろう」
既に表の乱闘は私の衛兵が鎮圧した。
「お前との待ち合わせで此方に向かいがてら妙な報告が続き、華麗に援軍を配備したさ」
「崖が崩されそうなんですが」
「ああ。海軍を持つ友人の中で口の堅い連中をより抜き真後ろの海に向かわせてある」
「そうですか」
「それにマスグレイヴ伯爵とて秘密の海軍の一つや二つ持っているだろう。崖の真後ろは海なんだから」
「……」
沈黙を合図に私は抱擁を解いた。
バレットがマスグレイヴ城の背後の崖を振り仰いだ。既に戦闘は止んだようだが、相変わらず土煙が上がっている。
併し崖が崩れるわけでもなければ、城が崩れるわけでもない。
備えあれば患いなしというわけだ。
私は改めて謎めいたマスグレイヴ伯爵に感心した。
「背後から攻め込むには、的確な情報を与える必要があるかと」
バレットも事態の収束を認め、やや安堵を漂わせた口調で此方を向いた。
「誰を疑っている?」
「俺の母親です」
私は頷いた。
「かもしれん。アンブロシウスは不自然にも突如マスグレイヴ伯領にほど近い街道沿いの女子修道院に立ち寄っている。元ライシャワー伯爵夫人ソニアが身を隠していた可能性はあるだろう」
「俺の母親なら城の内部にも詳しいでしょう」
そこまで言った時、マスグレイヴ城の大扉を小柄なフランシスカが激しく押し開け飛び出してきた。
全身土埃を浴びてドレスも所々破れて酷い有様だが、本人は元気のようだ。
「おい」
バレットを促す。
次の瞬間には友が走り出し、数秒後にはフランシスカを抱きとめていた。二人が兄妹の域を超え互いを深く愛しているのは誰の目にも明らかだろう。しかし今、この瞬間、二人に目を留める余裕のある者はいない。二人を愛する私の他は、誰もいない。
私の足元でむくりと小賢しい狂人が起き上がろうとした。
私はバレットに代わってその身を踏みしめ、忌々しい気持ちで見下ろし告げた。
「やあ、ウォルトン。私は第三王子アベルだ。君をヴァルカーレ監獄へ案内しよう」
このような汚物は我が国に必要ない。
フランシスカの人生からも綺麗に拭い去ってやる。
「忌々しい……」
屑め。
バレットの冷徹な静けさは実に不気味であり、憤りが一線を越えているのが見て取れた。
たちどころに命を飲み込む漆黒の炎のように静かに轟々と燃えている。
私は勇ましくも気高い、武装した伯爵令息バレットの肩を叩いた。
「まあ、この状況ではお前は遅れて来ただろう」
「そうですね」
「案ずるな。お前は善い友を持った。即ち私だ」
励ます気持ちで数回肩を叩いたがバレットは微動だにしない。
憎むべき敵をその足で踏みつけるだけでは足りないのか、私に対してもそれなりの敵意を隠さない方針らしい。
「これをご存知だったんですか?」
老獪な悪魔たちが愚かなオリファント伯爵令息を囮にしたように、私がバレット乃至マスグレイヴ伯爵家を囮にしたのではないかと誤解しているようだ。
「まさか」
即、否定した。
地獄産まれ監獄育ちのバレットは恐いもの知らずであり、冗談抜きで私を殺す可能性すらある。
更に言えば私はこの友が好きなので、譲れない一心以外の些末な事情で敵意を向けられるのはとても悲しかった。
「いつかやるとは危惧していたが、ここまで大それた凶行に及ぶとは想定外だった。そして時期も早い」
「誰が軍備を与えたかご存知ですか?俺の父親ですか?」
殺気立っている。
足元で呻くオリファント伯爵令息を的確に踏みしめつつも私から目を離さない。
「うむ。これから邪悪なアンブロシウスを締め上げようと虎視眈々と追跡していた限りでは、奴に動かせる軍隊はない。修道騎士を参加させるなど以ての外だ。お前の顔を見られたらお終いだからな」
「では……ライシャワー伯爵家が」
「そうなるな」
バレットの表情が明確に憎悪に染まる。
私は再び親密な思いを込めて肩を叩き、腕も叩き、最終的に抱擁した。これからすることの罪悪感と、罪滅ぼしの意味もある。
「相手がどうあれ予期していた襲撃だ。私が備えないわけないだろう」
既に表の乱闘は私の衛兵が鎮圧した。
「お前との待ち合わせで此方に向かいがてら妙な報告が続き、華麗に援軍を配備したさ」
「崖が崩されそうなんですが」
「ああ。海軍を持つ友人の中で口の堅い連中をより抜き真後ろの海に向かわせてある」
「そうですか」
「それにマスグレイヴ伯爵とて秘密の海軍の一つや二つ持っているだろう。崖の真後ろは海なんだから」
「……」
沈黙を合図に私は抱擁を解いた。
バレットがマスグレイヴ城の背後の崖を振り仰いだ。既に戦闘は止んだようだが、相変わらず土煙が上がっている。
併し崖が崩れるわけでもなければ、城が崩れるわけでもない。
備えあれば患いなしというわけだ。
私は改めて謎めいたマスグレイヴ伯爵に感心した。
「背後から攻め込むには、的確な情報を与える必要があるかと」
バレットも事態の収束を認め、やや安堵を漂わせた口調で此方を向いた。
「誰を疑っている?」
「俺の母親です」
私は頷いた。
「かもしれん。アンブロシウスは不自然にも突如マスグレイヴ伯領にほど近い街道沿いの女子修道院に立ち寄っている。元ライシャワー伯爵夫人ソニアが身を隠していた可能性はあるだろう」
「俺の母親なら城の内部にも詳しいでしょう」
そこまで言った時、マスグレイヴ城の大扉を小柄なフランシスカが激しく押し開け飛び出してきた。
全身土埃を浴びてドレスも所々破れて酷い有様だが、本人は元気のようだ。
「おい」
バレットを促す。
次の瞬間には友が走り出し、数秒後にはフランシスカを抱きとめていた。二人が兄妹の域を超え互いを深く愛しているのは誰の目にも明らかだろう。しかし今、この瞬間、二人に目を留める余裕のある者はいない。二人を愛する私の他は、誰もいない。
私の足元でむくりと小賢しい狂人が起き上がろうとした。
私はバレットに代わってその身を踏みしめ、忌々しい気持ちで見下ろし告げた。
「やあ、ウォルトン。私は第三王子アベルだ。君をヴァルカーレ監獄へ案内しよう」
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「忌々しい……」
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