46 / 60
46
背伸びをし兄を抱きしめる。
私に合わせて屈んだ兄の頭を抱え込み、空を見上げ告げる。
「大丈夫よ。マスグレイヴ城は落ちなかった。これからは私がお兄様を守ってあげる」
兄は私の背中を優しく摩った。余裕が窺える。
「本気よ」
「ありがとう」
兄は柔らかな声で囁いた。
その後、父が王子の援軍と共にライシャワー伯爵とシスター・ソニアを捕えウォルトンと共に連行していった。
父はあれだけ辟易していた王子の登場であろうと窮地を救われた恩義は素直に感じたらしく、以前より丁重に王子を持成した。
兄は難しい顔で黙り込んでいたが境遇を思えば極自然な感情だ。弱気な態度ではないがすっかり覇気を失くし、若干、呆然としている気がする。
広間で父と兄が王子主導のもと事後処理に当たる。私も共同統治者となる身として同席した。
王子が真剣な面持ちで父に言う。
「わが友バレットの父親と思しきアンブロシウス大司教を警戒していたところでこの事態。マスグレイヴ伯爵、貴殿と罪深き聖職者の関係についてはこの際問わない。貴殿がバレットやフランシスカ、夫人ローレルを守っていたのは明らかだ。気高き精神に賞賛を表し心から感謝する」
「身に余る光栄です」
父は淡白な口調で応じた。
「貴殿の名誉を充分に配慮した上で、本日捉えた国賊共をヴァルカーレ監獄にて尋問する」
「はい」
「そこで明るみに出た事実は、貴殿の名誉を重んじる意味でも公にはしないつもりだ。大司教は貴殿やバレットと関係ない適当な罪状で収監する。この度の襲撃も歴史には残さない」
「ありがとうございます」
「それで、やはりバレットは貴殿の息子としてやっていくのか?」
「はい」
急速に陰気さを取り戻した父が蒼白い顔で迷いなく肯定する。兄の意見を聞きもせず、それが最善の策であるかのように。
私と兄バレットに血の繋がりがないことは、私と兄だけが承知していればいい事実だ。
秘密を抱え過ぎたマスグレイヴ城に於いては真実だけが正義ではない。
感情を差し引いて、元婚約者が発狂し誘拐と襲撃によって国賊となりヴァルカーレ監獄に収監されたという地獄のような歴史を背負う私に今後まともな縁談など皆無だろう。
私は心置きなく兄と共同統治しながら老いていく。その人生を謳歌する。
いい大掃除になった。
今日のことは建設的にそう捉えよう。兄が王子と懇意でよかった。
父と王子が政治的な話を始める。
私は隠し通路での母の様子を思い出さずにはいられなくなり、あらゆる違和感と可能性を同時に受け止めるしかなくなった。
ソニアと母が父を巡る愛人関係になかったとしたら、なぜ私に酷い嘘をついたのか。
母は城の隠し通路も熟知しており、自身を守る為に在るとまで言った。亡き前妻のビアトリスを貶めかねないような淫らな嘘をつき、快適な地下空間を維持し続けたならば、そうするだけの大きな秘密があったということになる。
バレットの存在のように。
私に理由がある──そう考えるのは極めて自然ではないだろうか。
崖を繰り抜いた閉鎖的な隠し通路で砲撃を浴びる最中、母は一度も父を呼ばなかった。
母が涙ながらにその名を呼び続け、命を懸け助けようとしたのは……
「お話し中失礼いたします。お嬢様」
あのメイドが戸口に現れ私を呼んだ。
私が早足で傍へ寄ると彼女は早口に囁く。
「ニックスさんが意識を取り戻しました。奥様がお呼びです」
私は頷き会議が続く広間を一瞥する。
父と王子が事態を察し、話しを続けながらも私に頷き促した。私は素早いカーテシーで広間を辞した。
間際、振り返ると、兄が肩越しに私を見送っていた。
その伏目がちな眼差しは今までになく翳りを帯びており、できることなら傍にいたかったが、今の私は目を覚ましたニックスの傍にいるべきだとわかっていた。
兄とは目配せで足りた。
それだけの信頼関係は既に築いている。
医師の治療を受けて休むニックスの傍らに母の姿があった。
母も私も酷い姿のままで、どれだけ安全を保証されようと砲撃の最中に引き摺り戻される。
背中に傷を受け俯せに伏せているニックスは、枕に顔半分を埋めながら私に視線を向けた。
「お嬢様……ご無事で、よかった……」
酷い格好でしょう?
そう軽口を叩きたい私を置き去りにして、私の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「背中の傷の半分は古傷よ。頭は無傷ですって。奇跡かもね。当然、このくらいじゃ死なないわ」
母がニックスを見つめたまま私に声を掛ける。私を安堵させるためでもあり、自身に言い聞かせる為でもあるのだと強い口調から心情が伝わってくる。
ニックスを亡くすところだった。
幼い頃からいつも傍にいてくれたニックス。薄気味悪い父よりもずっと身近であたたかな絆を信じられるニックス。大切なニックス。
胸が締め付けられ、涙が溢れて止まらない。
力無く横たわるニックスが、今日も、今までと同じ優しい眼差しで私を見つめている。深い愛情を今この瞬間も注いでくれる。
私はベッドの傍らで跪き、力無く伸ばされている大きな手を両手で包み、祈るように額を寄せた。そして涙と共に声を絞り出す。
彼が生きている。
私を泣かせ震えさせる喜びはそれだけではない。
ニックス。
あなたが、私の、本当の──……
「お父さんなのね」
私に合わせて屈んだ兄の頭を抱え込み、空を見上げ告げる。
「大丈夫よ。マスグレイヴ城は落ちなかった。これからは私がお兄様を守ってあげる」
兄は私の背中を優しく摩った。余裕が窺える。
「本気よ」
「ありがとう」
兄は柔らかな声で囁いた。
その後、父が王子の援軍と共にライシャワー伯爵とシスター・ソニアを捕えウォルトンと共に連行していった。
父はあれだけ辟易していた王子の登場であろうと窮地を救われた恩義は素直に感じたらしく、以前より丁重に王子を持成した。
兄は難しい顔で黙り込んでいたが境遇を思えば極自然な感情だ。弱気な態度ではないがすっかり覇気を失くし、若干、呆然としている気がする。
広間で父と兄が王子主導のもと事後処理に当たる。私も共同統治者となる身として同席した。
王子が真剣な面持ちで父に言う。
「わが友バレットの父親と思しきアンブロシウス大司教を警戒していたところでこの事態。マスグレイヴ伯爵、貴殿と罪深き聖職者の関係についてはこの際問わない。貴殿がバレットやフランシスカ、夫人ローレルを守っていたのは明らかだ。気高き精神に賞賛を表し心から感謝する」
「身に余る光栄です」
父は淡白な口調で応じた。
「貴殿の名誉を充分に配慮した上で、本日捉えた国賊共をヴァルカーレ監獄にて尋問する」
「はい」
「そこで明るみに出た事実は、貴殿の名誉を重んじる意味でも公にはしないつもりだ。大司教は貴殿やバレットと関係ない適当な罪状で収監する。この度の襲撃も歴史には残さない」
「ありがとうございます」
「それで、やはりバレットは貴殿の息子としてやっていくのか?」
「はい」
急速に陰気さを取り戻した父が蒼白い顔で迷いなく肯定する。兄の意見を聞きもせず、それが最善の策であるかのように。
私と兄バレットに血の繋がりがないことは、私と兄だけが承知していればいい事実だ。
秘密を抱え過ぎたマスグレイヴ城に於いては真実だけが正義ではない。
感情を差し引いて、元婚約者が発狂し誘拐と襲撃によって国賊となりヴァルカーレ監獄に収監されたという地獄のような歴史を背負う私に今後まともな縁談など皆無だろう。
私は心置きなく兄と共同統治しながら老いていく。その人生を謳歌する。
いい大掃除になった。
今日のことは建設的にそう捉えよう。兄が王子と懇意でよかった。
父と王子が政治的な話を始める。
私は隠し通路での母の様子を思い出さずにはいられなくなり、あらゆる違和感と可能性を同時に受け止めるしかなくなった。
ソニアと母が父を巡る愛人関係になかったとしたら、なぜ私に酷い嘘をついたのか。
母は城の隠し通路も熟知しており、自身を守る為に在るとまで言った。亡き前妻のビアトリスを貶めかねないような淫らな嘘をつき、快適な地下空間を維持し続けたならば、そうするだけの大きな秘密があったということになる。
バレットの存在のように。
私に理由がある──そう考えるのは極めて自然ではないだろうか。
崖を繰り抜いた閉鎖的な隠し通路で砲撃を浴びる最中、母は一度も父を呼ばなかった。
母が涙ながらにその名を呼び続け、命を懸け助けようとしたのは……
「お話し中失礼いたします。お嬢様」
あのメイドが戸口に現れ私を呼んだ。
私が早足で傍へ寄ると彼女は早口に囁く。
「ニックスさんが意識を取り戻しました。奥様がお呼びです」
私は頷き会議が続く広間を一瞥する。
父と王子が事態を察し、話しを続けながらも私に頷き促した。私は素早いカーテシーで広間を辞した。
間際、振り返ると、兄が肩越しに私を見送っていた。
その伏目がちな眼差しは今までになく翳りを帯びており、できることなら傍にいたかったが、今の私は目を覚ましたニックスの傍にいるべきだとわかっていた。
兄とは目配せで足りた。
それだけの信頼関係は既に築いている。
医師の治療を受けて休むニックスの傍らに母の姿があった。
母も私も酷い姿のままで、どれだけ安全を保証されようと砲撃の最中に引き摺り戻される。
背中に傷を受け俯せに伏せているニックスは、枕に顔半分を埋めながら私に視線を向けた。
「お嬢様……ご無事で、よかった……」
酷い格好でしょう?
そう軽口を叩きたい私を置き去りにして、私の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「背中の傷の半分は古傷よ。頭は無傷ですって。奇跡かもね。当然、このくらいじゃ死なないわ」
母がニックスを見つめたまま私に声を掛ける。私を安堵させるためでもあり、自身に言い聞かせる為でもあるのだと強い口調から心情が伝わってくる。
ニックスを亡くすところだった。
幼い頃からいつも傍にいてくれたニックス。薄気味悪い父よりもずっと身近であたたかな絆を信じられるニックス。大切なニックス。
胸が締め付けられ、涙が溢れて止まらない。
力無く横たわるニックスが、今日も、今までと同じ優しい眼差しで私を見つめている。深い愛情を今この瞬間も注いでくれる。
私はベッドの傍らで跪き、力無く伸ばされている大きな手を両手で包み、祈るように額を寄せた。そして涙と共に声を絞り出す。
彼が生きている。
私を泣かせ震えさせる喜びはそれだけではない。
ニックス。
あなたが、私の、本当の──……
「お父さんなのね」
あなたにおすすめの小説
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。