うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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「お母様とお父様が教会を恨むのは納得したけれど、どうして愛人なんて嘘を吐いたのよ」

それでは忌々しいあのシスターを装ったソニアと同じになってしまう。
併し母は悪びれずに軽く答えた。

「説明し易いから。あなた感情的に納得したでしょう?」
「何を隠しているの?神を騙る悪魔はお父様に何をしたのよ」
「私の秘密はカレブだけよ。あと伯爵令嬢として生きる娘」

母は勝ち誇ったように笑う。
私もニックスが本当の父親と知り嬉しさに震える程ではあるが、砲撃を受けたばかりの今、感動に割ける時間はそう多くない。

私の身分が思ったより低かったことについてはこの際どうでもいい。

父がそこまでして大司教の椅子に座った大悪党の言いなりになっているからには理由があるはずだ。知りたかった。もう少しで開きそうな扉に必死で手を伸ばすような心境でいた私は、母の次の言葉ですっかり気を取られる。

「あなたは自分の父親を苦しめた悪魔については聞きたくないの?」
「……え?」

俯せに力なく横たわる傷だらけのニックス。
私の、本当のお父さん。まるで痛みに屈したように、顔半分を枕に埋めたまま虚空を見ている。その瞳に映るのは真相が明かされ愕然とする思いではなく、苦痛のように見えた。過去にあるのは後悔と、そして、激痛。

背中の傷の半分は古傷と、さっき母は言っていた。

「ニックスは言ってほしくないみたいだけど」

私は咄嗟に庇っていた。
ニックスが私に知られたくないと思っていることを私の満足の為にむりやり聞き出すというのは──

「父の元に連れ戻された私は新しいライシャワー伯爵と結婚するように命じられた。でも、離れた時間が私たちの愛を強くしてくれた。カレブが私を連れて逃げてくれて、ついに駆け落ちしたのよ」

母は暴露し続ける。
ニックスが諦めたように瞼を閉じた。

「たぶんあれは六日目ね。父に連れ戻され、カレブも捕まった。フランシスカ。私たちを躊躇いなく撃ったあのライシャワー伯爵という男は、その人を吊るして鉄の棘のついた鞭で拷問したの」
「……」

言葉を失い、怒りの涙が込み上げる。

「は?」

やっと口から吐き出したのは意味を成さない音だった。
それで充分だった。

「私は死に物狂いで脱走して、此処マスグレイヴ城に戻って来たの。アーネストは何も言わずに私を助けてくれた。私とも愛人関係にあったと嘘をつき、先に私に求婚したのは自分だと公言して正式に結婚することで私とカレブを救ったのよ」
「憎い二人を見本にして周りを騙したのね」
「そう。カレブは私とアーネストの密会を誤魔化す為に利用されたただの使用人だと全員に納得させた」

父──と呼ぶのが相応しいか定かではない状況になったが、それでもなぜあの父がそこまで献身的なのか解せない。ビアトリスを喪い自棄になっていたにしては、蒼白い顔ながら今もしぶとく生きている。

「謝罪としてカレブを引き取ると申し出たアーネストに、あの男、なんて言ったと思う?」
「……」

父の理解できない献身は続く。



頭が怒りで燃えた。
母が打ち明けるからには、父が相当の金額を払ってニックスを引き取ったのだろう。

確かに使用人には給金が発生するのは事実で、一方が一方へと人員を移すのであれば金銭の取引があってもおかしくはない。併し事情は全く違う。

ライシャワー伯爵は母にふられた激情でニックスを拷問しただけだ。それを買い取れとは酷すぎる。父が救うべきだと判断する程、適切な懲罰から逸脱していたということだろう。

確かにニックスは貴族令嬢と駆け落ちした。それは貴族社会では罰して当然かもしれない。併しそれこそがソニアの思惑だったのではないだろうか。

私の両親が深く愛し合ったのは疑う余地のない事実のようだが、きっかけはソニアだったはずだ。罪が露顕しそうになった時の身代わりの恋人たちとして、ソニアは母とニックスを同行させ、度々二人きりの時間を与え熟すのを待った。待つだけでよかった。

ニックスはソニアが恐れた被るべき罰を押し付ける駒として選出され、最終的には被ったのだ。

何より私の愛する実の父親である。
そうとわかったからには許せない気持ちも倍増するというものだ。

カノン砲で撃ち返したい。

「だから笑っていたのね……お母様とニックスに、そしてお父様に、ついに思い知らせてやれるから」
「そうなのよ。ヴァルカーレで死ぬほどもがき苦しんで悶えながら生き永らえて貰いたいわ」
「同感よ。王子に言っておく」

その時ニックスが私の手を握る手にやや力を込めた。

「?」
「いけません、お嬢様」
「……お父さんよね?」
「あなたはマスグレイヴ伯爵令嬢です」

私がこの年になるまで貫いただけあり、ニックスは頑固だ。

なるほど。
私が頑固なのは母譲りかと思っていた。これはニックスの血だ。

私は嬉しくなりつい口角を上げた。

「自分の娘が王子に意見する伯爵令嬢に育ったの、嬉しい?」
「……覚悟はしましたね……」

ニックスも笑みを浮かべ目を閉じる。

「奴隷になったと、あの日も覚悟しました。勘違いでした。旦那様は俺に、娘の成長を見守る人生と、夫婦で過ごす日々を与えてくれました。あなたの〝お父様〟は天使のように身も心も美しい人なんですよ」

私はニックスの手を強く握り返し、上下に揺らし応えた。

「わかったわ。それはそれとして、一年以内に私を名前で呼ばせるから、覚悟して、気合を入れて早く元気になってね?お父さん」
「王子に余計なことを……」
「適当に言っておくから安心して」

父は吸血鬼ではなく天使だった。

ニックスの言葉とあの母の発言が、隠し通路の先にあったのは私の両親の家庭生活だったと明かしている。

それなら、親たちはなぜ嘘を重ねたのか。
私を公にせず、ニックスに家庭を持たせることもできたはずだ。

「……」

父が私を娘にしなければならなかった理由。
母が口にしない父の秘密。

その秘密を、私は、暴かなくてもいいのかもしれない。そう思わされたのは他でもない私だから。

嘘に守られ生を受けた、私だからかもしれない。
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