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51(バレット)
俺はフランシスカの腕を掴んだ。
俺を見つめたまま大きな翡翠色の瞳が揺れる。
「いいか。マスグレイヴ伯爵が守り通して来た砦を俺が壊した。もう嘘に守られた城じゃないんだ」
「え……でも……三人は監獄に……」
終わったはずだとフランシスカは言いたいようだった。
だが、これが始まりだとは気づいていない。
盲点だった。マスグレイヴ伯爵家の誰もが自身の激情に駆られ見落としていた脅威。
俺は世間話のような声を作り告げた。フランシスカを恐がらせたくなかった。
「ああ、そうだ。だが俺を殺したいのは俺の産みの親だけじゃない。ヴァルカーレ監獄でどれだけの恨みを買ったと思う?」
「それは……相手の自業自得でしょう?逆恨みよ」
「その通りだよ、フランシスカ。悪人は悔い改めたりしない。恨む。俺に親兄弟恋人を奪われたやら、野望を挫かれたやら、復讐したい連中は王国中にいるんだよ。王国には逆らえない。だが、俺なら?檻の外に出た俺なら簡単に殺せる。第二第三の奇襲があってもおかしくない」
「この先は防衛戦略が重要ということね?」
フランシスカが待ってましたとばかりに尤もそうな理解を示す。
だが、わかっていない。
「国賊に同調するような輩が待ってくれるかよ。今の内。今の内……そうやって度重なる被害で徐々に城が傷んでいくならまだましだ。村を焼くって話もあったらしい」
「え?」
声色が変わる。
俺は掴んでいたフランシスカの細い腕を放し、労わる気持ちと慰めの気持ちで同じ箇所を撫でた。
「オリファント伯爵家を誘ったのは俺の親だけじゃなかったようだ。今回は痴情の縺れ同士で手を組んだ」
「ウォルトンがそう言ったの?」
「王子にな」
「……」
可愛いフランシスカがどれほど残虐な憤りを抱いたとしても全て当然の感情だ。マスグレイヴ伯爵家は麓の村の祭に必ず顔を出す等して領民と交流を持つ貴族だった。領土への侵略は、領民への虐殺を意味する。心情的にも許し難い蛮行だ。
可哀相なのは、どれだけ心が強かろうとフランシスカの肉体は戦えないことだった。守られていてくれない限り弱点となり、守る余裕が果たして現在のマスグレイヴ城にあるのかという懸念がある。
アベル王子が本格的な尋問の前に得た危惧すべき情報に続けて、フランシスカに対する想いを堂々と表明した時、俺も、恐らくはマスグレイヴ伯爵も、それが最善策のように思わされた。事実そうなのだ。
「全ての攻撃を抑え込む魔法が一つある」
俺の声は震えていた。フランシスカは先を読み切ない表情で涙を浮かべる。
「……私の結婚でマスグレイヴ伯爵家を王族の親戚にするのね」
「そうだ」
これほど強力な守りはない。
身売りのような話ではあるが、相手は他の誰でもない王国の王子だ。何処に不足があるだろうか。それに、どうもあのアベル王子は本気でフランシスカを思っている様子だった。何も与えてやれない俺とは格が違い過ぎる。
「共同統治者だから、私……私は……政略結婚をするということ?」
「ああ、そうだ」
俺はフランシスカの後頭部を包んで引き寄せ、気づいた時には唇を重ねていた。
「……っ」
フランシスカが震えている。
フランシスカの綺麗な涙の味がする。
二人同時に押し殺したような吐息が洩れた。
「安全な場所にいてくれ。愛してる」
それが俺の願いだった。
誰よりも愛するフランシスカ。お前だけは、これから起こり得る血みどろの復讐劇の中にいてほしくない。
そして……
いつか、王子の人の良さに心が絆されたなら、それは幸せ以外の何物でもないだろう。
俺より格段に多くのものを与えてくれる。
俺が相応しくないとは思わない。
ただ、俺たちは公に兄妹として生きる道を選んでしまった。
俺がどれだけ愛していようと、幸せな花嫁にはしてやれない。
二人だけの秘密にしようと閉じ籠る城も安全ではない。
だから最善の策を取るまでだ。
「愛してる」
「……私も、愛してるわ……バレット……」
深いキスで一生分の想いを告げ合い、俺たちの秘密はより罪深さを増していく。
これからはこの愛こそが国賊の証になる。
罪の下に産み落とされた俺たちがこうして互いに愛し合えたなら、それは幸せと呼べるんじゃないか?
そう己を誤魔化しながら絶えず頭にこびりつくのはあの男の存在だった。
神を騙る悪魔。俺の父親。
フランシスカの母親ローレルが使用人のカレブ・ニックスと愛し合っていたのが事実だとしても、娘の父親を確かめる術はない。
娘に向かって愛する男の前で他の男に暴行されたと白状する母親などまともではないからだ。
俺はその可能性を捨てきれない。
父と息子の女の趣味が全く同じというのはよくある話だ。俺がフランシスカを愛するなら、俺の父親がローレルを愛しても不思議じゃない。
もし暴行された過去があったとしてもローレルは口を割らないだろう。
忌避する俺と大切な娘を引き裂く強烈な口実になるというのに、それでもその〝嘘〟だけはつかなかった。余りにも深すぎる疵だからだと邪推せずにはいられない。
一途な愛故なのか、疵故なのか。
俺の行き過ぎた想像であってくれたらいい。
ただ、フランシスカが妹ではないと証明できない。
どれだけ愛していても……フランシスカ、俺たちは此処までだ。
幸せだった。俺を迎えに来てくれてありがとう。
可愛い、俺の、妹────
「愛してるわ」
俺は張り裂ける痛みに耐えきれず、目を閉じた。
俺を見つめたまま大きな翡翠色の瞳が揺れる。
「いいか。マスグレイヴ伯爵が守り通して来た砦を俺が壊した。もう嘘に守られた城じゃないんだ」
「え……でも……三人は監獄に……」
終わったはずだとフランシスカは言いたいようだった。
だが、これが始まりだとは気づいていない。
盲点だった。マスグレイヴ伯爵家の誰もが自身の激情に駆られ見落としていた脅威。
俺は世間話のような声を作り告げた。フランシスカを恐がらせたくなかった。
「ああ、そうだ。だが俺を殺したいのは俺の産みの親だけじゃない。ヴァルカーレ監獄でどれだけの恨みを買ったと思う?」
「それは……相手の自業自得でしょう?逆恨みよ」
「その通りだよ、フランシスカ。悪人は悔い改めたりしない。恨む。俺に親兄弟恋人を奪われたやら、野望を挫かれたやら、復讐したい連中は王国中にいるんだよ。王国には逆らえない。だが、俺なら?檻の外に出た俺なら簡単に殺せる。第二第三の奇襲があってもおかしくない」
「この先は防衛戦略が重要ということね?」
フランシスカが待ってましたとばかりに尤もそうな理解を示す。
だが、わかっていない。
「国賊に同調するような輩が待ってくれるかよ。今の内。今の内……そうやって度重なる被害で徐々に城が傷んでいくならまだましだ。村を焼くって話もあったらしい」
「え?」
声色が変わる。
俺は掴んでいたフランシスカの細い腕を放し、労わる気持ちと慰めの気持ちで同じ箇所を撫でた。
「オリファント伯爵家を誘ったのは俺の親だけじゃなかったようだ。今回は痴情の縺れ同士で手を組んだ」
「ウォルトンがそう言ったの?」
「王子にな」
「……」
可愛いフランシスカがどれほど残虐な憤りを抱いたとしても全て当然の感情だ。マスグレイヴ伯爵家は麓の村の祭に必ず顔を出す等して領民と交流を持つ貴族だった。領土への侵略は、領民への虐殺を意味する。心情的にも許し難い蛮行だ。
可哀相なのは、どれだけ心が強かろうとフランシスカの肉体は戦えないことだった。守られていてくれない限り弱点となり、守る余裕が果たして現在のマスグレイヴ城にあるのかという懸念がある。
アベル王子が本格的な尋問の前に得た危惧すべき情報に続けて、フランシスカに対する想いを堂々と表明した時、俺も、恐らくはマスグレイヴ伯爵も、それが最善策のように思わされた。事実そうなのだ。
「全ての攻撃を抑え込む魔法が一つある」
俺の声は震えていた。フランシスカは先を読み切ない表情で涙を浮かべる。
「……私の結婚でマスグレイヴ伯爵家を王族の親戚にするのね」
「そうだ」
これほど強力な守りはない。
身売りのような話ではあるが、相手は他の誰でもない王国の王子だ。何処に不足があるだろうか。それに、どうもあのアベル王子は本気でフランシスカを思っている様子だった。何も与えてやれない俺とは格が違い過ぎる。
「共同統治者だから、私……私は……政略結婚をするということ?」
「ああ、そうだ」
俺はフランシスカの後頭部を包んで引き寄せ、気づいた時には唇を重ねていた。
「……っ」
フランシスカが震えている。
フランシスカの綺麗な涙の味がする。
二人同時に押し殺したような吐息が洩れた。
「安全な場所にいてくれ。愛してる」
それが俺の願いだった。
誰よりも愛するフランシスカ。お前だけは、これから起こり得る血みどろの復讐劇の中にいてほしくない。
そして……
いつか、王子の人の良さに心が絆されたなら、それは幸せ以外の何物でもないだろう。
俺より格段に多くのものを与えてくれる。
俺が相応しくないとは思わない。
ただ、俺たちは公に兄妹として生きる道を選んでしまった。
俺がどれだけ愛していようと、幸せな花嫁にはしてやれない。
二人だけの秘密にしようと閉じ籠る城も安全ではない。
だから最善の策を取るまでだ。
「愛してる」
「……私も、愛してるわ……バレット……」
深いキスで一生分の想いを告げ合い、俺たちの秘密はより罪深さを増していく。
これからはこの愛こそが国賊の証になる。
罪の下に産み落とされた俺たちがこうして互いに愛し合えたなら、それは幸せと呼べるんじゃないか?
そう己を誤魔化しながら絶えず頭にこびりつくのはあの男の存在だった。
神を騙る悪魔。俺の父親。
フランシスカの母親ローレルが使用人のカレブ・ニックスと愛し合っていたのが事実だとしても、娘の父親を確かめる術はない。
娘に向かって愛する男の前で他の男に暴行されたと白状する母親などまともではないからだ。
俺はその可能性を捨てきれない。
父と息子の女の趣味が全く同じというのはよくある話だ。俺がフランシスカを愛するなら、俺の父親がローレルを愛しても不思議じゃない。
もし暴行された過去があったとしてもローレルは口を割らないだろう。
忌避する俺と大切な娘を引き裂く強烈な口実になるというのに、それでもその〝嘘〟だけはつかなかった。余りにも深すぎる疵だからだと邪推せずにはいられない。
一途な愛故なのか、疵故なのか。
俺の行き過ぎた想像であってくれたらいい。
ただ、フランシスカが妹ではないと証明できない。
どれだけ愛していても……フランシスカ、俺たちは此処までだ。
幸せだった。俺を迎えに来てくれてありがとう。
可愛い、俺の、妹────
「愛してるわ」
俺は張り裂ける痛みに耐えきれず、目を閉じた。
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