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54(キャロル)
「キャロル。その歌声は神が与えたもうた賜物。讃美を日に三回歌い、祈りなさい。私と共に」
「……はい」
腑に落ちない感情のまま一応は頷いておく。
経験上、こういう褒め方をする男は碌なものではない。聖職者といっても男は男。幻滅した。
女子修道院で神に伝える人生を歩もうとした矢先、訪れた大司教に讃美の歌声を褒められ、是非とも大聖堂で歌って欲しいと言われた。
私の生まれ持ったもので神に仕えられるという喜びばかりが先立ちついて来てしまったが、聖歌隊は少年ばかりでそこに私が混じるというのはどうにも考えられなかった。
結局私は現在、食堂のシスターたちに交じり、確かに日に三回祈り神に仕えてはいる。
その他に、大司教が過ごしている小部屋に日に三度食事を届け、いざとなったら燭台を武器に逃げ出そうと心の準備をしながら神への讃美を歌っている。
その間、アンブロシウス大司教は目を細め嗜虐的で濁った熱い視線で私をじっと観察している。今にも私の体中を舐め回しそうな好色な目付きに気づかないふりをして、私は讃美に集中した。
大聖堂はオペラ座より巨大な建物だったけれど内部の構造はすぐ理解できた。そして狭く暗い通路も小部屋も、舞台裏という似た空間で慣れていた。
だからいざという時は燭台で大司教を殴り逃走できると日々自分を奮い立たせている。
そんなある日のことだった。
大聖堂が騒がしいことに気づき持ち場を離れて様子を伺いに行くと、仰々しい一団が司教やシスターたちと軽い口論をしているのに出くわした。
「ですから、アンブロシウス大司教はいらしていません」
「再三申し上げましたが、私共は宮廷の命により参りましたヴァルカーレ監獄付の小隊でありまして」
「神は為政者を統べる御方です。大司教の捜索など罷りなりません」
「否、ですから……」
仰々しい一団の中から穏やかな声が聞こえてくる。主に交渉している人物のようだが、一人だけ背が低いのか姿は見えない。押しも弱い。周囲を取り囲む数人の貴族と判事と騎士と兵士が焦れたように顔を顰めている。
少し近寄ってみると、貴族の一人の顔に見覚えがあった。
「……」
私は始め、それが誰に似ているのか思い出せなかった。しかしじっと見つめていて、唐突に気づいた。
顔の造形、残忍ともとれる表情がアンブロシウス大司教に似ている。
親子ほどの年の差がありそうだから、親子かそれに近い血縁者ではないかと疑ってしまう。
「……」
幻滅に幻滅が重なり私は教会の腐敗に辟易した。
気持ちが緩んだ瞬間に、その大司教そっくりな若い貴族が交渉に加わった。
「アンブロシウス大司教は我がマスグレイヴ伯領に程近い街道沿いの女子修道院に立ち寄った後、行方知れずです。確かな筋からこちらに潜伏しているとの情報が寄せられました」
マスグレイヴ……
「──!」
この瞬間、私は神の存在を確信した。
神は私を罰し、私に贖罪の機会を与えてくださったのだ。
まずは誘惑しようとした貴族令息に誘拐させ、次は依存しようとした聖職者に誘拐させ、神は徹底的に私を罰した。そして神に幻滅させて尚、神の威光を知らしめたのだ。
讃美したい。
今こそ、天を仰ぎ讃美したい。
「隠し立てするようならあなた方は同罪だ。白状した方が身の為です。監獄で朽ちるまで虚しい祈りを唱える羽目になりますよ」
私が破談させたマスグレイヴ伯爵家の人間を名乗る貴族が、剣呑な表情で聖職者の群を脅している。
今こそ、償いの時──!
「おお、神よ!この傍若無人な罪深き男を許し賜え……神よ……!」
「あの……っ」
突如進み出た私に誰も目を向けなかった。
仕方がない。
私は小走りで集団に駆け寄り、マスグレイヴ伯爵家の貴族に直接声を掛けた。
「あの」
「……?」
容赦ない好戦的な表情で見下ろされ、一瞬、恐怖で息が止まった。冷や汗が噴き出す。この顔は敵に回してはいけない。私がフランシスカという名の人形をやらされたくらいでは決して許して貰えないのが理解できた。
けれどこれが最後の試練だ。
私が償うべき相手が探している人物の居場所を私だけが知っている。
黒く縁どられた碧い瞳が冷酷な殺意を宿したまま私を凝視しているけれど、私が誰かということは気付いていないようだった。実際、私もこの人物を知っていれば、よく似た顔立ちの大司教にのこのこついて来たりしなかった。
「アンブロシウス大司教はこちらです」
「……?」
じわりと眉をつり上げた表情は恐ろしかったが、大司教のような邪悪さや隠しても隠し切れない生温い卑猥さはない。精悍で、男にうんざりした私でさえときめきを覚えるほどの強者感。
「本当か?」
掠れた低い声……痺れる。
「はい」
使命感に突き動かされ歩き出した私に一団がぞろぞろとついてくる。
アンブロシウス大司教の滞在を知らない者、知っていて黙っている者、其々が一様に新入りの私の暴挙に驚き慌てふためいていた。
私だけが知る秘密に身分のある男たちの集団がついてくる。
かつてない陶酔感に興奮しながら私は地下墓地への扉を開け、ひんやりとした狭い階段を駆け下りた。
「アンブロシウス大司教はこの先の小部屋で懺悔していらっしゃいます」
「遺体処理室に隠れたか」
「ちょっ、ちょっと失礼……!」
精悍な償い主を掻き分け、太った丸い手が現れた。それに続き手の通り肥満体の役人がぬっと飛び出て私を凝視した。
「──」
口髭を生やし、禿げ頭に小さな帽子を乗せている肥満体の初老の男。
狂った貴族令息の屋舗から助け出された時もそこにいた、オペラ座の客だ。悪い男ではないのはその優しそうな顔を見れば明らかだとしても、とても求婚には応じられなかった。美しくない。それに第一、男は懲り懲りだったから……
「キャ──」
「!」
私は唇に人差し指を立て眼力で黙らせた。
殺気立ったマスグレイヴ伯爵家の貴族に私の名前を知られたら、アンブロシウス大司教を差し出す前に私が捕らえられてしまう。
「……!」
「……!!」
短い素振りで通じたらしく、余った顎の肉をたゆたわせ頷き返してくる。一瞬のやりとりだった。
確か、この初老の貴族はハミルトン伯爵と名乗っていた。羊のように優しく平和な顔の肥満体の男が、まさか監獄の使者とは驚きだ。しかし、あのふさふさした毛髪を何処へ忘れて来たのだろうか。
奇妙な再会にやや呆然としながら狭い小部屋の扉を開けると、背を向け跪いた姿勢のアンブロシウス大司教が目を剥いてこちらを振り仰いだ。凄まじく邪悪な表情は大司教というより悪魔と呼ぶ方が相応しく思える。
「お前……!」
と、アンブロシウス大司教が私を睨んだ次の瞬間。
兵士が入れるだけなだれ込みアンブロシウス大司教を力尽くで引き摺りだした。それから若いながらほぼ完全に同じ顔立ちの、私の償い主、マスグレイヴ伯爵家の貴族がアンブロシウス大司教の首元を掴み険しい顔を無言で寄せた。
鬼気迫る睨み合い。
一瞬で終わり、小規模ながら大事件を思わせる逮捕を低い声が締め括る。
「地獄行きだ、屑が」
続く劇的な沈黙。
私は歴史の瞬間に立ち会ったのだ。
オペラ座で歌いたかった。
でも、私は、それよりもずっと大きな事を成し遂げた。
神様……!
「!?」
私の手をむっちりした手がきゅっと掴んだ。
「……はい」
腑に落ちない感情のまま一応は頷いておく。
経験上、こういう褒め方をする男は碌なものではない。聖職者といっても男は男。幻滅した。
女子修道院で神に伝える人生を歩もうとした矢先、訪れた大司教に讃美の歌声を褒められ、是非とも大聖堂で歌って欲しいと言われた。
私の生まれ持ったもので神に仕えられるという喜びばかりが先立ちついて来てしまったが、聖歌隊は少年ばかりでそこに私が混じるというのはどうにも考えられなかった。
結局私は現在、食堂のシスターたちに交じり、確かに日に三回祈り神に仕えてはいる。
その他に、大司教が過ごしている小部屋に日に三度食事を届け、いざとなったら燭台を武器に逃げ出そうと心の準備をしながら神への讃美を歌っている。
その間、アンブロシウス大司教は目を細め嗜虐的で濁った熱い視線で私をじっと観察している。今にも私の体中を舐め回しそうな好色な目付きに気づかないふりをして、私は讃美に集中した。
大聖堂はオペラ座より巨大な建物だったけれど内部の構造はすぐ理解できた。そして狭く暗い通路も小部屋も、舞台裏という似た空間で慣れていた。
だからいざという時は燭台で大司教を殴り逃走できると日々自分を奮い立たせている。
そんなある日のことだった。
大聖堂が騒がしいことに気づき持ち場を離れて様子を伺いに行くと、仰々しい一団が司教やシスターたちと軽い口論をしているのに出くわした。
「ですから、アンブロシウス大司教はいらしていません」
「再三申し上げましたが、私共は宮廷の命により参りましたヴァルカーレ監獄付の小隊でありまして」
「神は為政者を統べる御方です。大司教の捜索など罷りなりません」
「否、ですから……」
仰々しい一団の中から穏やかな声が聞こえてくる。主に交渉している人物のようだが、一人だけ背が低いのか姿は見えない。押しも弱い。周囲を取り囲む数人の貴族と判事と騎士と兵士が焦れたように顔を顰めている。
少し近寄ってみると、貴族の一人の顔に見覚えがあった。
「……」
私は始め、それが誰に似ているのか思い出せなかった。しかしじっと見つめていて、唐突に気づいた。
顔の造形、残忍ともとれる表情がアンブロシウス大司教に似ている。
親子ほどの年の差がありそうだから、親子かそれに近い血縁者ではないかと疑ってしまう。
「……」
幻滅に幻滅が重なり私は教会の腐敗に辟易した。
気持ちが緩んだ瞬間に、その大司教そっくりな若い貴族が交渉に加わった。
「アンブロシウス大司教は我がマスグレイヴ伯領に程近い街道沿いの女子修道院に立ち寄った後、行方知れずです。確かな筋からこちらに潜伏しているとの情報が寄せられました」
マスグレイヴ……
「──!」
この瞬間、私は神の存在を確信した。
神は私を罰し、私に贖罪の機会を与えてくださったのだ。
まずは誘惑しようとした貴族令息に誘拐させ、次は依存しようとした聖職者に誘拐させ、神は徹底的に私を罰した。そして神に幻滅させて尚、神の威光を知らしめたのだ。
讃美したい。
今こそ、天を仰ぎ讃美したい。
「隠し立てするようならあなた方は同罪だ。白状した方が身の為です。監獄で朽ちるまで虚しい祈りを唱える羽目になりますよ」
私が破談させたマスグレイヴ伯爵家の人間を名乗る貴族が、剣呑な表情で聖職者の群を脅している。
今こそ、償いの時──!
「おお、神よ!この傍若無人な罪深き男を許し賜え……神よ……!」
「あの……っ」
突如進み出た私に誰も目を向けなかった。
仕方がない。
私は小走りで集団に駆け寄り、マスグレイヴ伯爵家の貴族に直接声を掛けた。
「あの」
「……?」
容赦ない好戦的な表情で見下ろされ、一瞬、恐怖で息が止まった。冷や汗が噴き出す。この顔は敵に回してはいけない。私がフランシスカという名の人形をやらされたくらいでは決して許して貰えないのが理解できた。
けれどこれが最後の試練だ。
私が償うべき相手が探している人物の居場所を私だけが知っている。
黒く縁どられた碧い瞳が冷酷な殺意を宿したまま私を凝視しているけれど、私が誰かということは気付いていないようだった。実際、私もこの人物を知っていれば、よく似た顔立ちの大司教にのこのこついて来たりしなかった。
「アンブロシウス大司教はこちらです」
「……?」
じわりと眉をつり上げた表情は恐ろしかったが、大司教のような邪悪さや隠しても隠し切れない生温い卑猥さはない。精悍で、男にうんざりした私でさえときめきを覚えるほどの強者感。
「本当か?」
掠れた低い声……痺れる。
「はい」
使命感に突き動かされ歩き出した私に一団がぞろぞろとついてくる。
アンブロシウス大司教の滞在を知らない者、知っていて黙っている者、其々が一様に新入りの私の暴挙に驚き慌てふためいていた。
私だけが知る秘密に身分のある男たちの集団がついてくる。
かつてない陶酔感に興奮しながら私は地下墓地への扉を開け、ひんやりとした狭い階段を駆け下りた。
「アンブロシウス大司教はこの先の小部屋で懺悔していらっしゃいます」
「遺体処理室に隠れたか」
「ちょっ、ちょっと失礼……!」
精悍な償い主を掻き分け、太った丸い手が現れた。それに続き手の通り肥満体の役人がぬっと飛び出て私を凝視した。
「──」
口髭を生やし、禿げ頭に小さな帽子を乗せている肥満体の初老の男。
狂った貴族令息の屋舗から助け出された時もそこにいた、オペラ座の客だ。悪い男ではないのはその優しそうな顔を見れば明らかだとしても、とても求婚には応じられなかった。美しくない。それに第一、男は懲り懲りだったから……
「キャ──」
「!」
私は唇に人差し指を立て眼力で黙らせた。
殺気立ったマスグレイヴ伯爵家の貴族に私の名前を知られたら、アンブロシウス大司教を差し出す前に私が捕らえられてしまう。
「……!」
「……!!」
短い素振りで通じたらしく、余った顎の肉をたゆたわせ頷き返してくる。一瞬のやりとりだった。
確か、この初老の貴族はハミルトン伯爵と名乗っていた。羊のように優しく平和な顔の肥満体の男が、まさか監獄の使者とは驚きだ。しかし、あのふさふさした毛髪を何処へ忘れて来たのだろうか。
奇妙な再会にやや呆然としながら狭い小部屋の扉を開けると、背を向け跪いた姿勢のアンブロシウス大司教が目を剥いてこちらを振り仰いだ。凄まじく邪悪な表情は大司教というより悪魔と呼ぶ方が相応しく思える。
「お前……!」
と、アンブロシウス大司教が私を睨んだ次の瞬間。
兵士が入れるだけなだれ込みアンブロシウス大司教を力尽くで引き摺りだした。それから若いながらほぼ完全に同じ顔立ちの、私の償い主、マスグレイヴ伯爵家の貴族がアンブロシウス大司教の首元を掴み険しい顔を無言で寄せた。
鬼気迫る睨み合い。
一瞬で終わり、小規模ながら大事件を思わせる逮捕を低い声が締め括る。
「地獄行きだ、屑が」
続く劇的な沈黙。
私は歴史の瞬間に立ち会ったのだ。
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「!?」
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