うしろめたいお兄様へ。

希猫 ゆうみ

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「嫌ぁッ!行かないでェッ!待ってェッ!私の可愛いフランシスカァァァァァッ!!」

最後まで大袈裟に加担する王太子妃の絶叫を背中に受け、私の乗る馬車は走り出した。
現段階ではまだ私の離婚は認められていない。これでも王国の第三王子夫妻だったのだから公的な手続きで時間がかかるのは当然だった。

私は妃殿下のまま、夫の在る身分のままで、愛する人の待つ場所へ帰る。
なんとうしろめたいことだろう。

馬車に乗り込み人の目が無くなったところから、嬉しくて、嬉しくて、顔がにやけてしまって仕方ない。

あの騒動の後、私とアベル王子が直接顔を合わせる機会はなかった。妃を挿げ替えると宣言したアベル王子は、私の侍女と巣ごもりしてしまったという建前であったし、私も自室に閉じ籠り基本的には実家に帰る準備をしていた。

王太子妃がアベル王子の説教、説得、折檻、罵倒と称してあちらへ赴き、私を慰める為にこちらへ訪れる。そのようにして情報を交換し、綿密な計画が明かされたのだ。

元々、私マスグレイヴ伯爵令嬢というのは婚約者に目の前で愛人所有宣言をされ破談に至った、謂わば傷物令嬢だった。更には発狂した元婚約者によって奇襲まで受けている。
アベル王子は発狂前のウォルトンを真似ることで私の心に修復不可能な深い傷を刻んだ。誰の目にもこの結婚は継続不可能だと思わせてくれたのだった。

悪役を買って出てくれた私の侍女にも、感謝で胸が一杯だ。

勇気のいることだろうとも思う。
併し同時に、彼女だからこそと納得もした。

体術の心得があるからと、突如として私の周りに配置された彼女が、それ以前には母付のメイドだったのだとしたら持ち場は地下居住区ということになる。
砲撃の後、初めてその仕掛けを見たかのような口ぶりで負傷した私たち一家を隠し階段から引き上げてくれたが、今回の協力も加味すると、最初から只者ではなかったのだと思わされた。

彼女は現在、私の夫アベル王子によって寵愛を受け、離宮で贅沢三昧している……ことになっている。

これから離婚騒動へと発展する今回の里帰りは、まだ計画の第一段階らしい。

先にマスグレイヴ城へと向かった使者が今後は中心となり、連絡係も勤めてくれるとのことだった。


そして────……


永遠のように長い忍耐の旅路を経て、私はマスグレイヴ城に帰って来た。

見慣れた風景にも当然のように熱い涙が込み上げたが、結局は興奮が勝った。
馬がその歩みを止めた瞬間、私は御者を待たずに自らの手で乱暴に扉を開けて馬車から飛び降りた。

目の前には崖を背に聳え立つ霧を纏ったマスグレイヴ城と、バレットの姿がある。みんな気を利かせて兄一人が出迎える形を取ってくれたのだろう。

愛しい人と、再び、視線を交わす。

「お兄様!」

私は駆け出し、その広い胸に飛び込んだ。
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