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魔法使いの同居人
7話
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紗月さんが学校に姿を見せたのは午後の授業が始まって三十分が経過したときだった。寝坊にも限度がある。紗月さんに学生時代というものがあったかは知らないが、これではまともに単位を取れなかったのではないだろうか。
僕があきれてノートに小言を綴ろうとすると、説教されることを察したのか、探索に行くと言い残しすぐさま教室を出て行ってしまった。結局、紗月さんが戻ってきたのは最後の授業が終わる直前になったときだった。
いつもは授業が終わればすぐに学校を出ていくのだが、今日は生徒会が不定期で実施している募金活動があった。副生徒会長である僕も当然参加することになっている。
終了のチャイムと同時に僕は校庭へ向かう。校庭の片隅に倉庫があり、そこに募金箱が保管されている。校門に設置された活動スペースまで募金箱を運ぶのが僕の役割だった。
「ボランティアとはすばらしい心がけです。良いことをすると自分も気持ちよくなって一石二鳥ですよね」
頼んでもいないのに付いてきた紗月さんが言った。自分が泥棒であることを忘れているかのようなセリフだった。盗人をお金を取り扱う活動に同行させることに不安はあったが、さすがに募金に手をつけるようなことはしないだろう。確証はないがそう信じることにした。
道中、雨森さんが人形遣いの正体を掴んだと言っていたことを紗月さんに話してみた。それを聞いた紗月さんは、僕が思った以上に取り乱した。
「嘘に決まってます。私がまだ何の手掛かりも掴めていないのに、ほかの人が見つけられるはずありません」
怒っているというより拗ねているような口調だった。いつもおっとりしている紗月さんにしては珍しく語気が荒い。負けず嫌いなのだろうか。意外な一面を見た気がする。
それからしばらく、ぶつぶつと独り言を呟いていた彼女だったが、最終的には雨森さんの話を彼女の妄想だと思うことにしたようだ。自分が正体を暴くのだと決意を新たにしたのだった。
正面から二人の女子生徒がやってきたため、僕は口を閉じる。副生徒会長が誰もいない空間に話しかけていたなんて噂でも立ったらかなわない。
ジャージの色から彼女たちが一年生であることがわかった。二人が談笑しながら僕の横を通り過ぎるタイミングで、紗月さんが突然「あっ」と声をあげた。
びっくりして僕はその場に立ち止まってしまった。
急に停止したことを訝しんだのか、女生徒たちは振り返るとこちらに様子を窺っている。うまく誤魔化す方法を思い浮かばなかったので、視線に気づかないふりをして所在なさげにしていると、彼女たちは首をかしげながら去って行った。
女生徒が見えなくなったところで僕は紗月さんに注意する。
「急に声を出すのはやめてほしいんだけど」
「靴の紐が解けてしまいました。少々お待ちを」
そんなことで後輩生徒に不審な目を向けられることになったのか。ため息が漏れる。
人に聞こえない声が聞こえる、ということがいかにやっかいなものなのか、ここ数日で嫌というほど実感した。常に周囲の反応を気にして生活しなければならない。まるで心が休まらない。人と違う能力を持つことは幸運なことだと思っていたが、人と違うということにはリスクが付きまとうみたいだ。
そんな風にかっこつけてみたところで、特別なのは僕じゃなく紗月さんなんだけれど。
人前では反応しないよう意識はしているが、脊髄反射には抗えない。突然声をかけられれば、どんなに身体を鍛えたアスリートだあろうと、人間である以上は反応してしまう。今回のように気を抜いたタイミングであればなおさらだ。
「あらためて考えてみると、不思議なものだよなぁ」
「何がです?」
「この状況のことさ。今もすれ違った女子たちは、当然のように紗月さんが見えていなかったでしょ。だいぶ慣れてきて、当然のことのように受け入れてしまっていたけど、こんな異常な状況これまでの人生で味わったことがないよ」
「見えてないわけでじゃないですよ。見えていないと思い込んでいるだけです。視覚が感知しても、脳が処理できていないわけです。声も千花くん以外の人にもちゃんと聞こえてはいるんですよ」
ふーん、と曖昧に頷く。理屈はわかるが理解ができない。自分の身に起きていることなのに、いまいち納得しきれない。
「なんにせよ学校内で僕だけが紗月さんに気づいているってのは奇妙な話だよなぁ。ホラー映画の主人公にでもなった気分だよ」
「二人だけの秘密みたいでドキドキしますね」
どこまで本気なのか、紗月さんは楽しそうに言う。悪い意味で毎日ドキドキしている僕は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
「学校を徘徊する姿の見えない泥棒なんて、人形遣いの存在以上に信じがたい話だと思わない?」
「そうでしょうか?」
「そんな噂話を聞いたとしても、当事者でなければ絶対に信じなかったと思う。くだらない噂だって一蹴して終わりだよ」
「『くだらない』って言われ方は心外ですね」
「じゃあ、いい意味でくだらないってことで」
「フォローになっていない気がします」
「あれ?」
ふとに脳内に疑問が湧いた。
「どうしました?」
「冷静に考えてみたら、催眠術を掛けられたときの記憶がないなと思って。気が付いときには、すでに紗月さんは見えない状態だった」
「そういう手順を踏みましたからね」
思えば僕が催眠術に掛けられていると説明したのも紗月さんだった。すべての情報は紗月さんから与えられたわけである。僕はそれを鵜呑みにしたに過ぎない。そう考えたとき一つの可能性が思い浮かんだ。
「僕は本当に催眠術に掛けられているの? 」
「そうですよ」
「僕と話している紗月さんという人は本当に存在しているの?」
「もちろんです」
「その証拠は?」
「証拠と言われると困りますが……」
紗月さんは悩んでいるみたいだ。
しばらくして「それなら、後で催眠術の実演してあげましょうか」と予想外の提案をしてきた。
思わぬ展開だったが、拒否する理由はない。自分が置かれている状況を改めて確認できるまたとない機会だ。
「百聞は一見に如かずってことだね。ぜひお願いするよ」
僕があきれてノートに小言を綴ろうとすると、説教されることを察したのか、探索に行くと言い残しすぐさま教室を出て行ってしまった。結局、紗月さんが戻ってきたのは最後の授業が終わる直前になったときだった。
いつもは授業が終わればすぐに学校を出ていくのだが、今日は生徒会が不定期で実施している募金活動があった。副生徒会長である僕も当然参加することになっている。
終了のチャイムと同時に僕は校庭へ向かう。校庭の片隅に倉庫があり、そこに募金箱が保管されている。校門に設置された活動スペースまで募金箱を運ぶのが僕の役割だった。
「ボランティアとはすばらしい心がけです。良いことをすると自分も気持ちよくなって一石二鳥ですよね」
頼んでもいないのに付いてきた紗月さんが言った。自分が泥棒であることを忘れているかのようなセリフだった。盗人をお金を取り扱う活動に同行させることに不安はあったが、さすがに募金に手をつけるようなことはしないだろう。確証はないがそう信じることにした。
道中、雨森さんが人形遣いの正体を掴んだと言っていたことを紗月さんに話してみた。それを聞いた紗月さんは、僕が思った以上に取り乱した。
「嘘に決まってます。私がまだ何の手掛かりも掴めていないのに、ほかの人が見つけられるはずありません」
怒っているというより拗ねているような口調だった。いつもおっとりしている紗月さんにしては珍しく語気が荒い。負けず嫌いなのだろうか。意外な一面を見た気がする。
それからしばらく、ぶつぶつと独り言を呟いていた彼女だったが、最終的には雨森さんの話を彼女の妄想だと思うことにしたようだ。自分が正体を暴くのだと決意を新たにしたのだった。
正面から二人の女子生徒がやってきたため、僕は口を閉じる。副生徒会長が誰もいない空間に話しかけていたなんて噂でも立ったらかなわない。
ジャージの色から彼女たちが一年生であることがわかった。二人が談笑しながら僕の横を通り過ぎるタイミングで、紗月さんが突然「あっ」と声をあげた。
びっくりして僕はその場に立ち止まってしまった。
急に停止したことを訝しんだのか、女生徒たちは振り返るとこちらに様子を窺っている。うまく誤魔化す方法を思い浮かばなかったので、視線に気づかないふりをして所在なさげにしていると、彼女たちは首をかしげながら去って行った。
女生徒が見えなくなったところで僕は紗月さんに注意する。
「急に声を出すのはやめてほしいんだけど」
「靴の紐が解けてしまいました。少々お待ちを」
そんなことで後輩生徒に不審な目を向けられることになったのか。ため息が漏れる。
人に聞こえない声が聞こえる、ということがいかにやっかいなものなのか、ここ数日で嫌というほど実感した。常に周囲の反応を気にして生活しなければならない。まるで心が休まらない。人と違う能力を持つことは幸運なことだと思っていたが、人と違うということにはリスクが付きまとうみたいだ。
そんな風にかっこつけてみたところで、特別なのは僕じゃなく紗月さんなんだけれど。
人前では反応しないよう意識はしているが、脊髄反射には抗えない。突然声をかけられれば、どんなに身体を鍛えたアスリートだあろうと、人間である以上は反応してしまう。今回のように気を抜いたタイミングであればなおさらだ。
「あらためて考えてみると、不思議なものだよなぁ」
「何がです?」
「この状況のことさ。今もすれ違った女子たちは、当然のように紗月さんが見えていなかったでしょ。だいぶ慣れてきて、当然のことのように受け入れてしまっていたけど、こんな異常な状況これまでの人生で味わったことがないよ」
「見えてないわけでじゃないですよ。見えていないと思い込んでいるだけです。視覚が感知しても、脳が処理できていないわけです。声も千花くん以外の人にもちゃんと聞こえてはいるんですよ」
ふーん、と曖昧に頷く。理屈はわかるが理解ができない。自分の身に起きていることなのに、いまいち納得しきれない。
「なんにせよ学校内で僕だけが紗月さんに気づいているってのは奇妙な話だよなぁ。ホラー映画の主人公にでもなった気分だよ」
「二人だけの秘密みたいでドキドキしますね」
どこまで本気なのか、紗月さんは楽しそうに言う。悪い意味で毎日ドキドキしている僕は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
「学校を徘徊する姿の見えない泥棒なんて、人形遣いの存在以上に信じがたい話だと思わない?」
「そうでしょうか?」
「そんな噂話を聞いたとしても、当事者でなければ絶対に信じなかったと思う。くだらない噂だって一蹴して終わりだよ」
「『くだらない』って言われ方は心外ですね」
「じゃあ、いい意味でくだらないってことで」
「フォローになっていない気がします」
「あれ?」
ふとに脳内に疑問が湧いた。
「どうしました?」
「冷静に考えてみたら、催眠術を掛けられたときの記憶がないなと思って。気が付いときには、すでに紗月さんは見えない状態だった」
「そういう手順を踏みましたからね」
思えば僕が催眠術に掛けられていると説明したのも紗月さんだった。すべての情報は紗月さんから与えられたわけである。僕はそれを鵜呑みにしたに過ぎない。そう考えたとき一つの可能性が思い浮かんだ。
「僕は本当に催眠術に掛けられているの? 」
「そうですよ」
「僕と話している紗月さんという人は本当に存在しているの?」
「もちろんです」
「その証拠は?」
「証拠と言われると困りますが……」
紗月さんは悩んでいるみたいだ。
しばらくして「それなら、後で催眠術の実演してあげましょうか」と予想外の提案をしてきた。
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