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魔法使いの同居人
18話
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九月も下旬にもなるとずいぶんと肌寒い。
来週から衣替えという時期に文化祭は開催された。
年に一度のお祭りとあって、学校中が屋内・屋外を問わず派手やかな装飾で施されていた。開催二日目の今日は模擬店が出せる最終日になっている。どこのお店も在庫を残さないように客寄せに本腰を入れていた。
かく言う僕も焼きそばを買いに出たはずなのに、おでんと餃子を半ば強引に購入させられたところだった。
生徒会が勝ち取った三日間の文化祭期間中、生徒会役員である僕が取れた自由時間はわずか一時間だった。その短い休息を食事に使うのはもったいない気もするが、まともに昼食を取れなかったのでやむを得なかった。
どこか腰を下ろして食事できる場所がないかと探していると、中庭の隅っこにある木陰で読書している涼川さんが目に入った。笑い声や屋台の呼び込みの声で騒々しい中、まるで彼女の周囲だけ時間がゆっくり動いているみたいな静けさがある。
僕は少し悩んでから、遠慮がちに涼川さんの元へ向かった。
「隣いいかな?」
涼川さんは本から目を離すと、バックを寄せて僕の座るスペースを空けてくれた。
「どうぞ」
「せっかくの文化祭なのに、なんで読書?」
「あたしがこういうお祭りごとが苦手だってのは、一ノ瀬も知ってるでしょ。文化祭の参加が出席日数にカウントされるなんてルールがなければ休んでるところよ」
「まあ、そう言わずに少しは楽しんでいってよ。せっかく来たんだしさ」
おでんと餃子を差し出すと、涼川さんは困惑しつつおでんを受け取った。
学校内で制服姿の女子高生がおでんを頬張る。なんだかシュールな画だった。
「ありがとね」
卵をかじりながら涼川さんが言った。
「口に合ったならよかったよ」
「おでんのことじゃなくて、鶏の話」
「ああ」
彼女の言わんとしていることを理解し、僕は頷いた。
文化祭が開催される前、涼川さんは中庭で飼われている鶏のことを心配していた。文化祭が行われる三日間に鳥たちが劣悪な環境に置かれることは許容できないと、彼女にしては珍しく感情的になっていた。
そんな涼川さんの言い分を無下にはできず、僕は涼川さんと協力して鳥たちの面倒を見てくれる人を探した。その甲斐あって、期間中は事務員のおじさんが家で預かってくれることになった。数年前まで尾長鶏が飼っていて、自宅に大きめの鳥小屋があるとのことだった。
用務員さんが張り切って出迎えの用意をしていることを伝えると、ようやく涼川さんは表情を和らげてくれたのだった。
「忙しくて様子は聞けていないけど、連絡がないってことは元気でいると思うよ」
「昨日の夜、あの子の写真が送られてきたわ」
涼川さんのスマホには、一心不乱に何かの穀物を貪る鶏と笑顔のおじさんが写っていた。いつの間にか連絡先を交換していたらしい。
「わがままを聞いてくれてありがとう」
「涼川さんにあれだけ熱心に頼まれたら断れないよ」
「私が頼んだ?」
涼川さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「鶏の件は一ノ瀬のほうから話を持ち出してくれたじゃない。鶏たちを何とかしようって」
「違うよ。涼川さんから頼まれたんだよ」
僕はそう言いながら、だんだんと自分の発言に自信が持てなくなってきた。涼川さんが言ったとおりの気もするし、やっぱり僕の発言が正しい気もする。なぜか記憶があいまいだった。
思い出そうと頭を絞ってみるが思い出すことができない。数か月前の記憶なんてそんなものだろうか。
まあいいか。どうせ大したことではない。
二人で肩を並べて昼食を再開する。パックからはみ出さんばかりに詰められた焼きそばは、一.五人前くらいの量になっており、なかなか底が見えてこない。
大盛りの焼きそばと奮闘を繰り広げていたとき、少し先にいる女性が目が止まった。
腰まで伸びる色素の薄い髪の毛。白色のワンピースの腰に巻かれたベルトによって、ウエストの細さが際立っている。良家のお嬢様を思わせるような清楚なイメージが全身から放たれていた。学生には見えない。生徒の親族だろうか。
女性は周りの屋台や人々を物珍しそうに見ては、祭りの空気を楽しんでいるようだった。
身体の中がざわめきだす。なぜだか女性から目を離すことができない。
「知り合い?」
熱心に見ていたことに気づかれたようで、涼川さんはおでんを頬張りながら箸で女性を差した。
「そうじゃないんだけど。不思議と目を惹く女の人だなと思って」
「確かに、独特な雰囲気の人ね。これだけ人がいる中でも、彼女だけが別の世界の住人みたいに見える」
そのとき強風が吹いた。風は出店のメニュー表を飛ばし、木々を強くしならせる。あちこちから小さな悲鳴が聞こえてくる。
タイミング悪く、僕は風によって舞い上げられた砂埃を吸い込んでしまった。異物が肺に入り込み堪らずせき込んでしまう。
「ここにいますよ」
人々がざわつく中でも、その声は鮮明に僕の耳に届いた。一瞬だけ先ほどの女性と目が合った気がした。今のは彼女の声だろうか。
女性は身体を半回転させると逆方向へ歩きだした。
彼女の声を僕はどこかで聞いたことがある気がした。しかしどこでだったかは思い出せない。
遠ざかっていく背中をもどかしい気持ちで見つめていたが、女性の姿はすぐに人混みに消えてしまった。
来週から衣替えという時期に文化祭は開催された。
年に一度のお祭りとあって、学校中が屋内・屋外を問わず派手やかな装飾で施されていた。開催二日目の今日は模擬店が出せる最終日になっている。どこのお店も在庫を残さないように客寄せに本腰を入れていた。
かく言う僕も焼きそばを買いに出たはずなのに、おでんと餃子を半ば強引に購入させられたところだった。
生徒会が勝ち取った三日間の文化祭期間中、生徒会役員である僕が取れた自由時間はわずか一時間だった。その短い休息を食事に使うのはもったいない気もするが、まともに昼食を取れなかったのでやむを得なかった。
どこか腰を下ろして食事できる場所がないかと探していると、中庭の隅っこにある木陰で読書している涼川さんが目に入った。笑い声や屋台の呼び込みの声で騒々しい中、まるで彼女の周囲だけ時間がゆっくり動いているみたいな静けさがある。
僕は少し悩んでから、遠慮がちに涼川さんの元へ向かった。
「隣いいかな?」
涼川さんは本から目を離すと、バックを寄せて僕の座るスペースを空けてくれた。
「どうぞ」
「せっかくの文化祭なのに、なんで読書?」
「あたしがこういうお祭りごとが苦手だってのは、一ノ瀬も知ってるでしょ。文化祭の参加が出席日数にカウントされるなんてルールがなければ休んでるところよ」
「まあ、そう言わずに少しは楽しんでいってよ。せっかく来たんだしさ」
おでんと餃子を差し出すと、涼川さんは困惑しつつおでんを受け取った。
学校内で制服姿の女子高生がおでんを頬張る。なんだかシュールな画だった。
「ありがとね」
卵をかじりながら涼川さんが言った。
「口に合ったならよかったよ」
「おでんのことじゃなくて、鶏の話」
「ああ」
彼女の言わんとしていることを理解し、僕は頷いた。
文化祭が開催される前、涼川さんは中庭で飼われている鶏のことを心配していた。文化祭が行われる三日間に鳥たちが劣悪な環境に置かれることは許容できないと、彼女にしては珍しく感情的になっていた。
そんな涼川さんの言い分を無下にはできず、僕は涼川さんと協力して鳥たちの面倒を見てくれる人を探した。その甲斐あって、期間中は事務員のおじさんが家で預かってくれることになった。数年前まで尾長鶏が飼っていて、自宅に大きめの鳥小屋があるとのことだった。
用務員さんが張り切って出迎えの用意をしていることを伝えると、ようやく涼川さんは表情を和らげてくれたのだった。
「忙しくて様子は聞けていないけど、連絡がないってことは元気でいると思うよ」
「昨日の夜、あの子の写真が送られてきたわ」
涼川さんのスマホには、一心不乱に何かの穀物を貪る鶏と笑顔のおじさんが写っていた。いつの間にか連絡先を交換していたらしい。
「わがままを聞いてくれてありがとう」
「涼川さんにあれだけ熱心に頼まれたら断れないよ」
「私が頼んだ?」
涼川さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「鶏の件は一ノ瀬のほうから話を持ち出してくれたじゃない。鶏たちを何とかしようって」
「違うよ。涼川さんから頼まれたんだよ」
僕はそう言いながら、だんだんと自分の発言に自信が持てなくなってきた。涼川さんが言ったとおりの気もするし、やっぱり僕の発言が正しい気もする。なぜか記憶があいまいだった。
思い出そうと頭を絞ってみるが思い出すことができない。数か月前の記憶なんてそんなものだろうか。
まあいいか。どうせ大したことではない。
二人で肩を並べて昼食を再開する。パックからはみ出さんばかりに詰められた焼きそばは、一.五人前くらいの量になっており、なかなか底が見えてこない。
大盛りの焼きそばと奮闘を繰り広げていたとき、少し先にいる女性が目が止まった。
腰まで伸びる色素の薄い髪の毛。白色のワンピースの腰に巻かれたベルトによって、ウエストの細さが際立っている。良家のお嬢様を思わせるような清楚なイメージが全身から放たれていた。学生には見えない。生徒の親族だろうか。
女性は周りの屋台や人々を物珍しそうに見ては、祭りの空気を楽しんでいるようだった。
身体の中がざわめきだす。なぜだか女性から目を離すことができない。
「知り合い?」
熱心に見ていたことに気づかれたようで、涼川さんはおでんを頬張りながら箸で女性を差した。
「そうじゃないんだけど。不思議と目を惹く女の人だなと思って」
「確かに、独特な雰囲気の人ね。これだけ人がいる中でも、彼女だけが別の世界の住人みたいに見える」
そのとき強風が吹いた。風は出店のメニュー表を飛ばし、木々を強くしならせる。あちこちから小さな悲鳴が聞こえてくる。
タイミング悪く、僕は風によって舞い上げられた砂埃を吸い込んでしまった。異物が肺に入り込み堪らずせき込んでしまう。
「ここにいますよ」
人々がざわつく中でも、その声は鮮明に僕の耳に届いた。一瞬だけ先ほどの女性と目が合った気がした。今のは彼女の声だろうか。
女性は身体を半回転させると逆方向へ歩きだした。
彼女の声を僕はどこかで聞いたことがある気がした。しかしどこでだったかは思い出せない。
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