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第18話 「知らず知らずの解放」

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 百戦錬磨で積んできた互いの刃は異次元そのもの、周囲を観戦している騎士らは固唾を飲む以外の反応を許されなかった。

 音を超えた剣撃の連続。
 ぶつかり合う刃から放たれる金属音。
 もはや肉眼では捉えきれない速度で移動する二つの閃光は夜闇をものとはしない。

『虚襲』でカウンターを狙うも、繰り返されるように攻撃がまた跳ね返される。

「全力を強いられたのは初めてですよ! やはり不敗の騎士の実力はこうではなくては!」

 弾かれ、凄まじい衝撃に後退る。
 刹那、バザラの剣が金色《こんじき》に輝く。

 ———明星《みょうせい》・黒割《くろかつ》!

 投擲されたかのように無数もの鋭い光の槍が囲むように降り注いできた。

 斬撃『虚網《きょもう》』。
 普段は攻撃に使う連続斬りを応用して、降り注いでくる光の槍をすべて正確に叩き落としてみせた。

 突き『虚閃《きょせん》』。
 勢いを乗せ、光に近い速度でバザラへとめがけて突進。対象の胸を貫く剣技である。

 だが聖騎士の誰しもがシャドラのような未熟者ではない。
 攻撃を完全に読んでいたのかバザラに虚閃を避けられてしまう。
 追うようにして、剣技の衝撃音が鳴り響く。

(ほんの僅かな隙が命取りになるのですね……やはり不敗の騎士の呼び名は伊達ではありませんね)

 硬直したのを見計らいバザラが横から間合いを詰めてきた。
 確実に首を飛ばせる。
 敵より一段上の速度で、切り落とす。

「……虚音」

 音もなくバザラの頬が切られる。
 それは虚無から出現した斬撃であり、存在そのものが透明と言えるほどの静寂なため、察知することもできずバザラが顔に深い傷を負うのも必然そのもの。

「……ひとつ教えてもらおう」
「戦いの合間に、なにを?」

 トドメを刺せたのに、刺さなかった甘えにバザラは苛ついたように返した。

「村を焼き払った本当の動機はなんだ?」

 そんなことか、とバザラは鼻で笑いながら答えた。

「共犯だとか適当なことを言いましたが、あなたの怒りを買うために皆殺しにしたのです……怒りこそが心底に眠る力の原動力となり、そうすればカリヤさんが本気を出すと思ったから。そんな理由ですよ」

 この男はイカれている。
 相手と本気で戦いたいが為だけに、周りの犠牲などいとわない異常者だ。

「三年前の件で、俺を追ったんじゃないのか?」
「いえ、これはあくまでも私の私情なので。まあ、あなたが死なずに倒れてくれれば連行はしますがね」

 もういい話をしても気分が悪くなるだけだ。
 コイツを倒してさっさとマリーを連れてこの場から離脱しよう。
 周りの騎士どもが邪魔するなら、同じく容赦はしない。

「私の剣は変幻自在です。光を操り形状を変えたりすることができます」

 バザラは剣から光の矢を形成した。
 それを見せつけながらバザラは予備動作もなく発射してきた。
 反応が遅れるも弾いてみせた。

「さぁ! 本気の手合わせを続けましょう!」

 これからが本番と言わんばかりにバザラが地面を蹴り、全身全霊でむかってきた。

 ———明星《みょうせい》・黒割《くろかつ》!

 奴の背中を無数の光の槍が追っていた。
 バザラ本体での直線攻撃で俺の動きを止め、追撃のために生成した槍でとどめを刺す。
 これがバザラの言う全力というものか。

 だが奴はひとつ勘違いしている。

「———お前ごときに、初めっから本気をだす必要はなかったようだな」

 虚血で刃の切れ味を上昇させ、そのままバザラの体を真っ二つに切り裂く。
 枯れた声をもらしながらバザラは地面を転がった。
 衝撃を受けた表情のまま奴は俺を見上げてきた。

「ぐぅぅ……何故……こんな……容易く」

 難しい話ではない。
 自身の力を過信して詰め寄りすぎた、だがこちらの方が上手だっただけのこと。

 疑うのならば死ぬまで疑えばいい。
 そして最後には自覚しろ。

「殺戮者が」
「死ぬたくない……待っ」

 首に剣を突き刺して、息の根を止める。
 聖騎士と名乗りながら人の命を軽視した、その腐った魂はもうこの世には必要ない。

「バザラさんが!」
「この犯罪者が!」
「ぶっ殺してやる!」

 周りを囲んでいた騎士どもが何かを言っていたが耳には入らない。
 コイツらも殺そう、そうしよう。

 剣を構えなおし殺意を込める。
 周囲が凍りついたような表情を浮かべ戦意を喪失させるが関係ない。

 剣を張り上げようとしたその瞬間、


「———おっと、それは駄目だぞカリヤ」


 動きが止まった。
 そして上空から聞こえてくる声。
 そこにはホウキに乗ったアビゲイルさんが見下ろしてきていた。

 やはり、あの爆発に巻き込まれて死ぬような人ではないので心配はしていなかったが、あまりにも遅すぎる。

「そいつらは、お前が殺した聖騎士に振り回されただけの雑兵だ。手をくだす必要はない、それよりも早くこの村から逃げるぞ」
「いままで何をやっていたんですか!」
「寝ていたら吹き飛ばされ、気づいたら全員死んでいたんだ」
「魔女なら助けられたでしょ! あの程度の爆発ならあなた一人で防げたはず!」

 何もしてくれなかったアビゲイルさんに八つ当たりのように叫んだ。
 すると彼女は不機嫌そうな顔を浮かべながら告げた。

「私への相談も無しに勝手なことをした奴は…………誰だ?」

 アビゲイルさんの言葉は正論そのものだ。
 言いかえすことが出来ずに黙り込んでしまう。
 もしも彼女になにか一言かけていれば変わっていたのかもしれない。

 誰も死ななかったのかもしれない。

「……過ぎたことは仕方ない」

 アビゲイルさんが指を鳴らす。
 なんらかの魔術なのか周囲の騎士たちが次々と倒れ始めた。
 眠らされているのだ。

「申し訳ございません」
「いい、気にするな」

 降りてきたアビゲイルさんに謝る。
 一方の彼女はもう不機嫌そうではなかった。

「あの少女を連れて行くのか」

 アビゲイルさんは近くで眠っていたマリーの方へと指をさした。
 日が昇り始め、視界が鮮明になっていく。

「こうなってしまったのは俺の責任だ……一人にしてしまったこの子を、俺が守る」

 亡くなったシズを思いだす。
 もしも彼女が生きてマリーと一緒にいられたら、どれほど幸せだったのか。

 今は考えないでおこう。





 ————






 少女は目を覚ました。
 彼女の視界に映るのは見知らぬ二人組の男女だ。
 日の漏れる森林の中を静かに歩き、どこかへと向かっていた。

 少女は自分を抱き抱える青年を上目で見つめる。
 茶色の髪、左目の傷、逞しい首筋。
 不遇な扱いを受けた幼い彼女が抱ける印象はわずかしかなかった。

 しかし、確かなのはこの青年は他の人とはまったく違うということ。

「………あなたは………誰?」

 弱々しい声で青年に聞くと、彼は安堵の表情を浮かべながら答えてくれた。

「俺はカリヤ、君を守る騎士だ」

 笑顔をむけられ無意識に少女は惹かれた。
 未来なんてちっぽけに思えるそど、どこまでも温かく微笑むカリヤに、赤毛の少女は泣きだしそうになりながら返すのだった。


「私の名前はマリーです」




          ———『預言者の棲む村』終
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