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第22話 「妹からの手紙」
しおりを挟む廻る廻る調停の輪廻の輪。
生まれや生まれや神の子よ。
相対の果てに得るは交わらぬ世界。
騎士グリフレットは星空を見上げた。
どんな宝物《ほうもつ》であろうと勝ることのない絶景を前にして彼は想う。
——— 妬ましい、と。
永久《とこしえ》のように佇む光の群集にもいつしか訪れる終わりがある、だからこそ美しいのだ。
だが、この『不死身の国』には終わりという概念は無い。
正確に言えば、この国では人は死なない。
一見、国民は明日を生きるため血汗を流しながら日々を励んでいるように見えるが、それは違う。
死という概念に怯える必要がないからこそ、誰しもが怠惰な生活を送っているのだ。
本当に空腹にならない限り、明日の賃金を稼ごうと思う国民は殆どいない。
物好きか仕事を趣味でやっている者のみが店を回している現状だ。
一方、盗賊業に関連する者らのほとんどは国から出るための資金を集めているにすぎない。
しかし厳重なこの国から出られる手段が限られているため、ならず者や放浪者は国から出られず北のスラム街で住むようになってしまったのだ。
(私が変えなければならない、そうしなければ彼女を救うことができない……)
騎士グリフレットには使命があった。
この国に隠された残酷な真実を国民に知らしめること。
不死身の元凶たる君主を倒すこと。
そして———
「カリヤ、マリー。今夜はもう遅い」
夜空に広がる星々に見惚れていたカリヤとマリーに魔女のアビゲイルが呆れて窓をしめた。
不服そうにマリーが唸る。
カリヤはそんな彼女を頭を撫で、宥める。
我儘な感情表現をするようになったのは、消息不明になった時からだ。
「魔女さん……眠らないのに……」
頬を膨らませながらアビゲイルに文句を言うと、なぜかカリヤの方に被害が及んだ。
魔術で構築した風の球が額に命中したのだ。
「マリーを早く寝かしつけるんだ」
「……いてて……元からそのつもりですよ」
「あとお前に頼み事もあるから、マリーが寝たら下の階に来てくれ」
夜遅いって怒っていたのに頼み事をするのか普通。カリヤは襲いかかる睡魔をなんとか我慢しながら承諾する。
人扱いの悪い魔女だ。
どうやったら、ああいう性格になれるかはカリヤにとってもマリーにとっても不思議でならなかった。
密かに森に住み、人との接点を隔絶したとは思えない振り回しようだ。
「それじゃマリー、寝る時間だ」
んっ、と可愛げに頷きマリーは両手を広げた。
カリヤは小さな彼女の身体を持ち上げて額にキスをしてからベットに寝かせる。
マリーは満足したように顔を綻ばせた。
窓をしっかりと閉めてから部屋の灯りを消す。
彼女が眠るまで側にいてやり、寝息が聞こえるとカリヤは静かに部屋から出るのだった。
下の階に降りる。
静まりかえった廊下を歩くと、正面玄関を一人見つめるアビゲイルの姿があった。
まるで何かを待っているかのようだ。
「やぁ、来てくれたのか」
「主人の命に従うのが騎士の使命なので」
「本当にそう思ってるのかい?」
疑わしい目を向けられ、カリヤは素直に答えるしかなかった。
「いえ、まったく」
「怒る気にもなれない素直さだな……それよりも」
アビゲイルはふたたび正面玄関の扉の方へと視線を戻しながら言った。
「来客者だ、手厚い対応をしろよ」
こんな夜遅い時間帯に来たとしても受付はもう終わっている。
アビゲイルの発言といい考えられるのは送られてきた刺客か何かだろう。
コンコンと扉の外側からノックが響いた。
カリヤは警戒態勢に入りながら物音を立てないように扉へと近づく。
剣はアビゲイルを寝かせた部屋に置いていってしまったせいで苦戦するかもしれないが、肉弾戦に持ち込むしかない。
この場には最強の魔術師アビゲイルもいる。
きっと大丈夫だ。
また扉がノックをされる。
その同時にカリヤは扉を蹴開けた。
「!?」
外にいたのは鎧の男。
鎧の男は唐突に現れたカリヤに驚きながら後ろへと引き下がろうとしたが反応が遅れ、腹に回し蹴りを喰らってしまう。
受け身をとり鎧の男はすぐに立ち上がるが、カリヤの振り絞った拳がすでに鼻の先から迫っていた。
両手で塞ぎ、鎧の男は捕まえるようにしてカリヤの手首を掴んだ。
そのまま道の端へと投げとばした。
「マグノリアからの手先か!!」
威嚇するようにカリヤが叫ぶ。
鎧の男は首を横にふりながら告げた。
「待ってください! 話を……っ」
鎧の男からは敵意はない。
だが、それも油断させるための策略かもしれない。
カリヤは地面を蹴り、瞬時に鎧の男が鞘におさめていた剣を奪い取る。
「私は敵ではありません!」
「ならそのピアスの紋章はなんだ! マグノリア王国聖騎士の証じゃないか!」
そう、鎧の男は聖騎士だった。
強姦の冤罪をかけられ二度も命を狙われたカリヤにとって、聖騎士の存在そのものが抹消対象だ。
体を軸にして回転し、勢いを乗せた凄まじい斜め切りを鎧の男にめがけて放つ。
それは相手の命を刈り取るには容易すぎる斬撃である。
しかし、
「———貴方のことはアリーシャ様に聞かされています!!」
その言葉に揺らいだカリヤの剣が地面に突き刺さる。
何故ならアリーシャという名前には覚えしかなかったからだ。
数年前、故郷に残した家族。
確信はまだしていないが、妹アリーシャ・ゼロのことではないだろうか。
「お前は……」
「聖騎士グリフレット———」
溜めてからグリフレットは言った。
「———貴方の味方です」
味方と名乗った聖騎士の双眼は星よりも眩いものだった、まるで大きな決心がついたかのような眼差しだ。
懐に手を入れ何かを取り出しグリフレットはそれを差し出した。
カリヤ宛の手紙である。
「アリーシャ様からのお手紙です」
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