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第19話 「ジークとラフレーシアの戦場」
しおりを挟む異なった種族が衝突してから数時間後、蝙蝠族が順調に優位な戦況を保っていた。
倍もあるであろう大人数で攻めてきたエビルゴブリンを錯乱するため、指揮官である王エルマートンは蝙蝠族たちを地上隊と空中隊に分かれさせ、同時に二つの方向から突撃するという作戦を実行させた。
エビルゴブリンの弓兵は、飛行しながら攻撃してくる蝙蝠族の対処に回っているのを見計らい前線から中盤、大半の兵士を引き連れて敵陣地へと一気に攻めこんだ。
精鋭部隊を率いるラフレーシア、ジークは敵の指揮官らしき『エビルゴブリン《ジェネラル》』を討つため、敵軍勢の懐へと突入。
そのような指示を出していない王エルマートンは、身勝手で無謀な行動をとるラフレーシア達を目にして焦った。
いくら蝙蝠族随一の実力を誇るラフレーシア達であろうが、多勢に無勢。
ましてやゴブリン一匹程度に敗北した奴らでは、上位エビルゴブリンに叶うはずが……。
「破壊の憤怒【ラースブレイク】!!」
精鋭部隊を引き連れ戻すため数名の兵士を向かわせようとした途端、割れんばかりの振動が地面を駆け巡った。
「うっ……!?」
大きく揺れた地面の振動を追いかけるように、前方から強い衝撃が発生。
強風に煽られた砂埃が周辺にまうと同時に、何かの人影のような物体がいくつも空中から地面に衝突してきた。
王は目を凝らし、人影を凝視する。
「!?」
そこには、エビルゴブリンらしき死体が山積もりになっていた。
一部のところだけではなく、エビルゴブリンの前線が壊滅するぐらいの強い衝撃とともに、吹き飛んできたエビルゴブリンの死体が大きな範囲に渡って散らばっていた。
少数を残してだ。
その少数こそ、エビルゴブリンでは無い蝙蝠族側の陣地の者達だった。
ラフレーシアとジークを含めてゴブリン村の占領に向かわせた者達が、衝撃の発生源である場所で傷一つも負わずに佇んでいた。
それだけではない。
異様な妖気を発しているジークの槍が地面に突き刺さっていた。
そこでようやくエルマートンは、あの槍の一撃がエビルゴブリンの大半を死滅に追いやった事を察する。
「まさか、ジークにあれ程までの力が……いや違う。あれは明らかに、この国にいた時に得た力ではない」
薄々は気づいていた。
同盟の交渉で自身があのアルフォンスと呼ばれる胡散臭いゴブリンを愚弄した時、ジークは怒りで反抗してきた。
あの時と同様の妖気、殺意だ。
「まさか、これが貴様らの……主に対しての忠誠というものなのか……!」
何処にでも居るであろう印象が弱いゴブリンの後ろ姿が、脳裏に大きく浮かんだ。
だが唯一その脆弱な特徴に印象を持たせたのは、耳裏に刻まれた魔王の配下の証。
ーーあれはただのゴブリンではない。
自身を驚嘆させる程の存在、決して塗りかえられぬ事が不可能な現実にエルマートンは認めざるを得なかった。
「……?」
見上げる先には、強力な魔力を放つ真紅のベールに包まれた、無彩色な翼で空中を舞うラフレーシアの変わり果てた姿があった。
あまりに強大な力を前にして無意識に感服するエルマートン。
信じられずに瞬きをすると、ラフレーシアの姿はもうそこには留まってはいなかった。
音を置き去りにしながら敵陣地へと疾走するラフレーシアに、エビルゴブリンの弓兵はあまりの速さのせいで標準を定められない事に狼狽えてしまう。
数十メートルもある巨躯のエビルゴブリンすらラフレーシアの姿を捉えきれず、気づけばいとも簡単に首を吹っ飛ばされていた。
肉塊になった身体が崩れ落ち、足元にいた仲間もろとも下敷きにしてしまう。
その光景にラフレーシアは自身の強さを実感し、歓びさえ感じていた。
義弟であるジークの強さに憧れ、自分も彼と同等の力へと到達してみたいとかつて血をたぎらせていたものだ。
しかし、強者の称号を授与されてジークの右腕として仕えるようになった日が訪れようと、満足感を覚えるどころが成長段階の変化すら感じられなかった。
いくら鍛錬を積み重ね、剣を幾度となく振り下ろそうとも、ラフレーシアはジークに見下ろされるままだった。
だが今回は違う、自分の手で蹂躙されていくエビルゴブリンを眺めながらラフレーシアは今までにもないぐらい胸を高鳴らせる。
かつて、この大陸を残虐非道な方法で支配しようとしたエビルゴブリンの血が自分の手に付着しているのが見えた。
これこそが真の強者の称号で他ならない。
次第にラフレーシアの歓びが闘争心へと変換され、全てを殲滅したい衝動に思考が支配される。
(……ここにいる数万ものエビルゴブリンを全て排除できれば、きっとアルフォンス様もお喜びになられる筈だ! 十分な力を父上に見せつけ、同盟の実現も夢ではない!)
エビルゴブリンの軍の四分の一は全滅した。
まだ大量に残り、侵攻してくる大軍に笑みを浮かべながら瞳孔を大きく開く。
そして、かつて無い程までの魔力と憎悪をまとめて剣へと注ぎ込む。
周辺の大気が乱れ始め、同時に瞳から頰に伝わる温かい何かをラフレーシアあ感じとった。
鮮明な赤い、血のようなものだ。
「………消え失せろ」
だがラフレーシアにとっては今、そんな事はどうでもよかった。
目の前にいる標的を逃してはならない、絶対に排除をしなけれびならない脅威だ。
覚悟をとうに定めたラフレーシアは、気が狂ったように雄叫びを放つ。
狂気にだけ存在意義を示す、振り上げられた赤い剣は血のように赤い光に包まれていた。
死を消失させたはずの同族の死体とエビルゴブリンの無数もの死体から赤い球体が生まれ、ラフレーシアの剣に呼びよせられるかのように集結しだした。
瞬く間に空を覆うほどの妖気がラフレーシアを中心に膨張し、彼女が叫ぶとともにーー
「【エクスティンクション】!!!」
膨張した妖気は一つの巨大な球体へと形を変化させ、大地にめがけて落下するのであった。
ジークは動揺しながらも、すぐさま冷静を取り戻して周辺にいる仲間へと退避するよう指示をだす。
今にでも破裂しそうな形状の球体。
その周辺には電撃が駆け巡っており、混沌にも似た光景が空を覆っていた。
自分らへとめがけて落下していないのを承知しているジークだが、判断を間違えれば巻き込まれるのは避けられないだろう。
なるべく遠くへと離れなければならない。
混沌に包まれた戦場から離脱する兵士達を見回しながらジークは、もう一度ラフレーシアの放った球体へと振り返った。
「なっ!?」
だが、空にはそんな目立つモノは無かった。
ついさっきまで、この大地へと落下している最中だった筈の……。
目を疑っていたジークは空中で目を見開きながら硬直するラフレーシアを見上げる。
刹那、そんな彼女にめがけて接近するような人影を視界に捉える。
肌を隠すようなローブに、素顔を潜めるフードを被った者が剣を手にしていた。
それにいち早く反応していたラフレーシアは、ローブの人物の攻撃を間一髪に防ぐことに成功。
しかし、想像を絶するぐらいの攻撃の重さに驚きを隠しきれず、ラフレーシアはそのまま地上へと叩き落とされてしまう。
「ぐはっ!」
頭を強く打ちつけ、腕の骨を粉砕してしまう。
追いかけるように降りてきたローブの人物が、剣を手にして恐る恐る倒れるラフレーシアの方へと歩む。
「我の大切な姉に近づくことは許さん!」
あと僅かな距離、阻害するようにジークの槍がローブの人物のフードを破り切った。
フードからは薄い灰色の肌、エビルゴブリンとは思えないぐらい整った美形な少女の素顔が曝けだされた。
ラフレーシアは確かに目撃していた。
邪念と憎悪に包まれた自分の渾身の一撃がこのエビルゴブリンである少女の手によって、容易く消滅されてしまったのを。
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