S級パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる〜勇者より先に魔王討伐を目指す〜

灰色の鼠

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第3章 ー離別編ー

第29話 『さらば、漆黒の翼』

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「頼む!  どうか我らのパーティに加入してくれ!  報酬はアンタの望む倍を払う!」

「え、えっと……あの」

 勇者候補トレスとの決闘から1週間が経過していた。

 決闘の結果。激闘の末に敗れてしまったのは意外にもトレスの方で、最近注目されるようになったS級パーティを追放されてしまった『1つ眼殺しのネロ』のボクの勝利は瞬く間に、全大陸中に広まっていた。

 そのおかげでギルドの依頼を普段通りに受けに行く時も食事を取る時も、王都の市街地を歩き回ることもが注目によって非常に大変になものになってしまった。

 勧誘ももちろん……日が過ぎるたびに止まない。

「お願いだ!  ウチに人材が必要なんだよ!」

「ちょっと待ってよ!  ウチが先に誘ってたんだけど!  そこ退いてよ!」

「嘘つけい!  先に勧誘を頼んだのは俺だ!」

「私よ!!」 「僕だよ!!」 「儂じゃあ!」 「ワイ達だ!!」 「俺らだよ!!」

 ボクの行きつけの酒場が『黒沼』であることを冒険者らに知られてから、大勢の客が入店してくるようになっていた。

 困ったことに、真顔で席に着くといっさい対面のない冒険者の身なりをした他人がすぐさまテーブルを囲んできて勧誘の話を持ち出してくるのだ。

 そういうのは店の方にも迷惑がかかるかと思えば厨房にいつもいるであろう褐色巨漢の店主が、ボクの方に向けてタムズアップしながら嬉しそうにニヤケていた。

「ネロくん! 勇者候補であったトレスを倒したアンタなら分かるはずだ!  こんなシケた雑魚パーティどもに加入するより、俺らのパーティに加入した方が得なんだと!  綺麗な女性たちも沢山いる!  夜伽は彼女らが受けるからどうか……!」

 いかにも戦士の格好をした男性が、違うテーブルに座る自身のパーティの仲間へと指を差す。
 その席には色気を放つ女性らが4人も座っていて、誘惑するように上目でボクを見つめていた。

 ゴクリと唾を飲み込んでしまうが、それより………も。


「んで、どうだ? 悪くないだろう!?」

「ゴホンゴホン、あの~。必死な勧誘を申し訳ないんけど……『一つ眼殺しネロ』さんには、先客がとっくにいらっしゃるので、大人しくお引き取りできますかぁ?」

 背後から放たれる無数もの殺気に全身が震えてしまい、男の問いに答えられる事はなかった。

 振り向くとそこには彼女らがいた。
 今にでもその剣を抜いて殺しにかかってきそうな元盗賊のリンカ。
 毛を逆立たせて威嚇するミミ。
 真っ赤な顔をしながら頰を膨らませて泣きそうなフィオラ。
 彼女らを宥めようとする聖女ジュリエット様。

 後から知った話だけど、どうやらジュリエットとミミもフィオラが見えるようになったらしい。

「ひ、ひぇーー!」

「きゃっ!?」

 ボクを囲んでいた勧誘を目的としていた冒険者らの一行が、リンカ達から放たれる威圧によって一目散に酒場から逃げていってしまった。

「……あ、えっと、こんにちは?」

 取り残されたボクに彼女らは怪訝な表情で詰め寄り、最初にリンカが手を出してきた。
 頭をコツンと叩かれ、強烈な痛みが走る。

「なんなのよ馬鹿っ!  たかが底辺冒険者らに囲まれただけで慌てふためいちゃって!  一言ぐらいは言い返しなさいよ!」

 リンカに襟を鷲掴みにされ、胸元にまで顔を近づけられながら怒鳴られてしまう。

「ボクだって最初は断ったんだよ?  だけど、あまりにしつこく付きまとってきてさ、だから仕方なく……」

「こっちはアンタの言い訳を聞きたいんじゃないのよ!」

 バン!!  とリンカの腕力がテーブルを凹ませてしまう。
 酒場とはそういう所だと言わんばかりに、その場で目撃していた店員たちらはスルーする。
 いや、ただ単に怖いだけなので極力関わらないようにしている行動だ。

「まあまあ、落ち着いてリンカさん。ネロくんだって嫌々絡まれていたそうだったし……ね?」

「ジュリエットは甘いのよ。こういう奴の場合、叩き上げるのが一番なのよ」

「私は別に気にしにゃいけど、ネロ兄にゃんのことになるとリンカにゃん、感情的になりやすいんだよね~?」

「はぁ!?  な、急になによ?  そ、そ、そんなこと無いわよ!」

 感情的。
 最近のリンカの行動からしたら確かにそんな感じがしていた。
 特にボクがジュリエットと二人で居ると、おどおどした様子を何故かみせてくる。
 まるで何かに納得いかないような、そんな感じだ。


「わ、私はただネロが1人だと心配なだけ!  人見知りな性格を治してやる為にも……他人との接し方を叩き込んで……」

 みるみるリンカの声が弱くなっていく。
 よく見ると頰が微かに赤く染まって、さらに覗きこめば覗き込むほど……濃くなっていって、

「ネロ、近いわよ……!」

 無意識にリンカとの顔の距離を詰めてしまっていた。
 鼻の先がくっつきそうな近さだ。
 大気を流れる不穏な空気と殺気、リンカからそんな威圧が渦巻いていた。

「……あ」

 リンカが拳を作ったその瞬間、反応する前にボクの意識は奈落の底へと落とされてしまった。






 ※※※※※※





 王都、糞の臭いが充満した牛小屋。

 そこで仕方なくアルバイトしていた勇者候補トレス一行がいた。

 トレスは慣れない手つきでの乳搾り、カレンは鼻をつまみながら腹を空かせた牛たちの餌やり、アリシアは魔術で牛たちの誘導、サクマは活き活きと牛と会話。
 普段サクマが見せない笑顔がより一層にイケメンフェイスである。

 楽しそうに仕事をしているのはこの場でサクマだけであり、作業中のS級パーティらはブツブツと文句を所々吐いていた。

 それも仕方ないだろう。
 あの決闘の日以来から、彼らは冒険者ギルドへと顔を出さなくなってしまったからだ。

 もしギルドに訪れればバッシングの嵐が吹き荒れ、暴言に耐性のない勇者候補トレスが堪忍袋の緒を切らしてし暴力を振るってしまう。
 ギルド内で暴力を振るった場合は高額の罰金が科せらる。

 もっと酷ければギルドカードを剥奪されて活動を停止される場合もある。それが冒険者にとってどれだけ致命的なのものなのか、未だトレスには分かっていなかった。

 それを恐ろしく思ったカレンらはアルバイト先を探し、見つけたのがこの牧場である。

 時給は700ゴルドという非常に安い値段だが、最も募集が多い風俗や娼婦よりかはマシだ。

 そんな最初の1日目、誰もが想像通りに弱音を吐いたのはトレスだった。
 汚れるわ、自分は勇者になる偉大なる男だと訴えるわ、疲れるわ、動物アレルギーだと言い訳するわ、愚痴を吐かれるせいか仲間たちにもストレスが溜まってしまっていた。

 2日目にはカレンが泣いていてしまった。
 どうやら牛の糞を踏んでしまったらしい。

 3日目、腹が減ったせいでアリシアが倒れてしまった。
 あまり食べずに仕事をやっていたのか原因である。


 そして4日の夜、トレス主催の愚痴会が開催された。
 内容はネロのインチキ。

「俺はあいつに負けてなんかいない……あれはきっと偽物の替え玉なのだ!」

「……ああジュリエット、いつか必ずキミを救いだしてみせるから待っていてくれ」

「なぜギルドへと行かないのだ!?  こんなゴミダメに働く必要はないだろう!!」

 と、そんな感じで8割トレスの根拠のない言い訳、現実逃避、陰口によって愚痴会が進められる。

 そんな弱音ばかりを吐く彼に、遂にカレンは嫌気をさしてしまった。
 話を中断させ、カレンは落ち着いた声でトレスに言い放つ。

「もう耐えられないわ、解散しましょ」

「は?」

「……」
「……」

 カレンの言葉を聞いて驚いたのはトレス1人だけだった。
 俯いたままのサクマとアリシアの顔がうんざりしていた、まるで自分らもその話を持ちかけようとしたと言わんばかりに。

「だから解散しましょう……って、言ってんのよトレス」

「な、な、な、何故なのだカレン……妙なことを言って、気が狂ってしまったのか?」

 トレスの震えた声は、動揺を隠しきれない証拠だ。
 この男は感情に忠実である、だからこそ顔に浮かびやすい。

「……もう続けてられないのよ、こんなこと」

「こんなこと?  ああ、もしかして……この下品な下等生物どもの子守がか?」

 牛を下等生物とディスったのが、そばで静かにしていたテイマーのサクマをイラつかせた。

「おいコラ。牛になんてことを言いやがるんだよこの野郎。下等生物だって?  人間と牛は同等の存在だ、形は違えど同じ生物だ。
 この世界で生きている限り、誰が上か下かなんてねーんだよ」

 かなりの荒れた声だ。
 いつもなら面倒くさそうな表情で受け流す彼だったが、動物のことになると顔つきと口調が荒くなる。
 口が滑ってしまったと自覚したトレスは反論せずに黙り込む。

「いきましょアリシア、私は故郷に帰るわ」

 すでに纏めていた荷物を手にして、カレンが野宿用のテントから出ていった。
 サクマに好意を持つアリシアは、彼の豹変に恐れながらテントからすぐさま出ていってしまい、その先にいたカレンの横に並んだ。

「くそが」

「なっ!?」

 サクマも呆然とするトレスを放置し、眠るチビドラを手にしてテントから出ていく。

 唯一と言ってもいい仲間たちが去っていってしまう。そのことの重大さに気がついたトレスはすぐさま、彼らを止めるためにもテントから出た。

「待て!  勝手な行動は許さんぞ!!」

「ああ?」

 去っていこうとするサクマとカレン、アリシアが足を止めて怪訝そうな表情をしながらトレスの方へと振り返る。

「勝手な行動ですって?  いつも自分勝手の自己中のアンタにだけは言われたくないわよ」

「なんだと?」

「もう耐えられないのよアンタのその常識知らずな態度がさ。やっと目が覚めたわ、ジュリエットが逃げる理由もやっと理解したよ」

「ジュリエットが逃げるだと……それはどういうことだ?」

 嫌われているんだと自覚はなかったのかコイツ? と逆に驚かせられてしまうカレンたち。

 この男は正真正銘のバカだ、前々から知っていたことだが想像を絶するほどの馬鹿さ加減で、言葉すら出てこない。

「もういい、じゃあね。アンタとは2度と逢いたくないわ……」

 冷たい言葉を吐き捨て、再びカレンらはトレスに背中を向けて去ろうとする。

 それを許さないのが『漆黒の翼』リーダーのトレスである。
 鞘におさめられた聖剣に手に、何を思ったのかそれを引き抜く。

「「!?」」

「お前らぁぁあああ!!  調子に乗りすぎだぞ貴様ら!!  聞いていれば俺の意見ナシに決定しやがって!!  抜けることは許さん!!   この剣に集え!!   さもなけへば切り捨ててやる!!」

 それを聞いた途端、3人は足を止めた。

「どうしようもない奴だな……まったく」

 振り向き様にサクマとカレンとアリシアが武器をその手に取る。
 戦う気満々だ。

 テイマーと錬金術師と精霊魔道士。
 対する勇者候補のトレスの3対1だ。

 腐っても彼らはS級パーティ。
 そこらの冒険者を凌駕するほどの実力を兼ね揃えているのだ。

「俺に勝てると思っているのかぁぁぁぁ!!」

「本性を現したわね」

 武器をその手にトレスは地面をありったけの筋力で踏み込み、それに対してカレンたちが応戦する。
 勝つ気満々の余裕を顔に現にするトレスだったが、

「ギャァァァァァアッッッ!!!?」


 強者同士の激闘の末、トレスは再び仲間の手によって敗北を強いられてしまった。

 激痛に奇声を上げるトレスを尻目に、少しスッキリした様子のカレンらはその場を去ったていってしまった。
 そう、今宵『漆黒の翼』は解散したのだ。
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