サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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4月25日 冒険の準備

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「田中さん、K商事からの仕入れに返品が出たので週明け月曜に……」
 管理部2年目の女子社員がどこかヘラヘラとした顔でそんなことを伝えてきた。翼が断るなんて思ってもいないのだろう。実際、今日じゃなかったら翼も頷いていた。
 だけど、今は余裕がない。
 今は25日の午後で、ここ1週間これまでになく仕事に打ち込んだ。業務終了まであと数時間。翼は疲れの溜まった身体にエナジードリンクで活を入れ、大きく伸びをしたところだった。
「急ぎでしたら今すぐ処理します」
「え……でも、まだ伝票が」
 それなら、決済けっさいが下りてから持って来いよ。二度手間だろ。つか、予定入れとけっていう予防線かよ。ふざけんな。心のなかで罵詈雑言をまき散らすと、翼は意図してゆっくりと口を開いた。
「でしたら処理は5月7日、もしくは12日になります」
「それはいくらなんでも……! 30日でもいいので」
「有休取ってるので無理です」
「月末なのに!?」
 悲鳴のように責められたところで知ったことじゃない。
「有休申請は受理されていますし、なにか問題ありますか? 休みのあいだのことは高梨たかなし課長に伝えていますので、急ぎでしたら課長のほうに頼んでください」
 そもそも20日締めまでの分はすでに処理が済んでいる。締日以降を今月中に入れ込みたいのはそっちの都合だろう。来月の処理に回したってなんの問題もない。もちろん、課長に言ったところでそう返されるだろう。
『なにあれ! 珍しくむっちゃしゃべってると思ったら、あれ……言い方ってあるじゃない!?』
『田中さん。ここ最近珍しく残業とかしてるの、有休取るためだったんですね』
『連休つなげて、ってやっぱり彼女とかかな?』
『……そんな……けど、まさかなぁ』
 チラチラと視線を感じるのを苛立ちながら、翼は聞こえない振りを通していた。あんなやつらに構っている暇はないのだ。仕事をきっちり終わらせて、ARK LEGENDのことだけに集中したい。
『てか、7日まで来ないって言ってたよな? やばっ』
『あ、俺も!』
 にわかに慌て始めた同僚たちの気配に嫌な予感がした。
「田中! 悪い、この伝票!」
「俺のも! 月末までなんだ!」
 今日は定時退社の予定だったのに。どうしてこうも翼の邪魔をするのだろう。もういっそ投げ出して帰ってしまおうか。それでも、そんな勇気が自分にないこともよく分かっている。
「……なんで今出すんですか……これ、日付が4月頭ですよね……」
 内心に留めるはずの言葉が口から出てしまう。気まずそうな同僚たちが、どうやら本気で頭を下げている。
「田中ならいつでもいるし大丈夫かなーって油断してた」
「マジで悪かった。さすがに期限過ぎるのはやばいんで、お願いします!」
 平身低頭へいしんていとう謝られては断ることもできない。奥歯を軽く噛みしめながらも伝票を受け取るしかない。
「……って、これ決済まだじゃないですか! これじゃ処理できませんよ!」
「え、マジ!? 脇中わきなか部長って今日いた!?」
「多分ラインのほうに入ってたと思いますよー!」
「サンキュ。行ってくる! 田中、頼むからちょっと待ってて!」
 駆け出す背中を慌てて引き止める。今から工場まで走って戻ってくるのを待つのはごめんだ。
「高梨課長に言ってくださいよ!」
「やだよ! 課長怖いもん! 全力ダッシュで行ってくるから!」
 段々小さくなる声にどうしようもなくうなだれる。そんな翼を気の毒そうに見つめるもうひとりが、おずおずと伝票を差しだしてきた。そちらには不備もなく、管理システムに入力を済ませて処理伝票を発行する。助かったと胸を撫で下ろす同僚を横目に、ついていない自分を軽く呪った。
『そういえば、田中さんが休んでるの見たことないかも』
『新入社員のころに1回、慶弔けいちょう休暇取ってたぞ』
『それだけですか?』
『……』
『ってことは、やっぱり彼女……いや、結婚とか……』
 翼が空気なのをいいことに、本人に聞こえるところで好き勝手噂するのはどうかと思う。これが一人歩きしていくかと思うとゾッとする。
 翼は大きくデスクに手を押しつけて立ち上がると、噂の大元を振り返った。
「ただの! リフレッシュ休暇です!!」
 恐らくこれまでで最も大きな声でそう宣言すると、内線電話を手に取った。
「すみません。今、管理部の菊池さんが脇中部長の決済をいただきに向かっているので……はい、急ぎみたいで。よろしくお願いします」
 これ以上、予定を狂わされてなるものか。その一心で、電話に向かってお辞儀をすると、戻ってきた伝票を秒で処理できるようパソコンに向き直った。
 こんな必死に仕事に向き合うなんて嫌なのに。決められた業務を無難にこなして、高くもない給料の代わりに、責任のない地位で適当に過ごしていたいのに。
『田中さんって、もしかして結構有能……?』
『やる気はなさそうだけど、そういえばミスとかしないわよね』
 ミスなんて無駄な時間がかかることをするわけないじゃないか。有能なんかになりたくない。目立たず、騒がず、いてもいなくても変わらないようなそんな存在でいたいのだ。
 とにかく、今は一刻も早く家に帰りたい――!
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