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4月25日 冒険の準備
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結局、タイムカードの刻印は20時を過ぎていた。あれから、翼が有休で長期連休に入ると知ったほうぼうから、大量の伝票がやってきたのだ。月末までだと頼まれては、断ることもできない。
「3時間も残業するとか不覚すぎる……」
ともあれ、休暇前の業務はすべて片付けた。これで心置きなく家にこもってゲームができる。
「スーパーは確か9時閉店だよな……コンビニでいっか」
とにかく、明日からの引きこもりに向けて食料等々を調達しなければならない。いつものコンビニは時間帯のせいか弁当もほとんど残っておらず、翼はかたっぱしからインスタント麺と冷凍食品をカゴに入れていった。
「あとは、一応エナドリと……アイスも買っとこ。足りなきゃ最悪、宅配でもいいし」
大量に買い込んだカゴは重みで腕が痛いほどだ。もういいだろうとレジを振り向いたところで、金色の頭が横切った。
アレックスだ。いつ店内に入ってきたんだろう。買い物に集中しすぎて気づいていなかった。今日はもう帰るところなのか、同僚たちは一緒じゃない。そして、ちらりと見たアレックスの買い物も翼と似たようなラインナップだ。
こんな短期間で会えるなんてラッキーすぎる。心で神様に手を合わすと、推しを堪能するためそっと移動した。
「アレックスも明日から休みなのかなぁ……」
アレックスなら、長期休みにちょっと海外へ……なんてのがしっくりきそうだ。それでも、自分と似たり寄ったりな買い物にちょっとした親近感を覚えてうれしくなってしまう。
「あ、そういやシャンプーなかった……」
どうしようか。いつも日用品はドラッグストアで買っている。コンビニには旅行用程度の小さなセットしかないうえにとんでもなく割高だ。翼ごときの髪に有名ブランドのシャンプーなんか必要ない。だが、数日前からだましだまし薄めて使っていたシャンプーは、すでに出がらしを通り越して泡も立たない。
今からこの荷物を持ってドラッグストアへ? いや、無理。脳内ですっぱり諦めると、翼は棚から一番安いシャンプーとコンディショナーのセットをカゴに放り込んだ。
「帰ったらImazonで注文しよ」
翼が悩んでいるうちに、アレックスがレジに並んでいた。こんなラッキーがあっていいのかとドキドキしながらそのうしろに並ぶ。
――うわぁ。やっぱ背高いなぁ。180は軽くあるよな……筋肉もすげぇ。触りてぇ……ってさすがにそれは妄想でもダメなやつじゃん。けど、なんかいい匂いする。香水っぽくはないよな。てか、金髪むっちゃサラサラ。つうか、前のオッサンどれだけ公共料金溜め込んでんだよ。いや、もっと時間かかっていい、アレックスの近くにいれるなんて滅多にないし。けど、ヤバいコレ、腕が限界かも。
紙パックの麦茶5本に、山盛りの食料を入れたカゴ2つ分の重量は伊達じゃない。プルプルし始めた腕に最後の力を振り絞る。床に置こうかとも思ったが、さすがにプライドが邪魔をした。
――うー早く終われよー……いや、まだ終わらなくていいかなぁ。
葛藤に先頭客の背中を睨んでいると、やっと会計を終えた客がレジを離れた。ホッとすると同時に残念な気分が押し寄せる。
そのとき、前に進むかと思ったアレックスが振り返った。
「よかったらお先にどうぞ」
にっこりと笑いかけられ、とっさに動けなかった。
「重そうなので」
そうレジを指してくれるアレックスのカゴも、翼とあまり変わらない。違うのは、アレックスの太い腕はそれを軽々と持っていることだ。
「いや、あの……あ、ありがとうござい……ます」
バカみたいにどもって、なんとかおかしな会釈をした。ギクシャクとカゴを持ち上げ、めんどくさそうなバイトがバーコードを読み取るのを呆然と見つめる。
5,682円です。バイトの声にボーッとしたまま携帯端末の決済アプリを提示し、パンパンに詰まった袋を3つ持ち上げる。
「……ありがとうございました。お先です……」
辛うじてそう口にしてレジから離れた。
「お気を付けて」
アレックスの声が背中にかかる。少し低い、落ち着いた声だ。振り返ってもう一度会釈をすると、アレックスが手を振っていて、翼はフワフワした気分のままコンビニをあとにした。
今日はなんていい日なんだろう。これはここしばらく仕事をがんばった自分へ、神様からのご褒美に違いない。まさか、あのアレックスと会話ができるなんて。しかも紳士で優しくて……。
「うわぁぁぁ! なんでもっとまともにしゃべれなかったんだよ、俺ぇ! あんなの不審者じゃん! 『いえ、大丈夫です。お気になさらず』とか返してたら、もうちょっと近くにいれたかも知れねぇのに!」
マンションの部屋に戻り、限界の腕から袋を床に投げ出すと、翼は帰路に溜め込んでいた感情を一気に吐き出した。
「俺のバカ。わかってるけど……けど、サイコーの日だよ。なんだよ、明日死ぬのか? いいよ死んでも、本望だよ!」
ぶつくさ言いながら、小さな冷蔵庫に買い込んだ食料品を無理やり詰め込み、入りきらない菓子類は棚に片付ける。
「とにかく! 今日はさっさと寝て疲れを取る! 明日からはずっとユーリとゲームできるんだし!」
そう、ユーリはアレックスそっくりなアバターで、それなりに付き合いも長くこっちとは普通に会話もできる。自分は実のところ結構恵まれているんじゃないのだろうか。
しっかりと泡立つシャンプーでシャワーを済ませ、忘れないうちにとネットでいつものシャンプーを注文する。いい日のお祝いだと、ちょっとお高いカップ麺を選んで夕食を済ますと、翼はさっさとベッドに潜り込んだ。
いつになく全力で仕事を突っ走っていたせいで、気力も体力も限界だったのだ。ちょっとSNSでも……そう端末を手にしながら、翼は次の瞬間には寝落ちしていた。
夢の中で、コンビニのレジにアレックスが並んでいる。そのうしろに並びながら翼は大きく深呼吸をした。会計を済ませたアレックスが店を出る。翼もまた会計を済ませて店を出ると、そこにはなぜかアレックスが待っていた。
――こんばんは。よく会いますね。
話しかけられ真っ白になったところに、なぜか口が勝手に動いた。
――いえ、初めてですけど?
「っなんでだよ!!!!!」
叫んだ自分の声に飛び起きた。カーテンからは朝の日差しが差し込んでいる。カクカクとベッドボードの時計を見ると、時刻はすでに9時を過ぎていた。
「12時間近く寝てんじゃん……なのに、疲れた……」
起きる間際の夢のせいだ。せっかくアレックスが話しかけてくれたのに、なんで嘘なんかついたんだ。
「くっそー……続き見れるかな……今度は絶対……」
絶対どうしようか。夢なんだからなんだってありだ。つまり、翼の希望する展開になるとは限らない。
「や、夢でも傷つきそうだし、続き見なくていいかも……」
虫ケラを見るような目で見下ろされたら立ち直れないかも。それなら、ただ遠くから見ているだけのほうがずっといい。
「とにかく、今日から休み! さっさと朝メシ食ってログインしよ」
「3時間も残業するとか不覚すぎる……」
ともあれ、休暇前の業務はすべて片付けた。これで心置きなく家にこもってゲームができる。
「スーパーは確か9時閉店だよな……コンビニでいっか」
とにかく、明日からの引きこもりに向けて食料等々を調達しなければならない。いつものコンビニは時間帯のせいか弁当もほとんど残っておらず、翼はかたっぱしからインスタント麺と冷凍食品をカゴに入れていった。
「あとは、一応エナドリと……アイスも買っとこ。足りなきゃ最悪、宅配でもいいし」
大量に買い込んだカゴは重みで腕が痛いほどだ。もういいだろうとレジを振り向いたところで、金色の頭が横切った。
アレックスだ。いつ店内に入ってきたんだろう。買い物に集中しすぎて気づいていなかった。今日はもう帰るところなのか、同僚たちは一緒じゃない。そして、ちらりと見たアレックスの買い物も翼と似たようなラインナップだ。
こんな短期間で会えるなんてラッキーすぎる。心で神様に手を合わすと、推しを堪能するためそっと移動した。
「アレックスも明日から休みなのかなぁ……」
アレックスなら、長期休みにちょっと海外へ……なんてのがしっくりきそうだ。それでも、自分と似たり寄ったりな買い物にちょっとした親近感を覚えてうれしくなってしまう。
「あ、そういやシャンプーなかった……」
どうしようか。いつも日用品はドラッグストアで買っている。コンビニには旅行用程度の小さなセットしかないうえにとんでもなく割高だ。翼ごときの髪に有名ブランドのシャンプーなんか必要ない。だが、数日前からだましだまし薄めて使っていたシャンプーは、すでに出がらしを通り越して泡も立たない。
今からこの荷物を持ってドラッグストアへ? いや、無理。脳内ですっぱり諦めると、翼は棚から一番安いシャンプーとコンディショナーのセットをカゴに放り込んだ。
「帰ったらImazonで注文しよ」
翼が悩んでいるうちに、アレックスがレジに並んでいた。こんなラッキーがあっていいのかとドキドキしながらそのうしろに並ぶ。
――うわぁ。やっぱ背高いなぁ。180は軽くあるよな……筋肉もすげぇ。触りてぇ……ってさすがにそれは妄想でもダメなやつじゃん。けど、なんかいい匂いする。香水っぽくはないよな。てか、金髪むっちゃサラサラ。つうか、前のオッサンどれだけ公共料金溜め込んでんだよ。いや、もっと時間かかっていい、アレックスの近くにいれるなんて滅多にないし。けど、ヤバいコレ、腕が限界かも。
紙パックの麦茶5本に、山盛りの食料を入れたカゴ2つ分の重量は伊達じゃない。プルプルし始めた腕に最後の力を振り絞る。床に置こうかとも思ったが、さすがにプライドが邪魔をした。
――うー早く終われよー……いや、まだ終わらなくていいかなぁ。
葛藤に先頭客の背中を睨んでいると、やっと会計を終えた客がレジを離れた。ホッとすると同時に残念な気分が押し寄せる。
そのとき、前に進むかと思ったアレックスが振り返った。
「よかったらお先にどうぞ」
にっこりと笑いかけられ、とっさに動けなかった。
「重そうなので」
そうレジを指してくれるアレックスのカゴも、翼とあまり変わらない。違うのは、アレックスの太い腕はそれを軽々と持っていることだ。
「いや、あの……あ、ありがとうござい……ます」
バカみたいにどもって、なんとかおかしな会釈をした。ギクシャクとカゴを持ち上げ、めんどくさそうなバイトがバーコードを読み取るのを呆然と見つめる。
5,682円です。バイトの声にボーッとしたまま携帯端末の決済アプリを提示し、パンパンに詰まった袋を3つ持ち上げる。
「……ありがとうございました。お先です……」
辛うじてそう口にしてレジから離れた。
「お気を付けて」
アレックスの声が背中にかかる。少し低い、落ち着いた声だ。振り返ってもう一度会釈をすると、アレックスが手を振っていて、翼はフワフワした気分のままコンビニをあとにした。
今日はなんていい日なんだろう。これはここしばらく仕事をがんばった自分へ、神様からのご褒美に違いない。まさか、あのアレックスと会話ができるなんて。しかも紳士で優しくて……。
「うわぁぁぁ! なんでもっとまともにしゃべれなかったんだよ、俺ぇ! あんなの不審者じゃん! 『いえ、大丈夫です。お気になさらず』とか返してたら、もうちょっと近くにいれたかも知れねぇのに!」
マンションの部屋に戻り、限界の腕から袋を床に投げ出すと、翼は帰路に溜め込んでいた感情を一気に吐き出した。
「俺のバカ。わかってるけど……けど、サイコーの日だよ。なんだよ、明日死ぬのか? いいよ死んでも、本望だよ!」
ぶつくさ言いながら、小さな冷蔵庫に買い込んだ食料品を無理やり詰め込み、入りきらない菓子類は棚に片付ける。
「とにかく! 今日はさっさと寝て疲れを取る! 明日からはずっとユーリとゲームできるんだし!」
そう、ユーリはアレックスそっくりなアバターで、それなりに付き合いも長くこっちとは普通に会話もできる。自分は実のところ結構恵まれているんじゃないのだろうか。
しっかりと泡立つシャンプーでシャワーを済ませ、忘れないうちにとネットでいつものシャンプーを注文する。いい日のお祝いだと、ちょっとお高いカップ麺を選んで夕食を済ますと、翼はさっさとベッドに潜り込んだ。
いつになく全力で仕事を突っ走っていたせいで、気力も体力も限界だったのだ。ちょっとSNSでも……そう端末を手にしながら、翼は次の瞬間には寝落ちしていた。
夢の中で、コンビニのレジにアレックスが並んでいる。そのうしろに並びながら翼は大きく深呼吸をした。会計を済ませたアレックスが店を出る。翼もまた会計を済ませて店を出ると、そこにはなぜかアレックスが待っていた。
――こんばんは。よく会いますね。
話しかけられ真っ白になったところに、なぜか口が勝手に動いた。
――いえ、初めてですけど?
「っなんでだよ!!!!!」
叫んだ自分の声に飛び起きた。カーテンからは朝の日差しが差し込んでいる。カクカクとベッドボードの時計を見ると、時刻はすでに9時を過ぎていた。
「12時間近く寝てんじゃん……なのに、疲れた……」
起きる間際の夢のせいだ。せっかくアレックスが話しかけてくれたのに、なんで嘘なんかついたんだ。
「くっそー……続き見れるかな……今度は絶対……」
絶対どうしようか。夢なんだからなんだってありだ。つまり、翼の希望する展開になるとは限らない。
「や、夢でも傷つきそうだし、続き見なくていいかも……」
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