サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

文字の大きさ
8 / 72
4月26日 最後の探索がはじまる

1

しおりを挟む
『人、結構多いなぁ……』
 結局、菓子パンと麦茶を流し込み、溜まり込んだ洗濯物を干していたら10時を過ぎてしまった。
 慌ててログインすると、酒場はサ終前にゲームを楽しみにきたプレイヤーで溢れている。
『さすがにちょっと重い。ライト勢はここも入れてないかも』
 ゲーム以外に趣味もない翼は、パソコンだけは惜しみなく金をかけている。とはいっても、薄給でかけられる金なんか知れているが。
『まだ誰も来てないし、外出てもいいんだけど』
 それでも、一度外に出てしまえば、この酒場に入るには少し時間がかかるだろう。翼は結局、手持ち無沙汰に酒場でうろついていた。
 オープンチャットはサ終の話題で持ちきりだ。30年も続いたゲームなら当然だろう。
 そうこうしているうちに、視界の端で赤いマークが点灯する。
『カナタ。おはよ』
 聞き慣れた声と一緒に、ログインしたユーリが不意に目の前に現れた。見慣れたアバターなのに、昨夜のアレックスとの会話を思い出して、どこかドキマギしてしまう。ユーリの音声は、昨日聞いたアレックスの声よりも少し高い。
『おはよう。すごい人だね』
『ログイン、ちょっとラグあったで』
『ユーリのグラボいくつだっけ? 4000?』
『この前、6000に変えたんやけど、どうもほかと相性悪いねん。4000に戻しとくべきやったわ』
 首を振るアクションもスムーズで、ユーリのアバターを見る限りでは、ラグは見つけられない。翼には分からないなにかの差があったのだろう。
『どうする? 外出たらここに入るの、時間かかりそうだけど』
『うーん。ミキニャもウワバミさんもおらんよなぁ』
『ミキニャは連休とか仕事な気がする』
 これまでの会話の端々からミキニャの本体については、サービス業のようなヒントがたびたびあった。同意するように頷いたユーリが、ウワバミは予想ができないと付け加える。
『ここにおってもしゃあないし、メッセだけ残して出よ』
 いつになく密度の高い酒場の光景に息が詰まりそうだった。これが現実世界なら、翼は客の人数を目にした段階で回れ右をしているところだ。
 ユーリと並んで酒場を出れば、活気ある城下町をこれまたいつもより多いプレイヤーが行き交っている。
『なんや、ゲームやり始めたころ思い出すわ』
 ユーリがキョロキョロと辺りを見渡した。
『買ってもらったパソコンが、もうあり得ん低スペックやって……ログインが重なる時間やと街に入れんかってん』
 ここはゲームのはじまりの街で、常にプレイヤーの拠点になっている。見慣れた噴水の広場を通り過ぎ、裏路地から隠し通路を進んだ。この先は銀紋章以上にならないと解放されないエリアで、街の中でもやや落ち着いて過ごすことができる。
『街に入れないと、宿屋とか回復できないんじゃ……』
『そうやねん。そやからコソコソと真夜中過ぎに電源入れて、誰もおらん街で武器とか買っとってん』
『むっちゃ大変じゃん』
『ほんまやで。もう、授業中眠とうてしゃーなかったもん』
 授業中ってことはそのころのユーリは学生だ。前にいつ頃始めたかの話題が出たとき、ウワバミ以外は初期勢じゃなかった。
 カナタは? 聞き返されて、少し考える。
 いつもそうだ。どこまで自分を出していいか、常に葛藤している。ここにいるのはカナタであって、翼じゃない。カナタに翼の存在を混ぜたくないのだ。
『俺はお下がりのパソコンがゲーミングだったから恵まれてたかも』
『ええなぁ』
 階段を上った先は、塔に繋がっていて街が一望できる。だからといってイベントがあるわけでもない塔は、いつも静かだった。翼とは似つかないカナタのさらさらの黒髪が風になびく。そのビジュアルが好きで、カナタは触れもしない髪を押さえる仕草をする。
『ユーリ。公式からのサ終の理由見た?』
『見た』
『新システムへの移行ができないって、感覚的VRのことかな?』
『多分。けど、不思議やんなー……こうやって触ったら、触った感触がするんやって……』
 ふいに伸びてきた太い腕に、心臓がバクバクとした。重厚な防具に守られた腕がカナタの頬に触れる位置で止まる。それでも、そこにはなにもない。アバターがあるからそれ以上腕は進まないけど、別にカナタはなにも感じない。これが戦闘になれば、触れたタイミングでダメージが入る、それだけだ。
『アカウントそのままで移植することも検討されたって書いてたけど、移植したらまったく違うゲームになるって……俺もそれは嫌だなってサ終に納得した』
 感触もないのに触れられた構図が落ち着かなくて、カナタは一歩前に進んだ。眼下の景色が一気に広がる。青い空に整った街は、1枚の絵画みたいだ。
『新しいアーレジェ、配信されたらカナタもやる?』
『どうかな……やらないかも』
『なんで? 興味ないん?』
『興味はあるんだけど、なんか……俺はこれくらいの、ちょっと嘘っぽい世界のほうが落ち着くっていうか……』
 作りものだと常に分かっているからこそ、こうやってユーリとも会話できている。それが、現実に近づくほど、翼は現実と同じように何もできなくなる気がするのだ。
『なんや、分かる気ぃする……現実とちゃうからのびのびできるんやもんな』
 ユーリも同じなんだ。その事実にまたドキドキしてしまう。現実のユーリもまた、嫌な自分から逃げていたりするのだろうか。
『そういや、ユーリ。この前、最後の伝説について気になることあるって言ってたよね? なんか分かった?』
 現実に絡んだ話題が苦しくなって、カナタの表情をパッと明るくした。ワクワクした仕草でユーリを見上げてみせる。
『それな。昔どっかの掲示板で見た気ぃするんやけど、全然ヒットせぇへんねん』
 大きな身体がコミカルに頭を抱えてみせる。こういったアクションも、ゲームに慣れないと自然にはできない。カナタもまた、そんなユーリを笑ってみせた。
『どんな感じだったか何か覚えてる?』
『ハーミット城の地下水路がなんか……とか、そんなんやったはずなんやけど』
『え!? ここじゃん!』
『そうなんや。だから、ただの噂やろなって舐めてたんやけど……』
 頭を抱えた仕草のまま座り込んだユーリが、具足の足を投げ出した。
『このゲーム……最初、tsukiさんがテストで作ったときは、この街だけしかなかったんやろ? そんなん、隠しイベント作るんやったらここしかないやん』
『その掲示板、なんか思い出すヒントとか……』
『それがなんも思い出されへんねん! 俺のアホ!』
 立派な姿の騎士が、頭を抱えてもだえる姿はどこかアンバランスだ。でも、それが人間らしくて、カナタもまた「仕方ないなぁ」なんて呆れる仕草を返す。ガックリと肩を落としたユーリを、ポンポンと慰めてやると精悍な顔がカナタを見上げた。
『とにかく水路に行ってみようよ。もしかしたら、ユーリと同じことを覚えてるプレイヤーがいるかもしれないし』
 とにかく話しかけてみよう。カナタの提案に、ユーリの表情が明るくなる。アレックスそっくりな顔がカナタに笑いかける。そう、翼じゃなくてカナタに。
『そうと決まれば行こう! 俺たちにはもう時間がない!』
『せやな。行こうカナタ』
 太陽の光を浴びて笑うユーリがまぶしい。これもあと2週間ちょっとしか見られないのだ。翼はコントローラーを操作して、そっとスクリーンショットを保存する。ゲームが終わっても画像を見返せるように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

アルカナの英雄は死神皇子に嫁ぐ

BL
難攻不落と言われたアルカナ砦を攻略し、帝都に名が届くほどの軍功を上げた辺境国王の庶子リセル。しかし英雄として凱旋したリセルを待ち受けていたのは、帝国の第三皇子ジュノビオの不可解な求婚だった。 実直皇子×お人好し美人 ※ほかのサイトにも同時に投稿しています。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

処理中です...