サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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5月2日 最後の伝説

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 隠し部屋にはまたユーリとカナタのふたりだけになった。そういえば、ミキニャとウワバミのあいさつに、ユーリは返事をしていたっけ? ふと、そんなことが気になって、隣を見上げた。そこには、いつも穏やかな表情を浮かべているユーリが、なぜか無表情に立ち尽くしている。表情の選択が止まっているのだ。
『ユーリ? どうかした?』
 現実世界でなにかあったのだろうかと、恐る恐る声をかける。しばらく返答のなかったユーリが、10秒ほどして慌てたように動き出した。
『ごめん! ボーッとしとった!』
『大丈夫? 疲れたよな?』
 いつも朗らかなユーリがボーッとするなんて、きっとかなり疲労が蓄積しているのだ。
 今日は休もうかと提案しかけて慌てて口を閉じた。それから、カナタはにこやかな表情をあえてユーリに向けた。
『奥、一緒に行こう』
 そう声を掛けると、カナタはユーリに向かって手を伸ばした。ここは、いくら疲れていても休むところじゃない。だって、ユーリはカナタの覚悟が決まるまで待つと言ってくれた。
『もう大丈夫なん?』
 心配そうなユーリに、満面の笑みを向ける。こんなときアバターは便利だ。翼の内心とは別に、ここで作るべき表情をさせることができる。
『大丈夫。待たせてごめん』
 カナタの手にユーリの手が重なった。
 もちろん、手を繋ぐシステムはないから、その手は気を抜くとすぐに離れてしまう。それでも、手を繋いだ位置を慎重にキープしたまま、カナタたちは扉の奥へと進んでいった。
 そこは、まるで図書館みたいだった。
『これ……』
『すげぇ……なんや、こんなに……』
 手は繋いだまま、呆然と視点だけを移動させる。調べるためのカーソルが現れ、その矢印を書架の端から合わせていく。
『アーレジェの設定資料!』
『キャラデザの初期設定……うわ、キャラメイクできる前のやつや!』
『tsukiさんの手書きメモ……試作ワールドもあったんだ』
『これ、4ちゃんのログちゃう? デモドリカエルさんが言っとった通りや』
『雑誌記事も』
『これ、初期のプログラム……!』
 しばらくのあいだ、なにもかも忘れてその貴重な資料を貪った。先に入ったミキニャとウワバミも同じように興奮したに違いない。
 ユーリはカナタにはちんぷんかんぷんな、プログラムコードに釘付けになっていた。気づけば、いつかのように朝が近づいてきている。
 先に一通りを見終わったカナタは、ふと「そこ」に考えがたどり着いてしまった。それは、あたりまえの事実だったのに、今この瞬間になって、逃れられないことなのだと残酷にトドメを刺してくる。飲み込もうとした言葉は、息苦しくてどうしても喉を入ってはくれなかった。
『ユーリ……』
 集中していても、ある程度落ち着いていたのだろう。ユーリが即座に振り返った。
『なんかあったん?』
 いつもどおりのユーリは、なにも気づいていないのだろうか。
『……ホントに終わっちゃうんだね』
 30年間、決まった人しか見ることができなかった資料の山が、惜しげもなく公開されている。あと数日、カナタたち以外にもここへたどり着くプレイヤーがいるかもしれない。そして、この部屋を見つけて、嬉々としてSNSに思いのたけをぶつけるのだろう。
 ユーリがハッとしたように息を飲んだ。
『そやから、「最後の伝説」ってことなんやな……はじめから全部決まっとったんや……』
『すごいよね』
『うん。つき……さんはすごい』
 つっかかりながらのユーリはなぜか誇らしげだ。心からこのゲームが好きで、だからIT業界に進んで、その結末をしっかりと受け入れているように見える。そして、この先の新しいゲームもあたりまえに受け入れていくのだろう。
 カナタはまだ現実を受け止められない。ここまできても、終わることが嫌で、この先どうしていいかわからない迷子のようだ。
 サ終まであと10日。
 カナタはもうやることがなくなってしまった。
 ユーリと一緒に過ごしたいと願った当初の願いは、一気に萎んで、今はただその熱量の落差に苦しくなっている。意味もなく一緒にいたところで、きっともっと苦しくなる。
 それならいっそ――。
『あのさ、あのお願いやっぱナシで』
 理想のアバターであるカナタが、にこやかな表情で顔を上げる。
『お願いってなんかあった?』
 きょとんとしたユーリに、また胸が苦しくなる。カナタからのお願いが、いつのまにかユーリとの約束になっていたのだ。
『伝説が見つからなくても最後まで一緒にいてって頼んだヤツ』
『え、あ……うん。けどあれは……』
『っ……思ったより早く達成できたじゃん? せっかくだから、ゆっくりひとりで浸りたいなぁって』
 ユーリを遮り早口にまくし立てる。
『だからさ……っ』
『俺がしつこく連絡先とか聞いたから!?』
 今度はカナタにかぶせるようにユーリが叫んだ。その予想外の声量に驚いて、思わず黙ってしまう。
『迷惑やったらもう聞かへんから……ホンマごめん!』
 必死な声がカナタの胸に突き刺さる。ちがう、ユーリが謝ることなんか、ひとつも存在しない。罪悪感なんか持ってほしくない。むしろ、いい加減に意見を翻したカナタを軽蔑してくれるほうがいい。
『ちがうんだ! ユーリは悪くない!』
 息が苦しい。でも、このまま後悔のようなものをユーリに残していくのだけは絶対に嫌だ。もう二度と会わないのだから余計に……。
『俺が! ユーリと同じ気持ちでサ終を迎えられないから……俺、ホントは最後の伝説なんか見つからなくていいって思ってたんだ』
 それなら、カナタは必要とされたまま最後まで一緒に過ごす口実ができたのだから。
『前、に……俺、好きな人がいるって話しただろ? その人さ……ユーリにそっくりなんだ。俺は現実でなんか近づけないから、ここでならってユーリに話しかけた。下心だったんだ。だから、最後まで一緒にいて欲しいって言ったのも、そういう気持ち悪い理由で……ごめん……最後にこんなのキモくて、ごめんなさい』
 ただでさえ、ゲーム内での男女トラブルなんか昨今大問題になるところで、ましてや男からそんな目で見られていたなんて、考えただけで気持ち悪いと思われる。それでも、これでカナタに嫌悪をもってくれるほうがいい。そのほうが、翼もこの世界の未練を少しでも和らげることができる。
『それ……ホンマなん?』
『ホントにごめん……』
 声が震えるのを止められない。VRのゴーグルの隙間から涙が染み出している。
『謝らんでいいけど、それってっ』
 なにかの質問が投げかけられそうになって、怖くて慌ててメニューを開く。これで、少なくともユーリは自分のせいだと思わずに済むだろう。
『だから、俺もう抜けるな。身代わりみたいにして変な目で見てごめんなさい! それから、一緒に探索してくれてありがとう。この数年、すっごい楽しかった。それじゃ……!』
 涙声で必死にまくし立てて、滲むログアウトボタンに目を凝らす。
『カナタ! 待って!』
 ユーリの声が断罪のように聞こえて恐怖した。やっとログアウトボタンにカーソルが合う。
『っ5日の約束はなかったことにしとらんから! だから……絶対……!』
 そこでユーリの声がぷつりと切れた。
 タイトルロゴが真っ暗な視界に浮かび上がる。ヘッドセットを投げ捨て、翼はロフトベッドの底を見つめる。涙がどんどん流れ落ちていく。
「終わっちゃったよ……」
 ノロノロと涙を拭いて、パソコンの画面を見つめる。設定の歯車マークを押して、そのメッセージボックスについた通知マークを見なかったことにした。
 マイページを開いて、パーティ編集を選ぶ。
 ▶パーティから抜ける
「バイバイ……ユーリ」
 続けてフレンドを全削除する。これで、もう繋がりはなにもなくなった。ユーリからもカナタにメッセージを送ることはできない。あの広いゲーム世界で、偶然会うようなことはもうないだろう。
「ミキニャとウワバミさんにあいさつできなかったな……」
 夢みたいな時間だった。何もできない翼が、ゲームの中なら最高レベルの神官で、どんな敵だって倒せて、思うとおりに行動できた。
 カーテンから淡く光が差し込んでいる。
 ユーリはどこで朝を迎えているのだろうか。
「あ、コマにウィスコード送らなきゃ」
 けど、まだサ終には時間があるから、ネタバレになってしまうだろうか。だけど、情報をもらった以上、報告くらいはするべきな気がする。
 デスクトップに置いてあるウィスコードのアイコンをクリックして、唯一のフレンドであるコマとのトーク画面を開く。そこには「フレンドが追加されました」という一文があるだけで真っ暗だ。

 ――コマへ
 最後の伝説を回収しました。
 サ終後、必要だったら動画とか送るので。

 数秒でコマからの返信がくる。

 ――おけ!
 伝説に辿りつけなかったら頼むわ!
 ちなみにさ、今ログインしてる?

 ――してない。
 てか、サ終の日までしないと思う。

 ――そんくらい衝撃だった?

 ――それもあるけど……。

 ――まだ、あとひとり見つからねぇんだよ。
 ヒマだし、話し相手になってくれね?

 同時に、ウィスコードの通話リクエストが光り始める。いいかどうかも答えていないのに、これでは断りにくくなってしまう。
 それでも、なんとなく今のタイミングでひとりになってしまうのが怖くて、翼はおずおずとリクエスト許可のボタンを押した。

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