サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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5月6日 再会と戻れない旅

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 走ってハーミット城へ向かう。途中カナタが疲れたら足を緩めて、回復したらまた走って。移動用の泉の部屋まで一気に駆け抜けた。
『待って! 俺、レベルが……!』
 多分、レベル5までも達していない気がする。この状態では、ハーミット城周辺から出ることは不可能だ。
『俺がおるから大丈夫!』
 言い切ったユーリがまたカナタを引っ張った。その胸には羽根のデザインが追加された金紋章が光っている。まぶしい光に目を閉じ、開けるとそこはアンスターチェ山脈の麓にある泉だった。
『サ終のとき、ミキニャとウワバミさんはおったけど、カナタとは一緒に景色見てへんから』
 約束通りに集まったみんなは、カナタのことをどう思ったのだろう。それとも、現実は現実とドライに思うくらいだろうか。
『……夕日、見れた?』
『ちょうどオレンジになって、みんな消えていったよ』
『キレイだった?』
『キレイやったけど、むっちゃ寂しかった』
 あたりまえにあった世界が消える瞬間だったから。細い山道を先導しながらユーリがつぶやく。
『カナタはどこにおったん?』
『レオマの神殿。噴水のとこにいたよ』
『なんでそこにしたん?』
 ユーリとの思い出の場所だったからだ。あのとき、鬱々としたなかで出会ったユーリが、奇跡みたいに思えて、勇気を出して話しかけた場所だから。
『……なんとなく、かな』
『そっか……』
 アンスターチェ山脈は中盤のメインエリアで、敵の強さも一段高くなっている。レベルカンストのユーリも、ときおりダメージを受けては回復アイテムを使った。
『痛くない? 大丈夫?』
『俺は大丈夫やで。普通のヘッドセットやからこれまでと変わらへん。カナタは痛みも感じとるんやよな?』
 振り返ったユーリと目が合って、その通りだと頷いた。
 山道は険しくて、カナタはついていくだけでもやっとだ。これまでのカナタならなんともなかったのに。
『神殿で、まわりの人たちが消えていって、気づいたら俺だけ残ってたんだ。誰かいないかなって探しに神殿へ入ろうとしたら、資格がないって門番に止められた』
『レオマの神殿のレベルって65以上やったっけ?』
『多分』
 レベル1のプレイヤーが来ることは想定されていないし、どうやったって行けない場所だ。
『ほんなら、どうやってハーミット城まで戻ったん? 泉は神殿の中やったのに』
『なんとかしなきゃってフィールドに出たら、ラウラの木に襲われて……ゲームオーバーになったらタイトルに戻った感じ』
『ゲームオーバーって……大丈夫やったんか!?』
 急に立ち止まったユーリが、心配を顔一面に載せてカナタに詰め寄った。その迫力に圧されながらも、なんともないとなんども頷いてみせる。それでも、信じられなかったのかユーリの視線がカナタの全身を順に見ているのを、なぜか落ち着かない気持ちで耐えた。
『大丈夫だって。ラウラの木の触手で覆われて、苦しくなったとこでリセットされたから』
『触手!? そんなプログラムされとんの!? 最悪や!』
『そんな大したことないから! ちょっと服のなかとか入ってきたとき、ヌルヌルして気持ち悪かったくらいで……』
『……!!』
 なぜかショックを受けたようなユーリが頭を抱えてしゃがみ込む。奥から、許さへんとかなんとかブツブツとつぶやく声が聞こえた。
『ホント大丈夫だよ?』
 だから顔を上げて。そう肩を叩いたカナタを、子犬のような目が見上げてくる。
『ホンマ……それ以上なんもなかったんやな? 変なこととかされとらんよな?』
 カナタの両肩を掴んだユーリが、泣きそうな顔で聞いてくる。ゲームオーバーがそれほどまでに大変なことなのだろうか。
『カナタ絶対むちゃせんとってな? レベル上がるまでは俺のうしろにおること!』
『う、うん。わかった。けど、そんなにヤバい?』
 いまいち重大さが分からないカナタが見つめると、ユーリが少し迷うように目を泳がせた
『ヤバいんはそうなんやけど……それは触手もやねんけど、ガチでヤバいのは痛みのほうで』
『そりゃ、そうだろうけど?』
 カナタだってそこが問題だろうと予想はしている。どうも、ユーリとは少し認識がずれているような気がした。
 きょとんと見つめたカナタに、ユーリが気まずそうな目を逸らしてしまう。そして、なにか覚悟を決めたように頷き、小さな深呼吸をしたユーリが口を開いた。
『カナタは今、ゲームやのに痛いとか熱いとか感じとるやん? それが感覚的VRなんやけど、槻間さんたちが搭載する予定の感覚的VRは今カナタが感じるやつとは方式がちがうねん』
 ちょっと休憩しようか。ユーリが山の中腹にある木陰にカナタを誘う。まだ標高は低いものの、すでに広大な景色が眼下に広がっていた。
『槻間さんがⅡに採用したんは物理的方式で、ヘッドセットと専用スーツを使う簡易的なやつで……瀬古さんが採用しようとしとったのが、今カナタが体験しとる医療用の神経作用式なんや』
『医療用?』
『うん。pro7は医療用の許可受けとんの表示されてたろ? 事故とかで感覚なくなった人のサポート用になるんや。熱いとか感じへんかったら危ないやん? それは、ヘッドセットに別売りのカメラが付くんやけど、それが全身を映すようになっとって、画像情報から本人の脳に信号を送るねん。湯気の立つお湯やったら熱い感覚とか……』
 そのへんはあんまり詳しくないけど。ユーリが申し訳なさそうに頭をかいている。
『すごいなぁ。じゃあこれがそうなんだ』
『すごいけど、危ないんや。サポート用やったら、安全に配慮して危険を通知するだけのことやけど、ゲームに流用するんは、そこに痛覚のレベルが設定される。敵の一部が接触した度合いでダメージレベルが痛覚に変換されたら、ホンマはケガなんかしとらんのに、脳はケガしたって騙されることにもなる』
 そこまで聞いて、カナタは思い当たる感覚に合致した。そして、急に昨日の怖さを思い出した。大きなダメージを受けて、思うように動けなくなったことも、回復アイテムで治療したのに、ケガをしたという記憶のせいで戦うことが怖くなったことも、それはすべてカナタの脳が騙されていたのだろう。
 なぜなら、翼の身体はなにひとつ傷つくことなく部屋の椅子に座っている。
『そやから、槻間さんはいくらリアリティが高くても、瀬古さんの案に反対した。ゲームは仮想を楽しむもんやからって』
 1日の会議はその最終決定の場だったのだ。しかし、そこで件の問題が発覚した。極秘事項のそれを、ユーリはなんとかカナタに伝えようとしたのだ。カナタが約束通り10時にユーリと会っていれば回避できた。
『ユーリ、ごめん。俺が……』
『カナタは悪ない! 悪いのは無理やりこのプログラムを動かした瀬古さんや。それから、止められへんかった俺ら会社が悪い』
 悲痛な声で謝るユーリを落ち着かせてあげたくて、カナタは必死にその肩を撫でた。だけど、ユーリは視覚がなければ撫でられているなんて分からない。
『でも、俺はちょっとワクワクしてるよ。またこうやってユーリと旅ができて』
『カナタ……』
『勝手だよね。けど、やっぱり楽しいんだ。俺はこの世界のほうがいいってずっと思ってたから……』
 田中翼の世界なんか捨ててしまってもいいと、ずっと思っていた。ただ、ゲームの世界が楽しかったのは、翼の世界があってこそだということも今は理解している。
 痛みを伴うこの世界で、翼が動かすカナタはきっと生きていけない。恐怖で前に進むこともできなくなって、NPCと同じようにただ街の中をウロウロするだけの存在になってしまうだろう。
 それでも、カナタは今、ユーリに握られた手の感触を知ることができた。強く抱き締められる重みを知れた。触れればその硬さを、温もりを、感じられる。
『レオマの神殿の神様がくれたご褒美みたいだ』
 なんとか前向きな表情を作ってユーリに笑いかける。落ち込んでいるユーリより、笑うユーリを見ていたいから。
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