サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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5月7日 はじめての感触

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 今、現実の翼も椅子で寝ているのだろうか。窓から差し込む太陽の光を感じながら、ぼんやりと覚醒した頭でそんなことを考える。
 疲れが取れたような気がするのは、きっと脳が騙されているということなのだろう。
 明け方の冷え込む足を身体に引き寄せ、暖かい毛布に抱きついた。
 そういえば、今日は何日だっただろう?
『っ仕事!!』
 叫んだ自分の声で一気に目が覚めた。
 目が覚めた瞬間、視界いっぱいのユーリと目が合って、言葉にならない叫び声を上げる。慌てて離れようにも背中が壁で動けない。
『おはよう。カナタ』
 そんな爽やかな顔で笑いかけないでよ。理不尽な文句を内心で叫びながらも、なんとかおはようとだけ返した。
『今日は5月7日やで。カナタが出勤してへんって、会社の人とか見に来てくれたらえぇんやけど』
 笑いながら起き上がったユーリが身支度を始める。
『電話くらいはかかってるかも知れないけど……』
 住所はもちろん届け出ているが、どうだろう。考えながらも、今の自分になにができるでもない。職場の人間ならいつもの翼を知っているし、まぁ、見つけられたところで別にいいか。
『2日出勤したらまたすぐ休みだし、大したことないよ』
 ベッドから立ち上がり、ユーリより格段にシンプルな装備を身につけていく。高価な装備でも、神官の衣服は属性耐性が高くなるだけで防御力も見た目もさほど変化がない。
『カナタは今日どっかいきたいとこある?』
『それなら、ヨキ島行きたい。夜明けの灯台』
『ええな。行こうか』
 宿屋を出て、村はずれにある泉へと向かう。
 そういえば、飲まず食わずのはずなのに空腹を感じない。きっと、これもユーリがいうヤバい状態なのだろう。
『そういえば、ユーリはちゃんとご飯とか食べてる? ストレッチも』
 いつかのユーリに言われたことを、今度はカナタが心配してしまう。
『大丈夫。食べとるから。俺はカナタのほうが心配や』
 大丈夫だと言おうとして、それがなんの意味もないことに気づいた。
『早く行こう! いつtsukiさんが修正プログラム完成させるか分かんないし!』
 その時点でユーリとの旅は完全に終わってしまう。カナタは、ユーリの背中を押すように、泉へと飛び込んだ。

 ヨキ島の泉は港町の外れにあって、モンスターの出るフィールドを少し移動しなければならない。ただし、敵のレベルはアンスターチェ山脈より格段に低くて、今のカナタでもなんとか戦力になれた。
『俺、ゲームにリアルな感覚はなくていいかも』
 倒した敵が霧のように消えるのを見つめてつぶやいた。
『殴られる感触も、殴る感触も……嫌だなって思う』
 もし、最初に触れたゲームがこの感覚的VRのARK LEGENDだったなら、カナタはきっとゲームを好きにはならなかっただろう。
『槻間さんもおんなじこと言っとった。ゲームはドキドキワクワクが止まらんのがいいんだって。痛みなんか必要ないって』
 活気のある港町が旅人を歓待してくれる。市場を通り抜け、草原の丘を登ればそこには真っ白な灯台が建っている。灯台のてっぺんは、天文学者の観測所になっていて、昼間はだれもいない。
 目の前に真っ青なエルミナ海峡が広がっている。
『すごい。潮風だよ』
 どんな作用なのか、カナタには確かに潮の香りが感じられた。
『空も青いなぁ……一緒なんだよな』
『一緒? なにと?』
『うちのマンションのベランダから見た空』
 現実で空なんか見ないと気づいたあと、ふと見上げた空は、ハーミット城下での空と同じように青かった。
『4日の日にさ、なんとなく出かけたんだ。現実の自分ってNPCみたいだな~とか思いながら』
『NPC?』
『だって、毎日おんなじこと繰り返してるし。決まった相手と決まった言葉しか交わしてない』
 新しい道を進むこともなくて、なにかに挑戦するようなこともない。
『あの日は結構暑くて、日差しもきつかった……ゲームの中だと青空もただの快晴なのにね』
 カモメかなにかの鳥が窓の鉄柵に止まってさえずる。
『どこ行ったん?』
『コミメイト。あ、アーレジェのコーナーあったよ。ちっちゃかったけど』
『俺の近所のメイトもちょびっとだけ専用コーナー作っとったわ』
『そういや、そこに木彫りのブタのストラップいっぱいあった。300円ちょっとだったから、つい買っちゃった』
『マジで? 俺も見てこよ。ってか、なんでカナタがブタ買っとんの?』
 マニアックなキャラクターなのに。ユーリが大きな声で笑っている。心地良い。
『だって、ユーリが炭鉱でいっぱい買ってたからさ』
『え、買ったのって1個やんな?』
『……5個』
 真顔で答えたあと、同時に噴き出した。なんでやねん。定番の関西突っ込みがユーリから入って、なんでか分かんないけどなんて答える。
『現実やったら乗り物にもならへんのにな』
 笑いすぎた涙を拭くような仕草でユーリが腹を抱える。
『1個はケータイに付けたよ』
『4個は?』
『パソコンの横に置いてる』
『どうすんのや、それ』
『考えてなかった。安かったし、売れ残ってるのもったいないなぁって』
 ひとついる? そんな言葉を出せたらよかった。だけど、やっぱり翼は現実のユーリとは会えないと思ってしまう。だからこそ、今この時間は終わって欲しくないのだ。
 おかしな感じだった。鎧の騎士と神官が、現実世界のグッズの話をあたりまえのようにしている。まるで友だち同士みたいだ。
『……コンビニ寄って帰った?』
 ふと笑いが途切れたあと、ユーリが少し低い声になった。
『コンビニ? なんで……あ……』
 コンビニ寄った? アレックスに会えるコンビニに。ユーリはどうしてそんなことを聞いたのだろう。
『そういや寄ってない。真っ直ぐ家に帰ったよ』
 どうして寄るかどうか迷わなかったのだろう。
 数日前の自分を思い出してみる。
『あ、メイトでちょうどレジの列にいた女の子が、ネットにアーレジェの緊急サ終出てるって会話してたの聞いて、それで……』
 とにかく帰ろうと思った。そこに、アレックスのことなんか思い出しもしなかった。
『やっぱり、アーレジェの存在って俺の中ですっごくおっきいんだ』
 緊急サ終になるなら、その最後を絶対見たいと思った。それなのに、トラブルでサ終延長に巻き込まれているのは、いまだに不思議な気分だ。
 ユーリは静かにカナタの話に耳を傾けている。
 窓からの太陽が少しずつ移動していく。こんなところは、元々妙にリアルに作られていた。だから、感覚を伴った今は、より現実との境目が曖昧になってしまう。
 この世界がまるで現実かのようだ。
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