サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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5月12日 日常に戻っ……たはず

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「田中さぁぁん!! 来てくれた!!」
 いつもどおりの時刻にタイムカードを押すと、部内の同僚たちが一斉にざわめいた。そのなかのひとりが抱きつかんばかりに駆け寄ってくるのをなんとか躱す。
「田中ぁ! こんなにおまえの存在がでかかったんだって実感したぞ!」
「戻ってきてくれなかったらどうしようかと」
 演技がかった連中を無視して、翼は高梨のデスクに向かった。
「ご迷惑をおかけしました」
 すでに事情は知っているだろうが、パフォーマンスは必要だ。そもそも、翼の欠勤理由は社内でどう連絡されているのだろう。
「ご実家のほう、大変でしたね」
 自分の席につくと、隣の女性社員が気の毒そうに話しかけてくる。なるほど、実家のほうの事情だと言われているのか。
「いえ、ご迷惑をおかけして……」
 ご愁傷様でした……ごにょごにょ、の感じで語尾を適当にごまかし、パソコンを立ち上げる。ふと、デスクに詰まれたクリアファイルを手に取って愕然とした。
「田中、悪いがそれ午前中で頼む」
「これもなんだけど、ギリ12時までは待ってもらえるから」
「こっちは今日中で大丈夫です!」
 次々と仕事が降りかかり、思わず叫んだ。
「なんで、そんなにギリギリになってるんですか!? これとか、受け付け先週ですよね!?」
 翼がいなくても決済に支障はない。翼の仕事など下っ端も下っ端で、誰だって代わりの務まるものだ。そもそも、休暇に入るまでの仕事はぜんぶ片付けて行っていたはずで、その日必要な処理だけなら誰でも代行できるはずだった。
「やったよ。金曜までの分は死ぬ気で!」
「週明けの分までは間に合わなかったんだよぉ」
「田中さん、これで毎日定時退社とか、どんな処理速度してんですか!?」
 なにひとつ翼は悪くないはずなのに、なぜか責められるような構図が納得いかない。奥の机では高梨が必死で笑いを堪えている。意外と笑い上戸なのかも知れない。
「田中が休んで初めてその偉大さに気づいたらしいぞ」
 そこで耐えきれなくなったのか、高梨が爆笑した。
「課長! 笑いすぎですよ!」
「マジで死ぬかと思いました」
「そういうことで、田中の仕事量が多すぎるんじゃないかという話になってな。分担を振り振ろうかと思うんだがどうだ?」
 まだ笑いの残る声がそう聞いてくる。
「いえ、いいです」
「どうして?」
「俺としては充分その日のうちに処理できる量ですし、割り振るとなったら引き継ぎとかいるじゃないですか」
 正直そっちのほうが面倒だ。翼のモットーは、全力を出さず無理せず定時退社だ。
「とにかく、急ぎの分は先に処理するので、しばらく話しかけないでください」
 この未決済ファイルの量を見るに、下手すればまた残業だ。体力も戻っていないのに残業なんて真っ平御免だし、仕事を明日に持ち越すのも嫌だ。
 確固たる意思でパソコンに向かうと、翼は一心不乱に仕事を片付け始めた。いつも以上に視線が鬱陶しいが構っている暇はない。
 処理するあいだにも、今日の処理分がまた増えていく。
 ――あいつ、こえぇ……。
 ――てか、もう休まないでくれ……俺たちには無理だ……。
「有休は権利です!」
 こそこそと聞こえた到底受け入れられない願いを却下して、またキーボードを叩く。
「けど、今後はこのように急な欠勤はないように気をつけます」
 そのたびに仕事が山積みになるのも勘弁だ。
 いつもと少し違う視線にさらされながらも、定時2時間遅れでなんとか仕事を終えることができた。
「残業手当より家に帰りたいんだよ、俺は……」
 ぶつぶつ文句を言いつつ会社をあとにする。ちょうどタイミングの合った高梨に会釈をすると、なぜかそのまま並んで歩く羽目になった。
「体調は大丈夫か?」
「そちらは問題ないです。入院中動かなかった分、体力は低下してますけど、まぁ元々体力ないので」
「それはよかった。ARCさんのほうから、田中の欠勤した分の補償をしたいと申し出があったよ」
「そんなの、別に損害なんてないですよね」
「まぁな。だから、おまえのほうに休業補償として支払ってもらうように頼んだ」
「けど、俺まだ有休残ってたし……」
「欠勤扱いにしてるよ。だから有休はそのままだ」
「……ありがとうございます」
「なにかあったらすぐ病院行けよ」
 そう手を振って、高梨は駅のほうへと曲がっていった。
「思ったより、大事おおごとになってるよなぁ……やめてくれよ」
 翼は目立たず平穏に、無理なく過ごしたいのだ。
 随分と日が長くなり、ようやく夕焼けが空をオレンジに染めている。ビルだらけの空も、色だけはあの世界と同じだ。
「あ、N1くじ今日からじゃん。コンビニ寄って帰ろう」
 ついでに、適当な夕食も選んで。寄り道をいつものコンビニに決めると、翼はなにも考えることなく店に入った。
 しばらく悩んで、いつもより少しだけ野菜多めの惣菜を選ぶ。重くなりすぎるからと、麦茶は1本だけにして、安価なチョコをひとつカゴに入れた。
「すみません。ARK LEGENDのN1くじお願いします」
 レジにカゴを載せると、うしろに掲示されているくじ引きのポスターを指差す。
「何回されますか?」
 スタッフに聞かれて少し考えた。くじはすでに結構な量がめくられている。
「残り何個ですか?」
「えっと……10……12個ですね」
 1回550円だから6,600円。出費としては痛いが、まぁいいか。ラストワン賞の大判アクリルパネルは美しいアンスターチェ山脈のグラフィックで、ぜひとも手元に置いておきたい。
「じゃあ、残り全部お願いします」
「はい。そしたら、全部で8,125円になります。あ、いらっしゃいませー」
 翼の対応をしながら、スタッフが入ってきた客にあいさつをしている。数人の客が、翼のうしろを抜けて、惣菜コーナーへと移動していた。
「お支払いはどうしますか?」
「あ、qayqayで……」
 答えながらスーツのポケットから端末を取りだした。木彫りのブタが揺れる画面を、レジのスタッフへと向ける。
 あ、あのシークレットのシルエット、もしかして。
 スタッフがバーコードを読む合間にまたポスターへと視線が吸い寄せられた。真っ黒なシルエットは複雑な輪郭の左右が、羽根のように飛び出している。
 qayqay!
 端末が間抜けな鳴き声を立てた。
「カナタ!!」
 その瞬間、端末ごと手首が捕まえられた。驚きに心臓が止まりそうになりながらも、反射的に振り返る。
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