サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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5月8日 現実世界

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 ――よ! サ終おつかれ。
 約束の動画見せてくれねぇ?

 そんなメッセージからはじまり、途中から返信のないカナタを心配する言葉に変わっていっている。無視をしていることを怒っているようでもない。
「早く送らなきゃ」
 約束を破ることは本意じゃない。むしろ、この数日忘れてしまっていたことも申し訳なさ過ぎる。フォルダに保存されていた動画を、ウィスコードに貼りつけ、少し迷いながらメッセージを入力した。

 ――遅くなってごめん。
 ちょっと倒れて入院してた。

 送信ボタンを押して、これでなんとか約束を守れたと胸を撫で下ろした。
 しばらくぼんやりとしていたところに、ウィスコードが通話を報せてくる。
「あ、ヘッドセット……どうしよう」
 pro7は回収されて手元にないし、古いヘッドセットは故障している。仕方なしと翼はロフトベッド上に放置していた携帯端末用のイヤホンをパソコンに接続した。
『もしもし?』
 そういえば、こういう通話ってなんて始めるべきなのだろう。電話のように応答してしまい、なんとなく恥ずかしくなってしまう。
『入院してたって、大丈夫か?』
 心配そうなコマの声に、少しホッとしてしまう。
『今日退院してきた。検査して異常もなかったし大丈夫』
『ゲームしすぎて疲れた?』
『そうかも』
 感覚的VRの話をするわけにもいかず、適当な相づちでごまかしておく。
『コマはやっぱり間に合わなかったんだね』
『そりゃな。最後のメンバーも見つからなかった』
 やれやれといったコマが笑っている。
『ってか、カナタの声なんか遠い?』
『あー、ヘッドセット壊れて……スマホ用のイヤホンなんだ』
『なんか、踏んだり蹴ったりだな』
 そういやそうだ。サ終は早まるし、感覚的VRの世界に巻き込まれて入院騒ぎだし、ヘッドセットはなくなった。これって、補償とかしてもらえるのだろうか。
『けど、悪いことばっかじゃなかったし』
 諦めていた、最後にユーリと旅をすることも達成したし、なんなら感覚的VRのおかげでちょっと抱き合ったり、キスしたり――。
『……どしたん?』
『ううん! なんでもない!』
 羞恥に黙り込んだ翼を、訝しげなコマの声が呼び戻す。慌てて平静を保とうと深呼吸をしていると、今度はコマがなぜか沈黙に入った。
『……コマ?』
『あのさ、カナタ……』
 珍しく遠慮がちなコマの口調に、首を傾げる。
 ただし、どうしたんだろうと無邪気に思っていたのは一瞬で、次の瞬間、翼は羞恥の底に突き落とされることになった。
『前に言ってた……カナタが好きになったのって、高利貸しの屋敷にいてた戦士?』
『え? え……いや、ちが……』
 どうしてそんなことがわかるのだ。焦ってしどろもどろになった翼は、数秒後にそれがバレてしまった原因に気づいてしまった。
 動画だ!
 早く約束を守らないとと焦ったあまり、データをまるごと送信してしまった。そこには、4人での探索にはじまり、ユーリとカナタがふたりになったあとの会話まで入っている。
『あ、う……その……』
 なにか言い訳をしなきゃ。それでも、もはや言い逃れはできそうにない。
『俺、このまえカナタに、適当なこと言ってごめん』
『え?』
『実際に会ったらゲームと一緒で楽しかったって焚きつけるみたいになったやつ』
 それはコマの実体験であって、別にカナタがなにかを強制されたわけじゃない。
『……気持ち悪いとかって、その……』
 可能性としてはカナタかユーリが女性であるという率もコマからすれば0ではないが、そこを想定するほどの率でもないだろう。
『あの話さー、俺もごまかしてたとこあるんだ』
 気持ち悪いなんて思うわけない。そう断言したあと、コマがそんなことをしゃべりだした。
『俺、ゲイ寄りのバイなわけ。で、その例の付き合った子って、アバターは男だったんだよ』
 だから、実際に会って一瞬はガッカリした。もしかすると、所作や口調も男性的だったのだろう。
『もちろんさ、そういう偏見もあるから友だちみたいな感じで会ってるわけなんだけど……』
 ちょっとした期待はするし、仲良くなればあわよくば、くらいの希望はあったのだとコマが笑う。
 だけど、待ち合わせにやってきたのは女の子で、だけどしゃべってみればゲーム内と同じで楽しくて――。
『遠距離で自然消滅ってのもウソじゃないけど、まぁいざ付き合うと……ってやつで』
 バイだから男女どちらとも恋愛はできる。だけど、男だと思い込んで好きになった相手が女だと、やっぱり途中ですれ違いが気になりだした。
 しみじみとしたコマが小さく笑っている。
『だから、軽率に答えちまってごめんな。確かに会うとかすげぇ勇気いるやつだった』
 ごめん。もう一度謝ったコマに、とんでもないとどもりながらなんとか返事をした。
 どうしていとも簡単に自分がゲイだとか言えるのだろう。ユーリもコマも。カナタはバレてしまった今でさえ、口に出すことが憚られる。
『なぁ、カナタ。俺ら友だちになろ? こういう話とか、この先もしかしたら恋バナとか、気にせずしゃべれる相手とか欲しい』
 それは翼だってそう思う。苦しくてどうしようもなかった気持ちを誰かに聞いてもらえたら、きっと救われる。
『住んでるとこ近かったら飲みながらとかさ。あ、俺は都内……A区住みなんだけど』
 実際に友人と飲みながら恋愛話ができる? そんなこと、翼の人生にあるはずがなかった。翼はこの世界のNPCで、同じ行動を永遠に繰り返していくはずで――。
『一応、都内だけどA区まではちょっと離れてる』
 それでも、1時間ほどで行ける距離だ。
 行こうと思えた自分自身に少し驚いた。
『今度、オフ会しようや。あの最後の部屋の話したいし』
『俺もしたい。けど、俺コミュ障で、実際会ったらまともにしゃべれないかも』
『別にいいじゃん。俺としては、あの資料の話するのにコミュ力とかいらねぇって思ってるし』
『確かに』
 そこで、やっとふたりの笑い声が重なった。
 翼だってあの貴重な資料の話をしたい。一緒に旅をした3人とはもう語り合うこともできないから。
『そしたら、また予定合わせようぜ。とりあえず、カナタも退院すぐで疲れてるだろ? 今日のところはこれで。ちゃんと休めよ』
『分かってる。明日から仕事だし』
『明日から!? 大丈夫かよ』
『ホント別になにもなかったんだって。あんまり休むと給料減るし』
『そっかーだよなぁ。けどムリすんなよ』
 まるで、古くからの友人みたいなやり取りがどこか不思議だった。
『それじゃ、おやすみ』
 言い合って通信を切断する。パソコンの画面がまた暗くなった。
「……なんか変な感じだ……」
 現実の誰も知らない翼を、ネットでしか会ったことのない誰かが知っている。それが現実にもなるだなんて。
 現実のユーリと会うのは無理でも、友人関係としてコマと会うことに怖さはない。やっぱりユーリのことはカナタの中で特別なのだ。そんな話もコマとならできるかも知れない。
 NPCが少しだけ自分の足で町を出て行くような、そんな感じがする。
 翼はパソコンをシャットダウンすると、しばらくぶりのベッドに潜り込んだ。
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