サ終直前のネトゲで推しに急接近されましたが、現実の自分がクソダサ陰キャのため最後の思い出だけ作って逃げようと思います

二一

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恋愛はかくも難しい

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「は?」
 どういうことだとユーリに視線で問われ、気まずさに目を逸らした。翼の中のユーリは完璧な理想の男性で、それは間違っていない。ただ、それをどうコマに説明していいかは分からないし、説明しようとすると恥ずかしいことになりそうな気がする。
 だけど、そんな気遣いをしないのがコマだ。
「だって、カナタの話聞いてたら、超完璧イケメン王子だったもんな」
 ユーリの視線が翼を見つめ、翼は恨みを込めた目でコマを見た。コマが悪びれずに笑っている。
「絶対カナタが騙されてるって思ったもん。だって、簡単に騙されそうだし」
 そんなことはないと思う。だって、騙されるも何も、まず親しくなるまで関係が進まない。アーレジェだって、結局パーティメンバーとコマしか交流していない。
「だから、騙されてたら助けて、そのまま口説こうと思ってたわけ」
 さらりと笑いかけられ、なにを言われたのか理解できなくなった。
 そのまま――口説く?
 先に反応したのはユーリで、勢いよく立ち上がり、大きな目がさらに大きく見開かれている。
「だって、かわいいじゃん。ぜんっぜん慣れてないとことか、別にツラも悪かないのに自己肯定感低すぎるのとか……むちゃくちゃ甘やかして真っ赤にさせたくなる」
 こ、これは、誰のことを言っているのだろう。かわいい? 誰が?
「かわいいのは全力で同意する!」
 立ち上がったまま悔しそうに拳を握ったユーリに、コマが「だろう?」とばかりにふんぞり返っている。当事者のはずなのに、翼にはなにが起きているのかまだ飲み込めない。
「そやけど、翼は俺と付き合っとるんやからな!」
「まぁ、それはそうだけど……」
 意味ありげな視線が翼を見つめ、その真意に気づいてしまう。
 ――そんなので、付き合ってるって言えるのか?
 まともにしゃべれなくて、会うことさえ必死で、それで付き合っているなんて言えるのか?
「ご、ごめん……」
 本当にどうして付き合うなんてことになったんだろう。居たたまれなくなって小さくなった翼に、近づいたユーリがしゃがみ込んだ。
「謝るとこちゃうよ?」
 優しい声が俯いた翼に掛けられる。
「俺のこと、もう好きちゃう?」
 ユーリの言葉に、俯いたままブンブンと頭を左右に振る。ユーリのことを嫌いになったりしない。ただ、釣り合わない自分が嫌なだけで――。
「それやったら、別れてなんかあげへんで?」
「けど、俺……どうしていいか分からな……」
 恋人ってどんな存在で、何をしていいのか翼には分からない。いい歳して、これまで恋愛関係のかけらも経験していないのだ。
「翼にお願いしたいのは、嫌なことは嫌って言って欲しいだけ。翼は優しいから、嫌やって言われんかったらどんどん近づきたくなってまう」
「俺は優しくなんか……」
 翼のそれはただの優柔不断だ。
「優しいで。だって、さっきもゲーセンで俺が嫌な思いせんようにしてくれとった」
「あれは……!」
 バレてたんだ。一気に恥ずかしくなって、思わず顔を上げた。真正面のユーリは、いつもと同じ優しい顔で翼を見つめている。そう、カナタを見つめていたときと同じだ。ユーリの中ではカナタと翼が同じ存在だということを、もう信じるしかない。ちっとも似てないのに。
「ミキニャとかウワバミさんにも、そっとサポートしてたん知っとるよ」
 そんなんじゃない。余計なことをしたと思われるのが嫌で、言い訳ができるように黙ってやっただけだ。
「そやけど、誰にでも優しいから、こんなのに捕まるんや」
 一気に低くなった声が、コマのほうを向いている。こんなの扱いされたコマが心外だとばかりに両手を広げた。
「翼に近づかんといてって言いたいけど、言われへんし最悪や」
「なにそれ、むっちゃ素直じゃん」
 全力で悔しがるユーリに、さすがのコマも呆気に取られている。
「お似合いすぎて嫌になるね」
 コマが最後のビールを飲み干してニカッと笑った。
「カナタが王子様のこと大好きなの知ってるし、今はなにもしねぇよ」
 立ち上がったコマがテーブルに5千円札を置いたのを、ユーリがすかさず返している。借りを作りたくないとかなんとか。コマは飄々としたまま、それじゃ遠慮なくごちそうさまなんて答えている。
「カナタ、また恋バナしようぜ」
 言い残したコマが悠々と帰っていった。
 そこで、厨房からの視線が一気に逸れたことに気づいてしまう。二度とこの店には来られない気がする。同じことをユーリも感じたようで、珍しく口数少なく会計を済ませて店を出た。翼が渡した半額はすんなり受け取ってくれたことにホッとする。
 外はもう真っ暗で、駅までの道を並んで歩いた。生温かい風に、汗が滲んでいく。
 ユーリはあいかわらず無言だけど、その歩幅は翼に合わせてくれていた。駅が見えてきたところで、突然ユーリの手が翼を掴む。バランスを崩したと慌てたときには、すでにビルの隙間へと押し込まれていた。大きなユーリの身体に隠れて、一気に陰が広がる。
 なにか言いたそうなユーリがやっぱり無言のまま唇を噛んでいた。
 こういうとき、どうすればいいのだろう。
 翼なんかが何かをしたところで……。
「……っ今日はありがと」
 勝手に翼の口から飛び出した声に、自分で驚いてしまう。
「ゲームの中みたいにうまくしゃべれなかったけど、でも……会えてうれしかった」
 翼はゲームの世界ならいくらでもしゃべることができる。それでも、きっとこんな風に本音を口にすることはできない。
 ユーリはゲームでも表情豊かだったけど、実際のユーリはそれを上回っている。真っ直ぐに伝えられる優しさが、翼の不安を和らげてくれる。
 もっと、知りたい。
 もっと、会いたい。
「もっと……」
 翼を覆う陰が濃くなった。
「……ぎゅってしてえぇ?」
 ささやく声に心臓が止まりそうになる。
 それでも、震える身体でなんとか大きく頷いた。
「……っ!」
 むんとした湿気に息が止まりそうだ。夜明けの灯台での温度よりもっと高くて、もっと生々しくて、その力の強さに息が止まりそうだ。
「俺な、むっちゃ嫉妬しぃやねん……」
 心臓がうるさくて、ユーリの小さな声を聴き逃しそうになる。
「翼とコマがただのトモダチやっても、嫌やって思ってまうねん」
 それなのに、コマは翼のことを口説くなんて言うから。
 どんどん消えそうになるユーリの声に必死で耳を澄ませる。そうすると、心臓の音がどんどん大きくなった。
 あ、これってユーリの心臓だ。ユーリも翼と同じで、一生懸命伝えようとしていて――。
 翼なんかに嫉妬しなくても大丈夫。そんないつもの自虐が出そうになったけど、なんとか腹の中に封じることができた。
「もう、大丈夫だと思う……こっちのユーリとしゃべるのも……だから」
 幻滅されるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、それなのに離れられなくてコマを頼ったけど。
「また今度、その……一緒に遊びにとか……」
 デートという単語は翼にはハードルが高すぎて、なんとか違う表現を探してしまう。それだって、ユーリはすぐに気づいてくれる。翼を抱き締める力がさらに強くなった。
「その、あの、俺がユーリを嫌になることとかないので!」
 早口で一気に言い切ると、少しだけ身体の力が抜けた。
「やっぱり翼は優しいわ」
「そんなこと……!」
 そんなことない。顔を上げた先のユーリは逆光で、それなのに大好きなその顔がハッキリと見えて。
 これは、これって。
「キスしてえぇ?」
 これはさっきの嫌がることはしないと言ったユーリの、翼への気遣いだ。ひとつずつ許可を取ることで、翼を怖がらせないようにしてくれている。
 ただし、それは必ず翼が返事をしなければいけないということで。
 嫌なはずがない。
 嫌じゃないけど、そんなのどうすれば――。
 心配そうなユーリの顔が近い。
「あ、ハイ。その異存はないのですが、ただなにぶん不慣れなもので、いろいろとご迷惑をおかけしてしまうかと存じますがご承知いただけますと……」
 なにを言っているんだ。
 無意識の早口は意味不明な言葉の羅列で、ますます焦ってしまう。パニックで焦点が合わない。というか、近すぎるユーリと目が合わせられない。
「なんで、敬語」
 ユーリがふにゃりと笑う。
 ユーリのどアップの笑顔とか、ご褒美でしかないじゃないか。
「っスクショ……!」
 そんな機能、現実にはない。悔しさに、せめて脳に焼き付けようと必死でユーリを見つめた。
「スクショ?」
「あ、ちが……ユーリが」
「俺が?」
 あまりにカッコよくて、スクリーンショットが取りたくなっただなんて言えるわけない!
「あ、え……えと、その……」
 言い訳が見つからなくてどもる翼にも、ユーリは黙って続きを待ってくれている。
 どうしよう。
 パニックのあまり、なぜかユーリの顔を両手に掴んで――。
 高さは、精一杯背伸びをすれば届いた。
 陰がさらに濃くなって、近づきすぎたユーリの顔が見えなくなる。
「ツバ……さ……」
 なにかを言おうとするユーリの唇が塞がった。
 少し冷たくて、しっとりとしていて――。
 ……って、なにしてんだよ。これじゃ、変態じゃないか。言い訳が見つからなくてキスとか、頭おかしい。って、俺が自分からキ……キスしてしまった!
 唇が重なったままで、それ以上動けなくなってしまった。
「ごめ……!」
 なんとか離れようとした翼を、強い力が引き止める。
 背中がビルの壁にぶつかった。
「あ」
 離れたばかりの唇がまた塞がれる。翼のキスなんかとは比べものにならないくらいの強い力だ。
 だけど、この感覚は初めてじゃない。
 あの灯台でなんどもキスをした。そう、こうやってユーリの背中を抱いて。
 ユーリの大きな身体にしがみつく。
 推しと、リアルでキスをしてしまった――!
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