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天音 ユウ

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ZERO Season - 輝く前途を目指して

マイナス五話 Origin-菓蘭子「推しに勝つため三千兆里」

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 ―――小さい頃から、アイドルが大好きだった。
 ステージの上で輝く姿に心奪われて、ずっとその姿を追いかけてきた。
 そして、憧れはいつしか夢に変わっていって。
 アイドルを追いかけていたい自分が、アイドルになりたい自分の背中を押して走り始めた―――

 思い返せばそれは、積もり積もった気持ちの爆発だったのだろう。
 五歳の時に興味を持ち、両親に連れられて行ったアイドルのコンサート。小さい体には過酷とも言える光と音を浴びて、人生が変わってしまった。
 以来ずっとアイドルオタクとして、様々なアイドルを推してきた。チケットのご用意が無く涙を飲み、握手会で顔を覚えられ、誕生ケーキを作り、解散や卒業で数日灰になり、生の全てがアイドルに彩られてきたと言っても過言ではない。
 しかし、そんな自分に何か違和感を感じたのは、中学二年の夏ごろのことだった。
 きっかけは、夏休みのカラオケ帰りに友人から言われた言葉。
「蘭子、歌も振りも完璧なんだから、いっそアイドルやっちゃえばいいのに」
 普段であれば、何を言っているのかと一笑に付すところのはずが、何故かその時は何も返すことができなかった。完全に動揺している自分を、自分が理解できなかった。
 そのことが、ずっと喉奥に引っかかって仕方がなく、その後の夏休みをどう過ごしたかあまり覚えていないほどだ。二学期が始まってもあらゆることに身が入らず、成績が落ちた。
 どころか、八月の後半から推しを追うことが減った。既に買ってあったチケットで現場参戦しても、今までのように会場の雰囲気と一体化してコールすることができなかった。
 元の性格が明るいこともあいまって、あまりの変化に周囲にも心配されてしまう。
 少し休んだ方がいいと言われ続ける中で、意を決して母親に頼み込んだのだ。



「確かに、最近一緒にやってなかったけど……大丈夫? 蘭子」
「うん……相談も兼ねて、だから」
 キッチンに立ち、蘭子と母の小麦は卵を割っていく。数ヶ月に一度のホールケーキ作りだ。
「あのねママ上、調子が変になったの、八月のことなんだけど」
 卵白を泡立てながら、蘭子は違和感の発端を小麦に話す。小麦は何も言わずに、手を動かしながら蘭子の話を聞いていた。
 少しずつ言葉を紡ぎつつ、メレンゲと卵黄を混ぜ合わせる。出来上がったものを渡すと、牛乳とバターを入れながら小麦は笑った。
「なるほど。蘭子、それはね、あなたがアイドルになりたいって思ってるからじゃない?」
「……ランが、アイドルに、なりたい」
 型に流し込まれていく生地を見つめながら、噛み締めるように呟く。不思議と、ズレていた何かが音を立ててはまったように思えた。まるでパイプが外れてガス欠に陥っていたかのように、正確に点火された情熱はタンクいっぱいに詰まった思いに引火する。
 オーブンの中に入れられたケーキが膨らむより早く、抑えきれない気持ちに気付いた蘭子は小麦に告白していた。
「そうかも……ママ上、ラン、アイドルやりたいかもしれない!」
「そっか。アイドル追っかけはや八年、遂にやりたくなっちゃったか」
 わかっていたとでも言わんばかりに、小麦は笑う。一方の蘭子は、自覚できなかった気持ちに戸惑いを隠せずにいた。
「いいじゃん。お母さんは応援するよ? アイドル、やってみなよ」
「どぅぇ、そんな急に言われても、心の準備とか諸々のモロが……」
「思い立ったが吉日! 若いんだからさ、有り余るパワー使い切ってこい!」
 こうして、蘭子は憧れていたアイドルになろうと決心したのである。



「んぬうぅぅ……なると決めたはいいものの……どこの事務所を選べばいいのやら……」
 やっとのことで本調子を取り戻し、友人らを安心させて二週間。蘭子はどうやってアイドルになるかで悩んでいた。
 順当に考えれば、オーディションに応募して合格するのが自分からアイドルになる方法だ。少なくとも、往来でスカウト待ちをするほどの勇気はない。
 しかし、事務所選びというのは大切だ。事務所所属のタレントとして働く以上、プロデュース方針にマネジメントのシステムや福利厚生、過去にどういった仕事をしてきたか、気にするべきことは無限にある。
 それに、規模の大きい事務所であればそれだけオーディションの倍率も高い。自分の自信と倍率を天秤にかければ、どうしても自信が負けてしまう。
 その日も、ひとしきり調べて結局決まらず、休憩に推しを見ようとSNSを開いた―――その時。
「……ん? 新設芸能事務所、アイドルオーディション……?」
 ふと現れたサジェスト広告を、蘭子は反射的に開いていた。タイトル通り、今年新設されたばかりの芸能事務所が、来年一月よりデビューする一期生のアイドルを募集しているという。
 これまでの基準に当てはめるのであれば、新設の事務所は避けたいところだ。基盤が保証されていない以上、存続、タレントの扱い、関係者の手腕と、様々な面で不安がある。
 しかし、蘭子は募集のページをじっと見つめたまま、閉じることができなかった。
 ―――どうせ、アイドルになること自体が夢物語なら……新設事務所で一期生としてデビューして華々しく事務所の顔になってしまう、なんてサクセスストーリーも、アリなのでは。
 すぐ冷静になり、決まらなすぎてハイになったのか、と頭を振る。
 しかし、倍率は他と比べても低いことは明らかだ。悩んだ末に、友人と母にURLを送信して意見を仰ぐ。
 友人グループではすぐに返信。一期生という言葉の魅力に賛同する者と、不明瞭ゆえの危険性に言及する者で悩みの輪が広がっている。小麦からの返答は無し。
「うぅ~~ん……一期生……一期生かぁ……魅力的ではあるけど……」
 椅子を回してベッドに飛び込み、クッションを抱きしめながら転がる。あれこれと悩んでいるだけ時間は過ぎていく。わかってはいても、自分一人で決めるにはつらい。何か後押しが欲しいのだ。
 その時、スマホが震えて通知を知らせる。飛び跳ねるようにしてスマホを掴むと、小麦からのメッセージだった。
『当たって砕けろ!』
 拳の絵文字がついたその文字列を見て、蘭子は決心した。
 ―――この事務所で、ランはアイドル始めます!



 書類審査は、驚く程すんなり通った。オーディション当日、蘭子は事務所ビルの前に着く。指定された開始時間より、十五分も早かった。
「早すぎても失礼かな……いやでも、ギリギリとかよりはマシだろうし……」
 自動ドアの前でぶつぶつと呟いていると、ドアが開きスーツ姿の女性が出てくる。
「こんにちは。オーディション参加の子かな?」
「どぅえぇぁ! あっ、はい! あの、菓! 菓蘭子という者です!」
 しどろもどろになりながらも、なんとか自己紹介をする。女性は手元のタブレットと蘭子の顔を見比べて、笑顔で頷いた。
「はい、確認しました。すごいね菓さん、一番乗り! 今案内するから、中に入って」
 女性に先導されるまま自動ドアを潜り、ロビーの内装を見ていると、奥の廊下にもう一人女性がいる。
「後藤ちゃん、最初の子来たから連れてったげて」
「あいよ」
 クールな雰囲気をまとった後藤と呼ばれた女性は、手招きして廊下を歩いていく。蘭子も慌ててその後を追った。
 廊下の奥でエレベーターに乗り、扉が閉まると後藤が口を開いた。
「緊張してるー?」
「どぅぇ、はい! まあ……してます」
「そりゃしてるか。ま、リラックスして挑みなよ」
 短い会話が終わって数秒、エレベーターの扉が開くと、椅子の並べられた廊下に出る。
 一番奥、扉の前にある椅子にかけるよう伝えて、後藤は下の階へ降りていった。
 荷物を椅子の下に置いて、腰を下ろす。いてもたってもいられなくなり、ノートを開いて予想問答の確認を始めた。
 数分後、次の参加者がエレベーターから降りてくる。音で気が付いたものの、蘭子は決して視線を向けるまいと頑なに前を向き念仏のような音読を始めた。
 ―――今はライバル、情けは禁物!
 その後も続々とオーディション参加者が現れ、着席していく。やがてその数は、二十人近くにまでなった。
 予想以上の数になった、とノートから視線を外した矢先、目の前の扉が開く。
「えーでは……菓蘭子さん。お入りください」
「ぅはいっ!」
 油断した隙を突かれ、声が裏返る。いそいそとノートを片付け、部屋へ踏み入れた。
 面接官は三人。プロデューサーが二人に社長一人という構成だった。蘭子はまず履歴書の内容を問答で確認され、歌とダンスの披露では現在推しているアイドルグループの最新曲をセンターの振り付けで披露した。
 特技に関しては、小麦直伝の菓子作りについて熱弁し、そういった仕事もできると息巻く。
 事前に準備していたことを一通りやり終えると、社長の宝多がゆっくりと口を開いた。
「君のダンスと歌、とても練習しているのが伝わってくる。他の子をまだ見ていなくても、レベルが高いとわかるよ。だからこそ聞きたい……君はなぜ、この事務所を選んだのかな」
 全身の筋肉に、力がこもる。なぜ、この事務所を選んだのか。なぜ、推しと同じ場所を選ばなかったのか。
 深く呼吸して、声を張り上げる。答えはもう決まっている。
「わ、私は……ランは! ちっちゃい頃から、アイドルが好きで好きで、大好きで……! けど、好きって気持ちと、なりたいって気持ちは、別なんです! ファンとしては、普通の女の子の立場から、一生応援し続けてたい、けど! アイドルになりたいランは……推しに勝ちたいんです! 推しに勝って、唯一無二のアイドルだって、事務所の顔だって胸を張りたい! だから、だからランは今日ここに来たんです!!」
 精一杯、思いの丈を吐き出す。これが原因で落とされるなら、それでいい。大好きなアイドルになるために、悔いの残るような嘘は絶対につきたくない。
 脚が震える。自分の主張が子供のそれであることも、夢物語であることも理解はしていた。それでも、これだけは理解して欲しい。そう願っての言葉だった。
「なるほど、ありがとう。では本日はこれで終了となります。結果は一週間以内にメールで送信しますので」
「はっ、はい! あ、ありがとうございましたっ!」
 宝多の様子からは、何を考えているのか想像できなかった。受かるのか、落ちるのかわからない。そんな気持ちを抱えたまま、蘭子は事務所を後にした。



 翌日。緊張の余韻であまり眠れなかった蘭子は、いつもより二時間ほど遅れて目を覚ました。寝ぼけ眼で顔を洗おうとリビングを通ると、小麦に呼び止められる。
「おはよ。パンケーキできてるよ」
「んぁい……顔洗ったら食べます……」
 顔を洗いパックを着け、十五分後に食卓につく。そう言えばとスマホを確認すると、メールの着信があった。グッズ販売の報せか何かと思いノールックで開き、件名を読んでからパンケーキを喉につまらせる。
「ちょっと蘭子、大丈夫!?」
 小麦に水をもらい流し込んだあと、蘭子はスマホの画面を見せた。
「っは……ま、ママ上……ラン、アイドル……できるみたい」
 画面には、合格の旨を伝えるメールが映されていた。

 ―――人生は、お菓子みたいに甘くない。
 けど、生きていくには、甘いものをちゃんと摂って、希望を見出さなくちゃいけない。
 あの時観客席でもらったものを、今度はステージの上から配れる、そんなスイートでポップなアイドルに、ランはきっと、なってみせます―――

「ジュエリーガーデンプロモーション、オーディション一期生! 菓蘭子、十三歳です! よろしくお願いします!!」
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