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ZERO Season - 輝く前途を目指して
マイナス一話 Origin-出羽彩乃「あたしだけにできるハイジャンプ」
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―――流れっていうのは、できてしまえば自然なもので。
それに従って生きるのが当然、抗うのは意外。そんな考えが一般的。
けど、どうせ一度きりの人生なら。
流れに逆らって、大きく跳んでみたいから―――
ある中学校の体育館。今は女子バレー部がコートの半分を使い、紅白試合を行っていた。
ネットを超えてボールが跳び、それを選手が落とさぬよう打ち上げる。大概の学校で見るであろう、ごく一般的なバレーボールの光景だ。
そこにひとつ、特筆すべき事情があるとすれば、人数不足により部員でないものが一人混じっていることだろう。
「彩乃頼んだ!」
「よっしゃ任して!」
部員からのトスで高く打ち上がったボールを、勢いのある跳躍から渾身の力で叩きつける。ボールが床を打って跳ね、顧問の手でブザーが鳴り響いた。
☆
「おつかれー」
「おつかー、やっぱ彩乃超動けるねー」
試合の終了後、出羽彩乃はバレー部員たちから口々に賞賛の声をもらう。その光景も、彼女を取り巻く環境としては珍しいものではなかった。
彩乃の家族はスポーツ一家。父親は元選手の体操コーチ、長男がその技と熱意を受け継いで体操選手をしており、次男は水泳選手。そして長女がバドミントン選手をしている。大きな大会やテレビでその姿を見ることもあり、有名人といって差し支えない兄妹たちだろう。
しかし、そんな家に末っ子として生まれた彩乃は中学三年生現在、部活動に所属していなかった。これは校外でチームに属しているわけでもなく、かといって運動が嫌いなわけでもない。ただ単に、「家族とは何か違う道に進みたい」という願望を持って、彩乃はあえて特定のスポーツをやらずにいるのだ。
とはいえ、物心ついた時から運動やスポーツに囲まれて暮らしてきたこともあってか運動そのものは大好き、かつ能力も非常に高い彼女は、こうして運動部の穴埋めや手伝いに駆り出される三年間を送ってきていた。当人もそれに一切の不満はなく、適度に様々なスポーツを楽しめる環境を楽しんでいる。
その一方で、自分の将来という点では未だ展望が見えずに悩んでいた。
「もうそろ卒業見えてきたけど、彩乃何したいか決まったん?」
「いやー全然。なんかこう、これ! ってしっくりくるのがなくてさ」
進学を控えているとはいえまだ中学生、そう焦るものではない。という周りの意見も理解できるものの、ひとつの節目が迫ってきていることで、彩乃はどこか焦燥感に近いものを感じずにはいられなかった。
「いっそ芸能人やってみたら? お姉さん共々けっこう美人だし、スタイルいいし。いけるんじゃないの」
「芸能人~? あたしが? 何すんの?」
「何って……モデルとか、アイドルとか。上手くいきゃテレビ出れるよ」
冗談交じりであろう言葉に笑いながら、汗を拭いて天井を見る。体育館の強い照明は、一瞬のうちに網膜に焼き付き、視界を染める。
今までそんな考え方をしていなかったことがどこかで引っかかったのか、彩乃は自然と呟いていた。
「アイドル、かぁ」
視線を戻し、スポーツドリンクを喉に流し込む。独特の風味が体に染み入ってきたことを確認すると、鞄を持って体育館を出た。
夏休みは終わったというのに、まだ残暑が強く運動後の体がさらに汗をかく。首から下げたタオルで時折顔を拭きながら、帰路を走り始めた。ジョギングの要領で歩道を進みながら、頭ではさっき言われたばかりの言葉を反芻する。
確かに、家族揃って容姿はいい方らしい。上の兄はファンも多く、大学でもよくモテていると聞く。下の兄は異性との個人的な付き合いこそ少ないようだがこちらもファンが多く、姉も容姿のいいプロ選手ということから高校で一目置かれているらしい。
そう考えれば、今まで意識していなかった自分の容姿も、悪いわけではないのかもしれない。しかし、今までスポーツばかりでアイドルなどろくに見たこともない彩乃にとって、何をする職業なのかがいまいちわからなかった。
「調べて、みるかっ」
少し興味が湧いてきたことを自覚しながら、彩乃は少し走る速度を上げた。
☆
家に帰り着き、シャワーを浴びて服を着替える。それから自室へ行き、アイドルについて調べ始めた。
仕事の基本は歌って踊ること。それ以外にも、バラエティや演技など活動の幅は広い。
しかし、芸能人というからにはただ容姿がいいだけではやっていけないはずだ。自分ができそうなことが何かあるかと、検索ワードに運動やスポーツを加えてみる。
彩乃にとっては意外なことに、該当するものは多く見つかった。様々なスポーツ企画に挑戦する男性アイドルや、運動神経を活かしてライブやテレビパフォーマンスでバック転を披露するアイドル、更には筋肉を売りにする女性アイドルなど、体力や運動神経を持ち味とする者たちを見ていく。
勿論、ただ運動神経が良いだけでは足りない。それをダンスとして活かすことができなければ意味がなく、歌やトークのスキルがなければそもそも仕事はもらえないだろう。
しかし、彩乃はいつの間にかスマホの画面を食い入るように見つめ、時間を忘れて没頭していた。今まで目を向けたことのない世界にも、自分が入る余地があるかもしれない。そう考えると、心の奥から湧き上がる好奇心を抑えることができなかった。
「彩乃! ご飯できてるってんでしょ!」
「どあっ!」
部屋の扉を開けて、姉の碧葉(あおば)が声を荒げる。やっとのことで我に返った彩乃は、いそいそとリビングへ歩いていった。
どうせなら、この機にアイドルに興味が出たと言ってみよう。
この時既に、彩乃はアイドルをやってみたい、と無意識のうちに考えるようになっていた。
「お、お待たせ~」
「おせーよ、お前の分食ってやろうかと思ったわ」
「何してたんだ?」
次男の雅晴(ただはる)と長男の佑(たすく)は既に夕飯を半分ほど食べ進めており、自分がどれだけ熱中していたのかがわかる。
席について食事を始めながら、彩乃は恥じらい混じりに話しだした。
「いやさ……ちょっと友達から言われたんだけど……あたしさ、その」
「んだよ、もったいぶってねーで言えよ」
「雅晴ほんとデリカシーないね」
「はあ?」
食卓で喧嘩が始まりそう、というのはままあることなのだが。そうなってしまうと自分の話ができないため、彩乃は勇気を出して少し大きな声を出した。
「あっ! アイドル……やってみたいなー、なんて」
沈黙。特に兄たちには、すぐに笑われるだろうと思っていただけに、その意外な反応が何を示しているのかわからず、彩乃は口に入れたものの味もわからないほどに緊張していた。
しかし、黙っている兄妹たちは驚いている様子もなく、いつもの様子で食事を進めている。
やがて咀嚼を終え飲み込んだ佑が笑顔で言った。
「いいんじゃないか、やってみろよ」
「え」
笑われることを覚悟して話した方としては、肩透かしにも近い感覚を覚えてしまった。驚いているうちに、次は雅晴が口を開く。
「んなことかよ。やりゃいいだろ別に」
こちらも意外。最も馬鹿にしてくるだろうと身構えていた下の兄は、大したリアクションもなしに食事を再開してしまった。
思わず食事の手を止める彩乃に、続いて碧葉が声をかける。
「それでずっと調べ物してたのか。いいんじゃないの、彩乃ならいいとこ行けるでしょ」
「……なんか、あっさりしてる」
普段通りの食卓の中で、自分だけが変に張り切っていたように思えてしまい、彩乃はどこかやるせない気持ちになってしまった。
そんな様子を見て、佑が笑う。
「はは、なんだ。笑われるかもって思ってたか?」
「心底どーでもいいわ」
「雅晴がそういう性格だから彩乃が萎縮すんだよ」
またもにらみ合う碧葉と雅晴を尻目に、両親に目をやる。母の和美は佑と同じように、笑顔で頷いた。
「いいじゃないアイドル! 彩乃がやりたいなら応援するよ。可愛いからいけるいける!」
その横で唐揚げを頬張っていた父の悟史も、なんのことはないというように答えた。
「彩乃がやりたいんならやってみりゃいい。ただ、お前から途中で投げ出すようなことはするなよ。責任持ってしっかりやる、覚悟決めてからいけ」
兄妹たちがプロ選手を目指すと言った時と同じ言葉。食卓という場で明るい雰囲気を崩さなかったその一言は、口調の軽さとは裏腹に覚悟を問いかけており、それと同時に彩乃の決意を認めるものでもあった。
自分にとっては、将来を左右する一世一代の宣言のつもりだったが、当の家族には軽く流されてしまった。少なくとも両親の態度は信頼から来るものだとわかってはいても、どこか悔しく感じてしまう。
「うん!」
半ば怒り気味に答えると、彩乃は唐揚げにかぶりついた。
―――どうせやるなら、兄妹に負けないくらい有名人になってやる。
☆
それから、彩乃は友人らにアイドルになると檄を飛ばし、歌とダンスのレッスンを始めた。独学という形ではあるものの、元より高い運動神経と瞬発力を持つ彩乃は短期間のうちにめきめきと腕を上げ、バック転もできるようになった。歌に関しては周囲曰く「まあ平均よりちょっと上」くらいではあるが、それでも下手と言われるよりは遥かにマシなはずだ。
挑戦する先は、彩乃の決意に興味を持った碧葉が新設されたばかりの芸能事務所を見つけてきたため、そこへ応募することにした。
そうしてひと月半が経過し、オーディションの当日。彩乃は朝から大忙しだった。和美と碧葉から着ていく服をあれこれと指示され、やったこともないメイクを施され、家を出る前に目が回ってしまいそうだった。
どうにか身支度を終え、玄関に立つ。まともにおしゃれをすることなど初めてで、その練習は全くしていなかったこともあり彩乃の顔はほんのりと赤くなっていた。
「なんだ彩乃、もう緊張してんの」
リビングから顔を出した雅晴が、半笑いでからかう。碧葉が睨み返すと、すぐに引っ込んだ。
「リラックスしていけよ」
「楽な気持ちでいけ、落ちてもいいんだから」
佑と悟史も一言ずつ声をかけてからリビングや自室へ戻っていく。最後に和美が彩乃の体を玄関扉の方へ向け、碧葉がその背を強めに叩いた。
「自信持って! 彩乃なら大丈夫」
「負けんじゃないよ」
胸に手を当て、深呼吸する。そして、家族から貰った激励を頭の中で反芻した。
「ん……行ってくる!」
―――新しいことに挑戦するには、勇気が必要だ。
高く跳ぶには、折れないためには、その分の強い勇気がなくちゃいけない。
だから、誰が何と言おうと。
これがあたしの進む道って、全力で言ってやるんだ―――
「ジュエリーガーデンプロモーション、オーディション一期生! 出羽彩乃、十五歳です! よろしくお願いします!」
それに従って生きるのが当然、抗うのは意外。そんな考えが一般的。
けど、どうせ一度きりの人生なら。
流れに逆らって、大きく跳んでみたいから―――
ある中学校の体育館。今は女子バレー部がコートの半分を使い、紅白試合を行っていた。
ネットを超えてボールが跳び、それを選手が落とさぬよう打ち上げる。大概の学校で見るであろう、ごく一般的なバレーボールの光景だ。
そこにひとつ、特筆すべき事情があるとすれば、人数不足により部員でないものが一人混じっていることだろう。
「彩乃頼んだ!」
「よっしゃ任して!」
部員からのトスで高く打ち上がったボールを、勢いのある跳躍から渾身の力で叩きつける。ボールが床を打って跳ね、顧問の手でブザーが鳴り響いた。
☆
「おつかれー」
「おつかー、やっぱ彩乃超動けるねー」
試合の終了後、出羽彩乃はバレー部員たちから口々に賞賛の声をもらう。その光景も、彼女を取り巻く環境としては珍しいものではなかった。
彩乃の家族はスポーツ一家。父親は元選手の体操コーチ、長男がその技と熱意を受け継いで体操選手をしており、次男は水泳選手。そして長女がバドミントン選手をしている。大きな大会やテレビでその姿を見ることもあり、有名人といって差し支えない兄妹たちだろう。
しかし、そんな家に末っ子として生まれた彩乃は中学三年生現在、部活動に所属していなかった。これは校外でチームに属しているわけでもなく、かといって運動が嫌いなわけでもない。ただ単に、「家族とは何か違う道に進みたい」という願望を持って、彩乃はあえて特定のスポーツをやらずにいるのだ。
とはいえ、物心ついた時から運動やスポーツに囲まれて暮らしてきたこともあってか運動そのものは大好き、かつ能力も非常に高い彼女は、こうして運動部の穴埋めや手伝いに駆り出される三年間を送ってきていた。当人もそれに一切の不満はなく、適度に様々なスポーツを楽しめる環境を楽しんでいる。
その一方で、自分の将来という点では未だ展望が見えずに悩んでいた。
「もうそろ卒業見えてきたけど、彩乃何したいか決まったん?」
「いやー全然。なんかこう、これ! ってしっくりくるのがなくてさ」
進学を控えているとはいえまだ中学生、そう焦るものではない。という周りの意見も理解できるものの、ひとつの節目が迫ってきていることで、彩乃はどこか焦燥感に近いものを感じずにはいられなかった。
「いっそ芸能人やってみたら? お姉さん共々けっこう美人だし、スタイルいいし。いけるんじゃないの」
「芸能人~? あたしが? 何すんの?」
「何って……モデルとか、アイドルとか。上手くいきゃテレビ出れるよ」
冗談交じりであろう言葉に笑いながら、汗を拭いて天井を見る。体育館の強い照明は、一瞬のうちに網膜に焼き付き、視界を染める。
今までそんな考え方をしていなかったことがどこかで引っかかったのか、彩乃は自然と呟いていた。
「アイドル、かぁ」
視線を戻し、スポーツドリンクを喉に流し込む。独特の風味が体に染み入ってきたことを確認すると、鞄を持って体育館を出た。
夏休みは終わったというのに、まだ残暑が強く運動後の体がさらに汗をかく。首から下げたタオルで時折顔を拭きながら、帰路を走り始めた。ジョギングの要領で歩道を進みながら、頭ではさっき言われたばかりの言葉を反芻する。
確かに、家族揃って容姿はいい方らしい。上の兄はファンも多く、大学でもよくモテていると聞く。下の兄は異性との個人的な付き合いこそ少ないようだがこちらもファンが多く、姉も容姿のいいプロ選手ということから高校で一目置かれているらしい。
そう考えれば、今まで意識していなかった自分の容姿も、悪いわけではないのかもしれない。しかし、今までスポーツばかりでアイドルなどろくに見たこともない彩乃にとって、何をする職業なのかがいまいちわからなかった。
「調べて、みるかっ」
少し興味が湧いてきたことを自覚しながら、彩乃は少し走る速度を上げた。
☆
家に帰り着き、シャワーを浴びて服を着替える。それから自室へ行き、アイドルについて調べ始めた。
仕事の基本は歌って踊ること。それ以外にも、バラエティや演技など活動の幅は広い。
しかし、芸能人というからにはただ容姿がいいだけではやっていけないはずだ。自分ができそうなことが何かあるかと、検索ワードに運動やスポーツを加えてみる。
彩乃にとっては意外なことに、該当するものは多く見つかった。様々なスポーツ企画に挑戦する男性アイドルや、運動神経を活かしてライブやテレビパフォーマンスでバック転を披露するアイドル、更には筋肉を売りにする女性アイドルなど、体力や運動神経を持ち味とする者たちを見ていく。
勿論、ただ運動神経が良いだけでは足りない。それをダンスとして活かすことができなければ意味がなく、歌やトークのスキルがなければそもそも仕事はもらえないだろう。
しかし、彩乃はいつの間にかスマホの画面を食い入るように見つめ、時間を忘れて没頭していた。今まで目を向けたことのない世界にも、自分が入る余地があるかもしれない。そう考えると、心の奥から湧き上がる好奇心を抑えることができなかった。
「彩乃! ご飯できてるってんでしょ!」
「どあっ!」
部屋の扉を開けて、姉の碧葉(あおば)が声を荒げる。やっとのことで我に返った彩乃は、いそいそとリビングへ歩いていった。
どうせなら、この機にアイドルに興味が出たと言ってみよう。
この時既に、彩乃はアイドルをやってみたい、と無意識のうちに考えるようになっていた。
「お、お待たせ~」
「おせーよ、お前の分食ってやろうかと思ったわ」
「何してたんだ?」
次男の雅晴(ただはる)と長男の佑(たすく)は既に夕飯を半分ほど食べ進めており、自分がどれだけ熱中していたのかがわかる。
席について食事を始めながら、彩乃は恥じらい混じりに話しだした。
「いやさ……ちょっと友達から言われたんだけど……あたしさ、その」
「んだよ、もったいぶってねーで言えよ」
「雅晴ほんとデリカシーないね」
「はあ?」
食卓で喧嘩が始まりそう、というのはままあることなのだが。そうなってしまうと自分の話ができないため、彩乃は勇気を出して少し大きな声を出した。
「あっ! アイドル……やってみたいなー、なんて」
沈黙。特に兄たちには、すぐに笑われるだろうと思っていただけに、その意外な反応が何を示しているのかわからず、彩乃は口に入れたものの味もわからないほどに緊張していた。
しかし、黙っている兄妹たちは驚いている様子もなく、いつもの様子で食事を進めている。
やがて咀嚼を終え飲み込んだ佑が笑顔で言った。
「いいんじゃないか、やってみろよ」
「え」
笑われることを覚悟して話した方としては、肩透かしにも近い感覚を覚えてしまった。驚いているうちに、次は雅晴が口を開く。
「んなことかよ。やりゃいいだろ別に」
こちらも意外。最も馬鹿にしてくるだろうと身構えていた下の兄は、大したリアクションもなしに食事を再開してしまった。
思わず食事の手を止める彩乃に、続いて碧葉が声をかける。
「それでずっと調べ物してたのか。いいんじゃないの、彩乃ならいいとこ行けるでしょ」
「……なんか、あっさりしてる」
普段通りの食卓の中で、自分だけが変に張り切っていたように思えてしまい、彩乃はどこかやるせない気持ちになってしまった。
そんな様子を見て、佑が笑う。
「はは、なんだ。笑われるかもって思ってたか?」
「心底どーでもいいわ」
「雅晴がそういう性格だから彩乃が萎縮すんだよ」
またもにらみ合う碧葉と雅晴を尻目に、両親に目をやる。母の和美は佑と同じように、笑顔で頷いた。
「いいじゃないアイドル! 彩乃がやりたいなら応援するよ。可愛いからいけるいける!」
その横で唐揚げを頬張っていた父の悟史も、なんのことはないというように答えた。
「彩乃がやりたいんならやってみりゃいい。ただ、お前から途中で投げ出すようなことはするなよ。責任持ってしっかりやる、覚悟決めてからいけ」
兄妹たちがプロ選手を目指すと言った時と同じ言葉。食卓という場で明るい雰囲気を崩さなかったその一言は、口調の軽さとは裏腹に覚悟を問いかけており、それと同時に彩乃の決意を認めるものでもあった。
自分にとっては、将来を左右する一世一代の宣言のつもりだったが、当の家族には軽く流されてしまった。少なくとも両親の態度は信頼から来るものだとわかってはいても、どこか悔しく感じてしまう。
「うん!」
半ば怒り気味に答えると、彩乃は唐揚げにかぶりついた。
―――どうせやるなら、兄妹に負けないくらい有名人になってやる。
☆
それから、彩乃は友人らにアイドルになると檄を飛ばし、歌とダンスのレッスンを始めた。独学という形ではあるものの、元より高い運動神経と瞬発力を持つ彩乃は短期間のうちにめきめきと腕を上げ、バック転もできるようになった。歌に関しては周囲曰く「まあ平均よりちょっと上」くらいではあるが、それでも下手と言われるよりは遥かにマシなはずだ。
挑戦する先は、彩乃の決意に興味を持った碧葉が新設されたばかりの芸能事務所を見つけてきたため、そこへ応募することにした。
そうしてひと月半が経過し、オーディションの当日。彩乃は朝から大忙しだった。和美と碧葉から着ていく服をあれこれと指示され、やったこともないメイクを施され、家を出る前に目が回ってしまいそうだった。
どうにか身支度を終え、玄関に立つ。まともにおしゃれをすることなど初めてで、その練習は全くしていなかったこともあり彩乃の顔はほんのりと赤くなっていた。
「なんだ彩乃、もう緊張してんの」
リビングから顔を出した雅晴が、半笑いでからかう。碧葉が睨み返すと、すぐに引っ込んだ。
「リラックスしていけよ」
「楽な気持ちでいけ、落ちてもいいんだから」
佑と悟史も一言ずつ声をかけてからリビングや自室へ戻っていく。最後に和美が彩乃の体を玄関扉の方へ向け、碧葉がその背を強めに叩いた。
「自信持って! 彩乃なら大丈夫」
「負けんじゃないよ」
胸に手を当て、深呼吸する。そして、家族から貰った激励を頭の中で反芻した。
「ん……行ってくる!」
―――新しいことに挑戦するには、勇気が必要だ。
高く跳ぶには、折れないためには、その分の強い勇気がなくちゃいけない。
だから、誰が何と言おうと。
これがあたしの進む道って、全力で言ってやるんだ―――
「ジュエリーガーデンプロモーション、オーディション一期生! 出羽彩乃、十五歳です! よろしくお願いします!」
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