悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに

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物語の悪役令嬢

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この物語の主人公は私では無い。
なぜそう言い切れるかというと私が別世界からの転生者だからだ。
私は前、女子大学生だった。電車に乗っていた時に交通事故に合って、気がついたらこの世界にやって来ていた。
この世界は私の大好きな少女向けの本、『レイアと星の国』の物語の中だ。

小さい頃に見つけた、本棚の奥に埃被っていた綺麗な装飾で洋書にも見える分厚い本。
どの本屋に行っても売っているところを見たことがないこの本は私にとって宝物だった。

綺麗で夢のある世界観に浸る時間が何よりも好きだった。
でもこの世界に転生してきたと分かった時私は心から素直に喜べなかった。

「なんで、ココなんだろう。」
ココ・レイルウェイズ、彼女はヒロインのライバルであり、彼女を貶める悪役令嬢だった。

何度見ても鏡に映るのは吸い込まれそうなほどの漆黒の髪にルビーのような透き通る赤い瞳。
水色のドレスを両手で持ち、くるりと回ってみる。繊細なレースがひらりと舞う。

大好きな物語だったはずなのになぜか内容を深くまで思い出せない。
私が大学生になってから忙しく、サークルやバイトばかりで、読書をしていなかったからかもしれない。
大事な物語だったのにその存在を忘れてしまっていた。もしかしたらこれは天罰なのかも。

「そうだとしてもやっぱり夢みたいだよ。」
白いカーテンを開けると城下町が広がる。
異国の街が愛おしくて、懐かしい。

「ココ様、準備にまいりましたよ。」
「ええ、お願いね。」
エリスが私の髪をくるくると巻き上げていく。

この物語では悪役令嬢のココは、ノア殿下に婚約破棄されて、遠い地でゆっくりと過ごす。
婚約破棄も、遠い地での暮らしもまったく苦ではないし、この世界に居られるだけ幸せだ。

「ココ様、先程ノア殿下が、伯爵令嬢を連れて街に出かけたらしいですよ。」
そう思っていたのに実際この立場になるとノアのクズっぷりがすごい。

「…教えてくれてありがとう。」
正直、ちょっと悪い男というのは女の子に需要がある。だから私も昔この物語を読んだ時にはノアのことが嫌いではなかったはずだ。
しかし、そういう男が本領発揮するのは特別な女の子の前でだけ。
そこまでがセットだから、かっこいいのだ。
つまり私にとってはただのクズ。

私が悪役令嬢ではなくても、婚約破棄は時間の問題。
「今日はちょっと、宮廷医師のところに第1王子の様子を聞きに行ってくるわね。」
「まあさすがココ様、お優しいですね。」
第1王子のユアン殿下は日々お務めや訓練に励んでいるけれど、小さい頃から体が弱い。
そのため、『レイアと星の国』では、国王の第1王子の補佐として、第2王子のノアも政治に大きく関わるのだ。

なのになんだか、朧気な記憶の物語の中よりもこの世界のほうが、第1王子の体調が良くない気がする。
「イーサン、今ちょっと時間大丈夫かしら。」
「ええ、なんでしょう。」
穏やかで優しい笑顔を浮かべる老人が、この城の宮廷医師である。
「ユアン殿下の今日のご様子は?」
「昨日、剣の訓練に励みすぎたようでしてね、熱をだしておられているのですよ。残っている仕事があると無理をなさっていたので、薬を処方して休息をとってもらっておるのです。」
「そうなのね。」
そんな時に私の婚約者は女の子と遊びに出ているのか。

呼び戻しに行けるのは今私だけだ。
そろそろノアにも王太子殿下としての責任を持ってもらいたい。

部屋に戻ると水色のドレスを脱いで、ベージュのワンピースに着替えた。つばの広い帽子を被って顔を隠す。
公爵令嬢が護衛無しで1人で出かけるなんて考えられないことだけど、ノアを呼び戻す以外にも、私には確かめたいことがあるのだ。
誰にも見られない秘密の出口から、ひっそりと抜け出した。

この城下町を1人で歩くのは初めて。
ヒールを鳴らして歩く街は物語のままで、綺麗な景色に目を奪わる。
街にも水晶の飾りがありとあらゆる所にあり、街全体が光を反射してきらきらしていた。

「あ、ここかしら。」
私が開けた扉は、街の酒場。この酒場が目当てだった。
「いらっしゃい。」
店主のおじさんの前にあるカウンターの隅に座る。
「お嬢さん何飲むかい?」
「あ、では、ノンアルコールカクテルで。」
「はいよ。」
実年齢は成人済みだが、この物語のココはまだ17歳だ。
届いた飲み物をちびちびと飲みながらこっそり周りを窺う。

私が探している情報はこの物語のヒロイン、レイアについてだ。
彼女はそろそろ登場していてもおかしくない。もしかしたらもうすでに私の知らないところでノアと接触しているかもしれない。

違う国からやってきたレイアは世間知らずで、この酒場で知り合いができるシーンがあった。
もしかしたら、彼女についての話を耳にできたりするかも。

しばらくすると、大きな足音が聞こえた。
ドアが勢いよく開いて、体格のいい男たちのシルエットが見える。

「いらっしゃい、リアム。」
店主が親しげに名前を呼ぶ。
「あ、」
呼ばれた彼の後ろに白銀の髪が見える。
ユーリア。
髪と同じ色のその白銀の瞳が私を捕らえると驚きの表情が浮かぶ。
そのまま口を開こうとして、思いとどまって慌てて手でその口を抑えた。
自然な動きで私の隣に座ると、不安げな表情を浮かべてぼうしをそっと覗き込んでくる。

「ココ様ですよね。なんでこんなところに。」
彼は第1王子近衛騎士団のひとり。ユーリア・クリスフォードだ。
「ちょっと用があってね。隠密なの。」
そう言って口の前に1本の指を立てる。

それにしてもわたしの顔をよく覚えていたものだ。
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