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43. 兄弟
しおりを挟む弟とキースが部屋を出て行った後、部屋の灯りをベッド脇のサイドボードに置いてあるキャンドルライトだけにして、窓辺に行った。
空を見上げると、半月よりも少しふっくらした形の月が西に傾いていた。
昔、と言っても、学園に通う前の事なのだが、夜中に眠れなくて、窓辺で空を見上げて月を眺めていた事があった。
リンジー様の事を考える。
彼女が生まれ、俺達兄弟が初めて会いに行った時の事は、今でも鮮明に思い出せる。
それまでに見たどの赤ちゃんよりも、一番可愛かった。
本当は、俺達兄弟のどちらかが彼女の婚約者になると言う話だった。
俺とローランドは、その小さな手が可愛いくて、指で擽るように触ったりしていた。
そうすると、指を握ってくるのだ。
指を握られると、何とも言えないむず痒い感じが胸に広がる。
だが、俺の指は離すのに弟の指を離そうとしない。
帰る事になっても離さないから、無理矢理離すと、火が着いたみたいに大泣きする。
困った弟は、もう一度自分の指を握らせるとピタッと泣き止み、ニッコリ笑う。
その様子に、両親とお館様夫妻が頷き合うのを見た俺は、何故か物凄く嫌な予感がした。
そして、その予感は的中する。
弟がお嬢様の婚約者に決まったのだ。俺は、目の前が真っ暗になった。
両親に必死で頼んだ。弟ではなく、俺をお嬢様の婚約者にしてくれと…。
だが、その願いは叶えられなかった。
それはこの土地を護る為の、昔から繰り返された儀式だったからだ。
強い血を残す為に、何の思惑も絡まない、本能が選ぶ最も伴侶となるに相応しい相手を選ぶ、神聖な儀式“結魂(結ばれるべき魂を選ぶ)の儀”と呼ばれるものだと知ったのは、かなり後の事だった。
そして、婚約者が死ぬ事以外では、王族だけがそれを覆す事が出来る。
だから、お嬢様がランディ(元)王太子の婚約者に決まった時、弟との婚約者は無かった事にされたのだ。
それ故に、王太子の婚約者でなくなった現在、いくらお嬢様が婚約を拒否していたとしても、未だ弟は婚約者のままだという事は、暗黙の了解として一族の間で周知されている。
だから余計に腹が立つ。
あいつがお嬢様の傍を離れ、戻って来たと思えば、災厄を招き入れただけでなく、中途半端にお嬢様とその災厄であるリーゼロッテ、そのどちらにも心を砕いているという事に…。
お嬢様の事だけを護衛するからこその専属であるにも拘わらずだ。
専属護衛としての責任を果たす事で、リーゼロッテがお嬢様に危害を加えるのならば、排除すればいいだけの事なのに、中途半端な事をしている。
一体誰の為の専属なのか?
何の為の専属か分かっているのか?
その事は、俺だけでなく、一族の間でも問題視されだした。
だから俺が、ここへ来なければならなくなったというのに…。
ふと、視線を感じてそちらを見た。
眠れなくて、同じように月を見ていたのだろうか?
窓辺にいるお嬢様と眼が合った。と思ったら、その姿はすぐに消えた。
胸にズキッ!とした痛みが走る。
『俺ならば、あなたにそんな顔をさせないのに…。』
許されない想いに胸が苦しくなる。
なのに、お嬢様を悲しませるような事をしている弟が、俺がどれ程強く望んでも叶わない位置に居続けている。
その事を羨み、嫉妬と憎しみに苦しむ俺の気持ちなど知らないまま…。
そして俺はまた眠れない夜を過ごす。
~~~~~
昨日、今後の事を話し合い、“お嬢様に対して害を与えるならば、リーゼロッテを排除する”という方針に、ローランドが「一晩考えさせて欲しい。」と言ったので、答えを聞く為に俺が泊まっている部屋に呼び出した。
「さぁ、答えを聞こうか。」
まだ迷っているのか、何か言おうとしては黙り込むのを繰り返す。
決断させる為に言った。
「お前はまだ分かっていないのか?前回、お前の中途半端な態度が、お嬢様の心も身体も深く傷つけた事を忘れたのか?」
「けど、だからと言ってリゼを…。」
「今度は永遠に失ってしまうつもりか!!」
苛立った俺は声を荒げた。
「 ッ!? 」
「口先だけなのかお前の気持ちは!!」
「… そんな事は…!」
「ならば見せてもらおう。お前の心根とやらを…!」
そう言って、ローランドを下がらせた。
入れ違いにキースが部屋に入って来た。
「やっぱり、捨てきれなかったみたいですね。」
「キース、すまないがあいつのフォローを頼む。このままでは、最悪の事態になりかねない…。」
「了解。けど、俺も納得出来ないですよ。」
そう言って、キースは下がっていった。
扉が閉まるなり、拳で机を殴った。
「俺だって納得などしていない!」
誰に聞かせるともなくそう呟いた。
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