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若王子亮介
しおりを挟むそれからは多忙の毎日だった。
寝る間も惜しんで勉強したし、円滑に話を進められるよう、コミュニケーションについて書かれた本も片っ端から読み漁った。
しかし、そんな大変で辛いことが多い毎日の中にも、唯一の楽しみがあったのだ。
「おはようございます」
「あ、おはようございます...姫神先生」
それは、彼の顔の傷が日に日に良くなっていくこと。
実習が終わる頃にもなると、とても綺麗な顔が現れて驚いたのを良く覚えている。
こんな綺麗な顔に傷を付ける輩がいることに憤りを感じると共に、この人がどんな人間なのかが気になった。
あんな女に騙されるなんてよっぽど能天気なのか、ただ単にお人好しなのか...愛を囁いてくれるなら誰でもよかったのか...。
気付いた頃には、彼のことを考える時間は多くなっていた。
「亮介...最近全然構ってくれないね」
「僕だって忙しいんだよ」
狭いワンルームのアパートに突然押し掛けてきた彼女は、許可もなく冷蔵庫を開け勝手に調理を始める。
目頭を解しながら煙草に火をつけると、彼女は突然声を荒らげた。
「煙草はやめてって言ったでしょ!?私、煙草の匂いは好きじゃないの」
...実に面倒くさい。
彼女にして欲しいって言われた時、適当に返事をするんじゃなかった。
好きでもない、興味もないのにズルズル半年も引っ張ってしまった自分が100悪いけど、この辺が潮時だな。
「煙草はやめない」
本を閉じてキッチンに立つ彼女の手を掴んだ。
煙草を咥えたままの僕を見て、凄く嫌そうに顔を顰める。
「帰って」
「...は、なに言ってんの...今来たばっかで...」
「悪いけど、煙草と君なら迷わず煙草を取るような男だから、帰って欲しい」
信じられない、何こいつ。と言いたげな目をしながら、彼女は僕の胸に飛び込んだ。
「危な...っ、灰落ちたらどうすんだよ...」
「酷い...私本当に亮介のことが好きで...」
「...ごめんね。もう終わりにしよ」
引っ付いて離れない彼女を半ば強引に追い出す。
玄関のドア越しに泣く彼女の声を聞いて、我ながら最低だと思った。
でもこのままズルズル行くより、この機会に別れを告げておいたほうが彼女のためにもなるだろう。
半年付き合ってみたけど、結局彼女のことは何も知らないし、知りたいとすら思わなかったなんて
「人間として欠陥があるのかな...僕は」
他の人より喜怒哀楽の感情や、思いやりが欠如している。
でも、姫神政宗と言う1人の男に興味を持った瞬間、僕は今までにないくらい高揚した。
人と言う計り知れない生物。
計り知れないのであれば、最初から知る必要はないと冷めていた感覚が、1人の男によって呼び起こされた。
同性であり、歳上である人間のことを、僕はもっとよく知りたいと思ったのだ。
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