魔法使いと栗色の小鳥

宵川三澄

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21話

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「落ち着いたかい?」
キースの部屋に入りソファに横たえられて、イルネギィアはようやく息を整えた。冷たい水がおいしい。
「はい…。あの、あの方は…?」
キースは笑う。
「死なない程度に使ったから」
魔法のことだ。今日はイルネギィアの魔力をキースが実践で使うと言っていたから。
眼前で青年が心臓を抑え倒れたとき、同時に自分にも負担が来た。
初めてのときほどではないが、足が震えて支えがなければ立っていられなかった。
……もしかしたら、震えていたのは人を傷つけた恐怖からかもしれないけれど。


夕べのうちに二人はキースの部屋で打ち合わせした。
ランプの明かりの揺れるその部屋は、後ろめたい計画には似合いだった。
だが、そんな思考はそれを本業にしているキースには無縁だったが。

「魔法をかける場合、その術者と対象、つまりターゲットとの距離には意味があるんだ。たとえば触れている相手と触れていない相手では同じ魔法でも魔法の効果に差が出る」
イルネギィアは顔をあげる。
「普通は魔法は近くにいる相手にしか かけられない、と言っていい。でも、それはどうしてか。魔法は魔力を使う。その魔力をターゲットに注ぐことで魔法は発動するわけ。魔力を見えない相手に間違いなくその量だけ注ぐことは難しい。だから、自分の魔力を使う〝魔法使い〟はターゲットに近い場所で魔法は発動させる」
「魔法で大切なのは魔力とターゲットの距離…なんですね」
「そう。だから〝魔力庫〟のみの役割の人間というのは軍では存在しない。皆、魔法を使える人間だ。一般人を〝魔力庫〟とするのは危険が多いから。きみほどの強力な魔力でなければ、僕もこんなことはしないよ。まあ、きみも純粋に〝魔力庫〟だけの人間ではないしね。きみの暗示の魔法は素晴らしい」
そうなのかな? とイルネギィアは小首をかしげる。
「話が逸れたね。僕自身、他人の魔力を使うことに慣れていない。きみを実践に使うには練習が必要だ…。で、明日、きみに呼び出してもらいたい人間がいるんだ」

――それが、ギルバートだった。


「…いやだ、と言わないね。イリーは」
横たわるイルネギィアの傍らに腰掛け、キースは髪を撫でてくれている。
――この方の体温は思ったより高い。冷たい体に心地良い。
言われた言葉にイルネギィアは疑問を持つ。
「…あたし…そのために ここにいるのじゃありませんか?」
言って、ああ、と思う。この方の聞きたいのはあたしの気持ちなんだ。
「…人に魔法を使うのに抵抗がないわけじゃありません…」
キースが うん、と目を伏せる。
「でも…キース様は…。きっと誰かを助けるために魔法をお使いです…」
キースはその手を止めた。
「なぜそう思うの」
「そう仰いました…。ここに、公爵夫人とテオドール様がおられるから魔法を使っているって…。それに」
そう言ってキースの手に自分の手を重ねて動いてくれ、とねだる。触られるのが気持ちいい。もっと続けて欲しいから。
「あたしを助けてくれました…」
そう、覚えている。
このままだと人に危害を加える可能性を持っていた魔力もちの自分を、この方は助けるために懐に抱えた。あの日、彼はマーネメルト男爵や他の人にも魔法を使ったけれど、それは、あたしを助けるための手段だったのだもの。
助けてくれ、と願った自分。
――ありがたかった。

「…素直で可愛いイリー。でも、もう少し他人を疑いなよ。僕だって、自分のために動いているんだからさ」
どんな理由ですか? と目で訴えた。小犬のような濡れそぼる瞳。キースはこの綺麗な形の目が好きだ。
「僕はとある女性から逃げているんだ。けど、それに掴まるように願っている人がいる。これをなんとかしたいんだよ」
イルネギィアは瞠目する。初耳だ!

「…ご縁談があるのですか!?」

勿論、イルネギィアもキースが結婚相手を探さなければならないのは知っている。だが、正直ここまで具体的な話を聞くとは思わなかった。キースに対して結婚を熱望しているご令嬢がいるのだ。
はた、と自分の髪を梳いてくれているキースの手を見た。気持ち良くって離れて欲しくないのに、この手に甘えるのはいけないことなのだろうか。
「言っておくけど、その女性と結婚する気は毛頭ないの」
息を詰めていたイルネギィアは一気に大きく呼吸をした。
「びっくりしすぎました…」
「銀髪の女性がいたら、口説けって言っていたくせに」
「あれは…だって…」

なんだかおかしい。恋人同士みたい。そうイルネギィアは思う。
変なの、と。
それから、イルネギィアは頭の中を整理しなくちゃ、と考える。

「えっと…、キース様はその〝とある女性〟とは結婚なさるつもりはないのですね。でも、第三者はそれをキース様にお勧めになっている…。ということですか」
「そう。そして、その第三者の行動に僕はちょっと困っているってこと。
だいたい、僕は外に恋愛を求めているしね」
「ええ!?」
「言っていなかったっけ? 僕が結婚するのは貴族の面目を保つためだけのつもり。出来れば子供も外の女性との間に作りたい。ただ、それには色々問題があるからそういう相手はなかなか見つからないね」
イルネギィアは目がくるくる廻る。
「キース様、それは本当に不埒なお考えですっ。こ、公爵夫人がお叱りになりますぅっ」
「え、なんか、相手次第らしいよ、母上は。まぁ、貴族じゃよくあることだしね」

えええー、乱れてるーーー!

はわわと慌てるイルネギィアの髪をキースはまた優しく梳いた。
思わず 気持ちいい、とはぁとため息吐くイルネギィアの口元の色は甘い。
「そういう顔すると、イリーもなかなか色っぽいね」
そう言いながら何気に眼鏡を外し、キスを落とす主の舌にイルネギィアはいつもの受身をやめて、ちょっと強めに噛み付いた。驚いてキースは唇を離す。

「どこで覚えたの」
「夢で、ですよ!」

イルネギィアは怒っているようだった。
さっきまで、あんなにしおらしかったのに。

キースはそれに
「女心は複雑だね」と呟いた。
――本当に。

キースが外した眼鏡をかけなおすと、ドアにノックの音が響いた。

ドアに向かおうと体を起こすイルネギィアを制して扉を開けたのはキースだった。彼は扉の向こうにいる人物に驚いた。
テオドールがそこにいた。


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