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22話
しおりを挟むテオドールは眉根を寄せて立っていた。
「なにか?」
キースは彼を中に促す。
ソファから慌てて立ち上がり、イルネギィアはお辞儀してお茶の用意にと退室した。
テオドールはそれを視線で追っていた。
キースはそれに気づく。
「彼女の様子を見に来たの? 大丈夫だよ。少し貧血を起こしただけ」
「の、ようだな。お前とソファで遊べるようだし」
「彼女を下卑た目で見ないで欲しいね。それより子爵家の姉弟はこれからどうするって?」
キースはテオドールにどうぞ、と椅子をすすめた。それに座り足を組んでテオドールは言う。
「お前のことだから知っているんじゃないのか? 二人とも、ここに残ると言っている。予定通り」
「え?」
キースが間抜けな声をあげた。
それにテオドールは片眉をあげた。弟のこういう動揺は珍しい。
まいったな、とキースは額に手をやっている。
「なにをする気だった?」
テオドールは椅子にくつろぎ指先を前で交錯させる。
「なにって、さっきも言っただろう。守護者の発動を止めたかった。イリーは、彼女は僕の保護下だから、あの子になにかあったら守護者が取り返しのつかないことをする。だから」
「あの娘を囮にしたのか? ギルバートは守護者を発動させるほどのことを考えていたのに?」
テオドールが声を厳しくする。
「だから、なに?」
テオドールは彼女が魔力庫であることは知らない。身寄りのない魔力もちの娘の面倒を見る、とだけ言ってある。
彼女の魔力の大きさ、そしてキースの目的を知っているのはオーティス家の信頼できる使用人とバレリーと母、公爵夫人だけだ。
今回は魔力庫たる彼女に実践をじかに見せたかった。残酷な方法かもしれないが、キースが、そして彼女自身がなにをしようとしているのかは知っておいてもらいたかった。
ひどい言い方だが、ギルバートは〝丁度良かった〟のだ。
「…お前のそういうところに虫唾が走る」
テオドールは吐き捨てる。
「そう」
「…あの娘はなにがある?」
兄の言葉にキースは灰色の瞳を兄に向ける。
「お前が執着するには理由があるんだろうな。ただの愛人だとしても」
それにキースはおどけるように言う。
「彼女は僕のものだよ。それに手を出そうとしたから脅すつもりでギルバートに魔法をかけた。これで彼が大人しく王都に帰ってくれたら良かったんだけど」
「あの姉弟は帰る気はないぞ」
よっぽど子爵家は切羽詰っているらしい。それよりテオドールがイルネギィアに関心を持ったことが気になった。
なにを勘付いたのか。せっかく母に口止めしたのに。
兄に魔法を使ってしまうか、心を読むか。
しばし悩んだが、なにもしないことを選択した。テオはそういう勘がいい。魔力もちのせいだろうか。魔法を使われたり、心を読むと決まってそれに勘付くのだ。
出来れば刺激したくない。母がなにか示唆したのなら別だが、テオドール自身の意志でイルネギィアになにごとかアクションを起こすとは考えづらい。
キースが思案しているとテオドールはわかった、と立ち上がる。
どうやら、弟からこれ以上なにも聞けないと判断したらしい。
そして、その部屋を出た時、丁度お茶の用意をして戻ったイルネギィアと顔を合わす。
珈琲とケーキを乗せたワゴンを押して、キースの部屋に入ろうとしたイルネギィアは廊下に出てきたテオドールを見て あ、となる。遅かったか、と。
テオドールはこちらをじっと見ているが、やはりその瞳にはどこか彼女に侮蔑の色を見せている。それを察してイルネギィアは心の中で雄たけびをあげる。
――敵! 敵! この人はあたしの敵!
思わずじっと見つめ返してしまったイルネギィアに、テオドールはツカツカと近寄ってくる。
テオドールも人の心をもしかして読むのかと一瞬ぞっとしたが、彼はイルネギィアの眼前に立つと彼女の頭のてっぺんを見下ろし、そして、ブチっと彼女の髪を一本、いや、四、五本むしった。
「キャー!」
悲鳴にキースが驚いてドアから顔を出す。廊下で二人が口論しているのが見えた。
「なになさるんですかぁっ!!」
「うるさいな、髪を引っこ抜いただけだろう」
「あ、ありえません…! テ、テオドール様も髪フェチなんですか!」
キースはそれを聞いて誰が髪フェチだと突っ込みたかったが とりあえずこちらを向いたイルネギィアを助けることにした。
「イリー、おいで。テオは放っといていいから」
キース様、と泣きそうな声をイルネギィアはあげる。テオドールはそれに行け、と口にしてむしった髪を見つめていた。
それから、言った。
「――お前じゃなかったか」
それをキースは聞きとめる。
「ひどい…! ハゲてしまうじゃないですかぁ…」
ぶつぶつと言いながらワゴンを押してキースに促されるまま部屋の中に逃げ込もうとしたイルネギィアは、テオドールをまた睨みつけようと視線を向ける。
すると、そこには呆けたようなテオドールの顔がある。
なんだろう? と思って傍らのキースを見上げると 彼もきつい視線で廊下の先を見つめていた。
「…なんのつもりだ」
ボソと言った言葉が耳に残る。
――キース様のこんな言いよう、初めて…。
なので、キースの視線の先を辿ると、そこに銀の色した人がいる。
女の人――だ。
その人は青いクラシカルな小花のドレスに身を包み、その銀の長い巻き毛を綺麗に縦ロールに流し、そして、やはり青い石の髪留めで美しく纏め上げている。
背が高い彼女は俯きながら恥ずかしそうにイリーを見ると笑いかけてきた。
「あ」
イルネギィアは思わず短い声をこぼす。
「ヴィクトリア様…?」
イルネギィアは銀の髪の女性に目を瞠る。
自分も染めたことはあったが――銀の髪とは、こんなに美しいものだったのか!
ヴィクトリアの姿に正直イルネギィアは驚きを隠せなかった。
キースは舌打ちをする。
なぜ、このタイミングなのかとつくづく自分と兄、テオドールは相性が悪い、と心の内で吐き捨てた。
もしかしたらば、俗に言ういたずらな運命の仕業かもしれないが、多分彼女の髪から視線を外せずにいる兄は それには気がつかないことだろう。
テオドールに一礼するとヴィクトリアはキースに声をかけ、彼の部屋に入って行った。テオドールはそれをまるで馬鹿みたいに見送っていた。
ついさっき、彼女の弟が裏庭への小道で倒れ、テオドールが彼を引き起こした時 彼、ギルバートの服に銀の髪を見つけた。
それにテオドールはギクリとした。
記憶の底をゆすぶられる。
それが誰のものか知りたくて、その傍らにいたイリーと呼ばれるキースの侍女の髪を引き抜き検分したが、彼女は髪を染めている様子はなかった。あの、小鹿のような栗毛は地の色だ。
それでそこを離れようとした時、我が目を疑う影を見た。
そこに立っていたのは銀の髪。
昨日までなにも輝くものがなかったのに、一気に心の重心がぐっと揺れる。
あんなに綺麗な娘だったのだろうかと驚いた。
金の髪の、内気な子爵令嬢は、自分には目もくれず、一礼だけしてキースの部屋に招き入れられた。
そのとき、テオドールの胸はじくと痛んだ。
またか――、と酷く惨めな気分を味わった。
ため息をつき、廊下の先、階段を降りようとすると、踊り場にバレリーがいた。
「どうした?」
彼は尋ねる。彼女の様子がひどく儚く感じたから。
「…ヴィクトリア嬢に会った…?」
ああ、とテオドールは答えた。
脳裏に焼きつくあの銀の髪。月のような彼女にとても似合っていた。あんなに品のある女性だったのかと驚いた。それで、正直にそのままバレリーに話す。彼女はいつもの美しい横顔をテオドールに見せたまま そう、と呟く。
「髪を金に染めていたんだな…。銀髪の方が本人に合っている」
「あなたもキースも銀髪が好きだものね」
「一緒にしないでくれ。ただ、彼女が綺麗な娘だと気がついただけだ」
「髪の色が変わっただけで、あの人の中身は変わっていないわ」
「…エミリー嬢とばかりいたからね…。そういえば、僕はヴィクトリア嬢のことを、なにも知らないな」
「――知りたいの?」
ああ、とテオドールは頷く。
そう、とまたバレリーは呟いた。
テオドールは硝子窓から燦燦とあたる夏の日差しにたたずむ幼馴染の横顔を盗み見る。彼女は完璧だ。ただ、魔力もちではなかっただけで。――と、バレリーにとってこれ以上ない残酷な事を考えた。
彼はいつもバレリーの横顔だけを見ている。
そして、バレリーも彼にその際立つ輪郭しか与えない。
だから、そこに恋が落ちていることを二人はいつも気がつかない。
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