23 / 33
23話
しおりを挟むどうしてなのだろう、といつもキースは考える。
迷ってすらいない。決定しているのだ、〝あの人〟の中では、そのことは。
だからと言って、どうしてその情熱を向けられるのは自分なんだろう、とも思う。
ときに情というものは厄介だ。〝魔法使い〟として軍に入りその経験で得たものは 情など切り捨てることが出来る、ということだった。だが、捨てられない情もある。
自分には幼馴染への友情もあるし、父母への愛情、気が合わないとは言え、テオドールにだって愛情を持っている。それらはキースにとって、必要なものだ。失ってしまえばただの化け物になるのだから。
苛立ちを隠せなくなるのが嫌で、彼は思考を中断する。
眼前には銀の髪のヴィクトリアがいて、彼女にイリーは笑んでいる。なんのつもりか、と暴き立てたいが ここはぐっと堪えることにしよう。多分、ヴィクトリアはその髪の色がどんな効果があるのか、本当には知らない。
ここで見たのでなければ、とても素敵だね、と笑いかけることぐらい出来たのに。
「金髪も素敵でしたけど、銀の髪の方がお似合いです。ずっと染めていたんですか?」
イリーがにこやかにヴィクトリアに切り分けたケーキを渡す。キースの好きな紅茶のケーキだ。イルネギィアは少し大きめに切り分けたケーキをキースに渡す。彼女に習おうとキースもヴィクトリアに微笑みかける。
それにヴィクトリアもほっとしたのだろう。笑い顔をイリーに向けた。
「ええ、銀の髪って王都では珍しがられるでしょう? 目立つことが嫌いだったから、ずっと隠していたの」
そして、彼女はキースに向かってはにかむようにまた笑んだ。
「…あの、お嫌いですか?」
内気な彼女らしい言いようだった。
「いや、とても、好きな色だよ」
――知っているくせに、とキースは腹の中で呟いた。
「良かった」
と、心底安心したようにヴィクトリアは言う。これが彼女の本音だろう。ともかく、色々頭が痛い、とキースは思った。
やがて談笑も終わり、ヴィクトリアはイルネギィアに弟が倒れたとき、助けてくれてありがとうと礼を言って帰り、彼女を見送ったイルネギィアはそれこそ微妙な、泣きそうな顔をしていた。
――助けたんじゃないのに…。酷いことしたのに…。
「おいで」
キースは彼女に手招きする。
椅子から立ち上がるキースにイルネギィアはのろのろと近づく。そして、キースは手を伸ばし、イルネギィアをすっぽりその腕に包みこんだ。
「こういうことはこれからもあるよ…。辛い思いさせてごめんね」
キースの優しい声にイルネギィアは目頭が熱くなる。
いいえ、と頭を振って彼に甘えることにした。
しばらくそうしていたがキースの手が離れてイルネギィアは一人でそこに立つ。少し足元がおぼつかない感覚がした。
そんな感覚に自分自身で小首をかしげる。
あ、寒い、と 夏なのに…、と思った。
そうだ、体温だ、体温が離れたからだと頭では思っても 寒い、と思ったのは別の理由のような気がした。
それから。
それからはキースは毎日ヴィクトリアと庭を散策する。二人笑いあい、手を取り合って。
――銀の髪の女性がいたら、あたしに遠慮せず口説いて下さいね。
イルネギィアはいつか自分が言った言葉を後悔した。
バルコニーにテーブルを用意して、彼らが戻ってきたならすぐに美味しい珈琲を淹れることが出来るよう イルネギィアは準備する。
傍らにはバレリーがいる。ここ数日、キースとヴィクトリアが行動を伴にするようになってから 彼女は毎日イルネギィアの様子を見に来てくれる。これにイルネギィアはありがたい、と思っていた。その思いやり深さが嬉しかった。
「キースは彼女と結婚するつもりなのかしら?」
バレリーのその問いは直球すぎてイルネギィアは戸惑った。
さあ、としか言えない。
キースはヴィクトリアが髪の色を変えてから、驚くほどの速さで彼女と親密になった。それに関してイルネギィアにはなにも言わない。彼のその態度にイルネギィアはショックを受けていた。ああ、これが付属品ってことなのかな、と打ちひしがれた。
どこかイルネギィアはきっと彼との間柄に特別な気持ちを持っていたらしい。
らしい、と言うのは自分自身、こうなるまでハッキリと気がつかなかったから。今もどこか曖昧な鬱屈とした気分でいる。
夜に交わされる儀式のキスは変わらずだ。
――独占欲なんだよね…。きっと。
そう思うのだけど、それだけなのかとも己に問う。
「ねえ、イルネギィア、貴女はキースが好きなの?」
聞かれてイルネギィアは答えられない。
「…違うと思います」
「なら、いいのだけれど。キースは貴女をとても可愛がっているから」
誤解したとしても仕方ないのかも、と彼女はイルネギィアのプライドを慮ってその先は口にせずにいてくれた。
彼女との間には、今 イルネギィアは親近感を感じている。図々しいのかもしれないけれど。
「それじゃあ、私は行くわ。テオと街まで出る約束をしているの」
それにイルネギィアは楽しんできてください、と送り出す。
取り残された寂寥感はあるがそれに浸っている気はなかった。
彼女はまた忙しく動き出す。
体を動かしていれば、きっと、このもの思いなど どこかに飛んでしまうはずだから。
準備が一通り終わった頃、キースとヴィクトリアが戻ってきた。ヴィクトリアのその手は彼の腕におさまったままだ。
イルネギィアはそれを少し見つめたが、いつもの呈で笑顔で二人に給仕する。あまり強く考えるとキースに伝わることがある、と前に聞いていたので心の中を空っぽにした。
キースはいつもと変わりない。
他愛ない会話の流れる中、イルネギィアは自分がひどく疲れていることを知った。
「顔色が悪いね」
いきなり声をかけられてビクリとした。
放たれた言葉の意味を証左して、いいえ、そうですか? とにこやかに答える。
言った相手は先に魔力の実験につき合わせた(本人は知らないが)――ギルバートその人だった。
あれから、彼とは接触を避けている。と、いうかキースがヴィクトリアと急接近したので、主の外出の準備、二人のティータイムの支度と仕事が増えて、あまり自由な時間がなくなったからと言える。イルネギィアはキースの部屋で彼の身の回りの世話に明け暮れていたのだ。それまではキースがイルネギィアをゆっくり過ごせるよう時間を作ってくれたり、外に遊びに連れだしてくれていたのだが、今更ながら、それは特別な出来事だったのだ、と思う。
「大丈夫?」
はっとその言葉にイルネギィアは現実に戻った。
ギルバートは階段の踊り場にいる一階に向かうイルネギィアに 後ろから声をかけていた。きっと、この間のことは彼も姉のヴィクトリアと同じく誤解している。
――あたしは、助けたわけじゃないのに…。
これはあまり意識しないようにとキースに言われている。
きみは、顔に出すぎる、らしい。
ギルバートは軽快に階段を駆け降り、イルネギィアの横に立つ。そして、彼女が持っているリネンのシーツを奪う。
「あのっ、困ります」
「いい。この間、助けてもらったから」
ぶっきらぼうな言い方だが、感謝はしているらしい。背の高い彼を見上げる形でイルネギィアは慌てて先に行こうとするギルバートを追う。コンパスの違いが出てしまう。彼はどうもそういう気は利かないタイプの男らしい。
「あのっ、ギルバート様、もういいですから…」
「聞きたいことがあったんだ。それで声をかけた」<
彼はくるりと振り向いた。イルネギィアはギクリと心臓が跳ねる。後ろめたいことがある人間の顔をしていると、自分では思う。
だが、ギルバートの感想は違った。小鹿みたいに震えている、と。
――可愛い、と思っていた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる