松岡さんのすべて

宵川三澄

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アイドル

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「イケメンだからかなぁ…。今北さんは、いいよって言ってくれるけど」
「うーん、まぁ由多花が男慣れしていないからってのもあるかもね。今北さんってそんなカッコいいの?」
見る? と言って沙菜に携帯の写真を見せる。
わ、マジ、カッコいいじゃん! と面食いの沙菜が太鼓判を押した。
「やっぱ、カッコいいからかなぁ…。緊張しちゃって。一緒に働いて一年以上も接しているのに、私、ダメだよねぇ…」
大好きな苺をパクリとする。
「付き合うって決める前の方がリラックスしていたかも」
ふーん、と沙菜が笑う。
「好きってことじゃん」
由多花が一拍置く。

「――うん」

甘い香りが鼻腔をくすぐる。デザートは幸せな味だなぁ、と思う。
大好きな友達と一緒。素敵な夕暮れ。

明日は仕事だ。そろそろお開きにしようと二人で店出た。途中、桜を見ようと公園に立ち寄った。この地方都市では四月の末にようやく桜のつぼみがほころぶのだ。

ドレストレンチのコートの中は春色のシャーベットカラーのワンピース。白いカーデ。亜麻茶色のふわふわのロングパーマをふたつお下げの由多花と完璧森ガールの甘コーデの沙菜。
社会人にしては少々乙女テイストな服装の二人組み。

「え、見てみて、由多花。あの子 ぎゃー、もう、なんてガーリーなの、可愛い!」
「うお、マジ可愛い!!」

沙菜は、いや、由多花もそう。
二人は少女趣味なのだ。
しかも、乙女テイスト大好物。
甘コーデ万歳。
なので、それらが似合う女の子を見るとついつい隠れて黄色い声。しようもない。

「いいなー。ストレート憧れる。私の髪、広げると体の幅が二倍ぐらいに膨れるんだもん。梳いてもコレってありえないしょ」
まるで一昔前の、というかもいまだに宝物の大島弓子のマンガの登場人物のようなパーマの由多花があまりに可愛い女の子を見て感嘆のため息をつく。
「まあ、その髪、まとめるの大変そうだけど可愛いわよ」
沙菜が慰める。

しかし、会社でそんなふわふわ頭してたら 邪魔で仕方ない。二人は趣味は夢見るものだが、思考は現実的だった。
「短くしたら?」
もったいないけどさー、と沙菜が言う。
「さらに広がるんだー。私の毛根すごい元気だもん。あ、ヤダ、もうTV始まる。帰るね!」
録画しろよ、と笑って見送る沙菜を尻目にそれじゃあね、と走り始める。六時からのバラエティは見逃せない。
今は五時四十五分。由多花の大好きなアイドルグループのレギュラー番組があるのだ。由多花のアパートは駅から十分。走れば全然間に合う距離だ。

錆びた階段を上がるとドアを静かに開ける。他の住人にドアの開閉で迷惑かけないよう。部屋に戻ると鍵はしっかり閉める。女の一人暮らしは不用心だから、チェーンと鍵は決して忘れない。
靴をそろえて脱いで、コートをかける。
古いが2DKの部屋はいつも綺麗にしている。奥の和室はベッドルームに使っており、キッチンは狭いがフローリングだ。そこには贅沢して去年、初任給で買った北欧風のカフェっぽい二人掛け用のテーブルセットを置いている。
あとは基本的に、短大卒業と同時に処分した実家から持ってきたものだ。

TVをつけると、明るい音楽が聴こえてくる。お茶を入れて、出掛ける前に温めるだけにしておいたワンプレートを冷蔵庫から取り出す。

「おっと、その前に」

ベッドルームに慌てて行き、そこにある仏壇に手を合わせる。
父と母の遺影を見上げ、今日も元気ですよ、と報告する。
それから、カフェ椅子に座り、作っておいたプレートのハンバーグを口にしながら大好きなアイドルの登場を待つ。

「うお! やっぱ可愛い!!」
由多花のお気に入りは今流行の大人数アイドルグループだ。

握手会商法とか、炎上商法とか色々言われているが 爽やかな音楽と切ないちょっと懐かしい青春マンガみたいな歌詞が魅力的だと思っている。
彼女らの音楽は芸術ではない。
あくまで、その爽やかな世界観を崩さない。
好きなバンドが音楽の方向性を突き詰めて、知らない世界に行くのを何度か見ていて、この商業主義ゆえの安心感のある音楽が 由多花は大好きだった。

由多花のお気に入り、――押しは猫科の女の子。アビシニアンをほうふつとさせるつり目の美人さんだ。体型もほっそりしていて、ニャアと鳴きそう。だが、中身はわりと残念系の天然だ。だが、そこが親近感を持たせるのだ。
アイドルに歌唱力は求めない。楽曲の良さと、彼女らの頑張っているその汗が「同じ年頃の子が頑張っているんだもん! 私も仕事頑張ろう!」という気分にさせてくれるのだ。

楽しい、楽しいことが好き。
だって、現実はとってもスパイシーだから。
若いからって、甘いことばかりではないのです。
商業主義、と叩かれる彼女らにしたって、このグループから飛び出せば、きっと、今と同じようなトップアイドルではいられない。 彼らはいつも人の移ろいやすい愛情という薄氷の上で踊っているのだ。
だからこそ、由多花は惹かれる。
自分も頑張ろう、と思えるのだ。



由多花の両親は由多花が短大に入ったその年に、二人とも事故で亡くなった。
それからの二年間は、由多花はびっくりするほどエネルギッシュだった。
きっと、悲しくてなにも出来なくなる、と思っていたので とにかく、自分に活を入れて夜に泣き、昼にはバイトと資格取得と大学の勉強と、とにかく動き続けた。おかげで就職も楽に決まった。そして、沙菜や仲のいい友達と就職祝いをしてもらって遅くに帰ったとき、そのとき、暗いアパートに帰り電気をつけたとき。

――もしかしたらば、初めてだったのかもしれない。本当に家族がいない、と気がついたのは。

それから、TVが好きになった。
会社から帰って歌番組を観るのが楽しみになった。
暗いニュースが嫌いになった。もともと、マンガや小説が好きでロマンチックでハッピーエンドなものが好きだったのだ。


由多花は「押し」の後ろで踊っている、ちょっと甘い雰囲気の子を見た。
いつもの選抜メンが 他の仕事で出られないのだろう。
「うーん。可愛いんだけどね。確かに」
由多花はよくこの子に似ている、と言われる。だが、由多花の上位互換で、なぜ、パーツが似ているのに由多花は凡庸で、この子は可愛く映ってしまうのだろう。謎だ。アイドルはやはり、オーラが違うのだろうか。

「可愛いけど、自分に似ている人を応援するのはちょっと…」
恥ずかしい、という気分がある。
でも、あまり得意ではないだろうダンスを 今日はいっぱいの笑顔で張り切って踊っている。少ないチャンスを逃がすまいと。
「でも、うん…。頑張っているじゃん」
由多花は自分に言い聞かせるように、その子の顔と名前を一致させ、少しだけ好感度をあげた。

明日は月曜日。
今北さんと帰りにお茶しよう、と顔をほころばせた。
――それが、最後のデートになると、勿論 少しも気がつかなかった。

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