松岡さんのすべて

宵川三澄

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週末、友人たち

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由多花がここへ住んで、初めての週末は マンションの掃除と整理に明け暮れた。
八畳間の松岡さんのDVDと蔵書はなかなかで、少女マンガも網羅していることに驚愕した。そして、少女マンガの趣味がモロかぶりしていることに 甚だ、遺憾ながら運命を感じた。

――ナンパじゃなきゃ松岡さんみたいなイケメンとお近づきになることなんてなかったけど、ネットで趣味の合う人検索したら、ぜったい、この人と友だちになるわ、私。

松岡さんはお仕事だ。連載の締め切りが近いから。
ここのコレクションは好きに見ていいと言われているので、棚の整理が終わったら由多花も知らないアリスちゃんのオーデション風景を観よう、と楽しみに由多花はダンボールをせっせと開く。
松岡さんの書いているものは由多花はあまり読まない社会派推理小説だった。
これは正直 意外だった。

――中身乙女だから もっとロマンチックなものを書くかと思ったよー。

由多花はライトノベルが好きなので、この手のものはあまり手に取らない。
出版社から送られてくる贈呈本は、よく書店で見かける大人向けのぶ厚い月刊誌だ。
ちゃんと、表紙に松岡涼って名前がある。そして、知らなかったがドラマ化されてた。びっくりだ。

「松岡さんって著名人だったんだねー!」
「お前、ミーハーだな」

むぅ、と膨れるが松岡さんは気にしない。
夕べは忙しいのに由多花の部屋に来て朝まで一緒だった。なのに、疲労の色をまるで見せない。由多花の方は、ぐったりなのに。
松岡さんは仕事中は買い物以外、全然 外に出ないので、体力が余っているに違いない。淡白そうな顔をして、スキモノめ。

とりあえず、由多花はえっちは金曜のみで、そのほかは応相談の提案をした。
そのとたん、お腹を抱えて笑い出した松岡さんは、わかった、と搾り出すように言った。応相談がストライクだったみたいだ。
松岡さんとは、ジョークのポイントが合う。
ふざけていると怒らないでくれて ホっとした。

松岡さんが書斎にこもっている間、本棚の整理を終えた由多花はお茶を淹れて一休み。こうして、一人でいても、松岡さんのパソコンを打つキーパンチの音が鳴り響いて心地良い。他人の気配がこんなに嬉しい。
窓から見える、五月の晴れ渡った空。来週には遅い八重桜が咲くだろう。花見には間に合うな、と松岡さんの都合を考えている自分に苦笑する。
由多花はそのまま、アリスちゃんのオーデション映像を観たあと、松岡さんの本を手に取った。
多分、こんなことでもなければ手に取らないタイプの本だ。読み始めると面白かった。
読み終わったとき、大声で面白かったー、と言った。
なにが、と書斎から松岡さんの声が聞こえた。
なので、松岡さんの本ー、とまた大声で言うと、松岡さんが八畳間まで来て笑った。
そして、もう集中したいから、静かにしろと言って また松岡さんは書斎にこもる。
照れているように見えたのは由多花の願望か。それから、また由多花は本の世界に没頭した。

窓から入る傾き始めた日差しに気づいて 夕飯はなににしようかと考えていると、松岡さんがドアを開けて出てきた。

「悪い、これから、来客がある」



くつくつくつ、と煮立つ鍋を由多花は緊張の面持ちで見ていた。
広いリビングにコンロを置いて、季節はずれの寄せ鍋をつつく。勿論、由多花はつつけない。そこには由多花の初対面の松岡さんの友人たちがいた。
急な来客だったが、彼らは松岡さんの気の置けない友達、というヤツだ。
高校時代からの友人というモリヒトさんと、モリヒトさんの奥さんのアヤセさん。そして、ミサトさん。

――ミサトさんは、美人だ。なんていうか、キャリアウーマンって感じで。

彼らは鍋の準備してきたー、と言って、夕飯のメニューを決めてくれた。ありがたい。
「えっと…、由多花ちゃん? ごめんね、図々しくお邪魔しちゃって。食べて、食べて」
アヤセさんは由多花と一緒に鍋の支度までしてくれて、広いキッチンに はしゃいでいた。
料理をする者として お気持ち、わかります。
優しいアヤセさんに食べられないとは言いづらく、えへへ、緊張しいでと笑っていたら隣に座った松岡さんが彼らのお土産のアイスを由多花の前にポンと置いた。
「甘党なんだ? お昼、食べ過ぎちゃった?」
アヤセさんがそう笑ってスプーンをとってきてくれた。

――スミマセン、接待すべきところを気を遣わせちゃって…。

お礼を言って受け取ると、甘いアイスを口に含む。冷たくて喉越しがいい。
スプーンを口に運ぶ由多花を松岡さんは少し心配そうに見ていたが、大丈夫だよ、と笑って返すと安心したように彼も鍋に手をつけた。

「いや、びっくりしたわ。結婚するって言うから連絡待っていたら 引っ越したって言うし」
モリヒトさんは大きな声で話す。おっとこらしい。
「松岡くん、ここ新築で購入したの? に、してもすごいところを買ったわねぇ」
アヤセさんも感心する。
「涼は株もやっていたものね。どんだけ稼いでいたのよ。羨ましい」
ミサトさんは松岡さんを 涼、と呼ぶ。
「で、彼女が新妻なんだ? 私、てっきり…」
ミサト、醤油とってとモリヒトさんが彼女の言葉に横槍入れた。
「由多花さんいくつなの?」
モリヒトさんは由多花に興味があるらしい。そら、そーだ。
「二十一です。社会人二年目です」
「お勤めしているんだー。じゃあ、大変ね。家事とか、松岡くんやっているの?」
はい、と由多花は頷く。洗い物やお風呂掃除をしておいてくれるのはとても助かっている。
「…意外。涼は亭主関白だと思っていた。しかし、若いわね。いいなぁ、二十一歳の頃に私も戻りたい」
ミサトさんならピッチピチのすごい美人だったろう。
「どういう経緯で知り合ったの? 涼」
「居酒屋で顔合わせたんだよ。護人、お前は飲むなよ。車だろ」
わかっているって、とモリヒトさんがまた大声で笑う。
「ふーん…ナンパ?」
チラとミサトさんが由多花を見た。
やばい、アイスも飲み込めなくなる。
「そう」
言って、松岡さんはあの口角をあげた意地の悪い顔になった。
「可愛かったから俺から声かけたんだ。タイプだったからな。ここで暮らそうって誘ったのも俺。――年下だけど、由多花は礼儀知っているから安心して付き合えるよ」
「え」
ミサトさんが驚いている。
「ええー、松岡くんから誘うのって聞いたことなかったー。すごーい。ねえ、護人」
「うん、マジ。由多花さん、こいつ腹立つくらい顔いいでしょう。女にモテてねぇ。あ、でも、あんまり遊んだりはしなかっのよ? 付き合ったのって…少ないよな?」
「ああ、お前より少ないよ」
うっそー、とけらけらとアヤセさんが笑っている。うん、でも、モリヒトさん優しそうだもん。奥さんのアヤセさんは可愛いし、お似合いだ。
嘘でしょ、とミサトさんが呟いた。

――…確かに、松岡さんはおモテになるようだ。

食事の後、由多花は後片付けをして お手洗いに行く。戻る途中、書斎の前でミサトさんが松岡さんを掴まえていた。
「…どうして、七穂ちゃんと別れたとき、私に連絡くれなかったのよ? 私じゃ、話聞けないと思った? 役不足だった? 涼」
「連絡するまでもないからな」
「そんな、水臭いでしょ。だいたい、ここの住所も護人くんが実家にようやく聞いたんだから! …びっくりしたわよ。全然知らない女の子と暮らしているんだもん。あの子とはどういうつもりで一緒に住んでいるの? こんな急に心変わりなんて涼らしくない。涼、女の子に入れ込まない性質なのに、七穂ちゃんは別だったじゃない…。あんなに大事にしていたのに…信じられない」
「新発見だよな」
ふざけないで、とミサトさんは怒る。

どうしよう、ここを通らないとリビングに行けないのですが。

「……やめなよ、そういうの。涼らしくないよ。あの子だって可哀相…。七穂ちゃんのとこに戻るんでしょ、結局」
「戻るわけないだろ。美里、お前、事情知らないで口出すな」

由多花はそれを聞いてホっとする。

「……なんで、私じゃないわけ」

ミサトさんの言葉は小さい。俯いて呟いている その様は痛々しい。
松岡さんは大きく ため息した。
「……悪い」
そう言うと松岡さんは戻ろう、とミサトさんを促した。

モリヒトさんの運転で三人はまた来る、と言って帰っていった。ミサトさんは あのあと松岡さんとは目を合わせなかった。
由多花はキッチンに取りおいてあった寄せ鍋の残りにご飯を入れて、おじやを作る。チキンブイヨンを少し入れると美味しいのだ。くつくつ火にかけていると松岡さんが由多花の後ろに立って、背中を抱きしめてきた。

「火の側ではダメ。危ない」
ビシっと言って離させる。
「聞いていたろ」
松岡さんの口角が、また意地悪く上がっている。

「……失礼しました。ミサトさんに悪いことしたね」

立ち聞きのことを言ったつもりだが、松岡さんは別の意味に取ったらしい。

「好みのタイプ…ってあるだろ。美里はそれから外れているんだ、仕方ない。いいやつだから付き合いは切りたくないんだ。…気分、悪いか?」
ぷしゅう、と鍋が沸騰してふたを持ち上げる。
「…気、遣ってくれるんだ」
気にしないよ、と由多花は笑う。
「友達って大切だもん」
それから、器におじやを盛った。ダシが出ていて美味しい。
ほくほくと食べる由多花を見て、松岡さんが 俺にもくれ、と言って由多花が差し出したさじをそのまま口に入れた。

多分、ミサトさんは怖くない。
怖いのは――……。
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