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大好き
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翌日から 由多花は営業部のデスクで仕事をすることになった。
朝から次長に掛け合った結果だ。
人事に移動を希望する旨 伝えて、情報課の密室に出来れば今北とはいたくない、と正直に次長に話したら こうなった。
「じゃあ、営業で仕事しようか。パソコン余っているし」
そう言って営業で余っているパソコンの設定を変えて情報課の仕様にした。これで、情報課のサーバーにも入力出来るようになった。
今北は、朝 出社してそういう事態になっていることに顔を蒼白にした。
極めて個人的なことだから これ以上は口出ししないけれど、と次長はやんわりと今北の行動に釘を刺してくれた。
ヘタに刺激して嫌がらせやストーキングに発展するのも嫌なので、由多花はそれでいい、と次長から話を聞いて納得した。
セクハラ問題の解決って難しいな。
営業部で入力をし、パソコンに慣れないオジサン営業さんの面倒を見つつ、由多花は林さんの様子を伺った。
由多花が営業部で仕事をすると朝礼で部長が言ったとき、林さんは軽く動揺を見せていた。
なので、歓迎されないかなぁ? と思っていたが、あまりそういうことは表に出さない人のようだ。仕事はつつがなく進む。
それより、由多花は相変わらずの林さんのその細さが気になった。
夏になるから短い袖の服を着るようになり、いっそう、その細さが目立つのだ。
――やせすぎだよ…。
高校生のとき、一時期すっかり人前で、家族の前でさえ食事を摂れなかった自分を思い出す。
両親に別々に食べれば食べられる、と言いづらく、由多花も随分痩せてしまったことがある。
由多花はため息をつく。
営業に移ってからは 昼は避難場所の公園か、天気の悪い日は更衣室の休憩用の椅子に腰掛け、食べることにしている。
営業職の人たちが出払っているときは、営業部で自分のデスクで電話番をしながら食事する。
経理の仲良しさんはそれらを知っているので、由多花が一人で食事をしていても放っておいてくれる。ありがたい。
…そうやって、由多花も食事という苦痛をなんとか、かんとかクリアしているのだが、林さんはそういった事柄をうまく対処 出来ないように思う。
…なんで、そう、他人の不安をあおるんだろうと胸が苦しくなる。
由多花が食事から戻ると、彼女はデスクにいて、コーヒーを飲んでいる。彼女から話しかけてくることはない。由多花も正直 避けている。
新しい恋をして欲しい。
それとも、まだ、彼女は松岡さんと別れていないつもりなのだろうか。
話し合って欲しいという気持ちと、このまま、林さんのことは無視して、由多花は松岡さんと、確実な約束をしたいと思っていた。
あの腕の細さを もし松岡さんが見たら、放っておけないのではないか、と由多花が疑う前に。
だって、紳士な彼は本当にとても優しい人。
火事のとき、呆然としていた由多花に寄り添ってくれたのは、損得無しの厚意だった。
猫をはいだ松岡さんも、結局変わらず優しい人だ。頑固で子供で困った人だが、それでも、由多花には誠実だ。
彼の優しさを手放すことは、由多花には もう 出来ないと思う。
仕事で失敗したとき、慰めてほしいとき、人間関係で ほんのちょっぴり話を聞いてほしいとき。
由多花には松岡さんが必要だ。
由多花は今はもう、空間があっても動く気になれない。
パズルのピースは、もう、おさまるところにおさまってしまったのだ。
「松岡さんて、いつからドルオタやっているの?」
松岡さんの部屋で今日は彼の腕を枕に閨物語だ。話題は色気のないものなのだが。
「大学に入った年に仲良くなった男友達にライブを誘われたのがきっかけだな…。今のグループじゃなくて、アイドルブームのきっかけになった子たちだったな。で、そこのセンターにハマったんだよな」
懐かしそうにしみじみ言う。こういうところがイケメンの割りにオッサンくさくて地味に好き。
そのセンターの子の活躍は由多花は知らない。
由多花はその頃はあまり女性アイドルに興味がなかったから。それに、十歳違うって大きいな、と思う。
でも、松岡さんのDVDでそのセンターの子の顔は見た。マミナを少し派手にしたような顔だった。ちなみにマミナを薄くすると、由多花になる。
「松岡さん、この系統の顔、好きだよね」
「好みなんだよな…」
「じゃ、初恋の子とかも こういう顔? 付き合ったりしていた?」
「――うーん。好きだったのはこの手の顔の子だったけど、付き合っていたのは違う感じだったな…。俺は小、中、高はあまりモテるタイプじゃなかったんだよ」
「嘘だな」
松岡さんが なんで、と言う。女の勘だ。
「いや、真面目な話、あまり女と付き合ってこなかったからな…。小夜子に悪影響、及ぼしたくなかったし。中学のとき、告白された子と付き合っていたけど、高校受験で離れてそのまま。高校でも一人、やっぱり向こうから告白されて。三年になる前に、相手に他に好きなヤツが出来て別れた。あとは受験中心の生活だったし、その頃から文章書いていたんで時間はそっちに注ぎこんだし――」
はー、と由多花は息をする。
「…もしかして、皆、振られて終わり?」
松岡さんの高い矜持に触れたらしい。腕枕がギュっと狭められた。痛い。
もー、やめて、と由多花が慌てる。
松岡さんは楽しそうにまた意地の悪い口角を上げた笑顔だ。相変わらず、泣き黒子からはフェロモンがだだ漏れだ。
「松岡さんが女の子ほったらかしにするから、浮気されるんじゃないの!?」
つい口をついてしまった。
そう、ずっと不思議だった。なぜ林さんが浮気したのか。
でも、今の話を聞いて少し納得。
松岡さんって、自分のためにばかり時間を使っているんだもん。――お気持ち、わかるけど。うちらはそういう種族の人間。趣味に生きる者のさだめだよね。
「林さんとのこともさ。マンションも、考えてみたら二人の新居なのに、全部 松岡さんが一人で決めたんだもん。住所さえ知らなかったって、普通 怒るよー」
「…だから、お前にはちゃんと時間かけて、家具だって選ばせているだろ…」
「うわー、上からー」
笑いながらそう返したけれど、一応反省しているんだ、この俺様が。正直嬉しい。
「…無理、してない?」
「してない」
即答。松岡さんのそういうところも、とても好き。
「お前は?」
「してないよ」
勿論 即答。
「――好きだもの」
由多花は松岡さんの胸にポツンとある、赤茶色の乳首にキスをした。
奥手、というより自分の興味のないものは視界に入らない由多花は松岡さんと寝てみるまで男の人に乳首がある、という認識すら薄かった。
なので、初めて直視したとき、小さくってビックリした。
私の初めての乳首、可愛い。うん、好き。
それからいっぱい色んなところにキスをした。
大好きな松岡さんの全てにキス。
松岡さんが荒い息をして、色ある声を出すのも好き。逃げないで。
松岡さんは由多花の髪に手を入れて少し押さえつけるように触っている。逃げないよ。
一番、松岡さんの感じるところにいっぱいキス。
キス、キス、キス。
好き、好き、好き。
松岡さんが大好きなの。
そうして、松岡さんが由多花の熱烈なキスで果てたとき、由多花は大声で言いたかった。
――私、いつの間にか、松岡さんが大好きになっている。
天変地異なんて起きない。
もう少ししたら、由多花はそれを知ることになる。
…悪い意味で。
朝から次長に掛け合った結果だ。
人事に移動を希望する旨 伝えて、情報課の密室に出来れば今北とはいたくない、と正直に次長に話したら こうなった。
「じゃあ、営業で仕事しようか。パソコン余っているし」
そう言って営業で余っているパソコンの設定を変えて情報課の仕様にした。これで、情報課のサーバーにも入力出来るようになった。
今北は、朝 出社してそういう事態になっていることに顔を蒼白にした。
極めて個人的なことだから これ以上は口出ししないけれど、と次長はやんわりと今北の行動に釘を刺してくれた。
ヘタに刺激して嫌がらせやストーキングに発展するのも嫌なので、由多花はそれでいい、と次長から話を聞いて納得した。
セクハラ問題の解決って難しいな。
営業部で入力をし、パソコンに慣れないオジサン営業さんの面倒を見つつ、由多花は林さんの様子を伺った。
由多花が営業部で仕事をすると朝礼で部長が言ったとき、林さんは軽く動揺を見せていた。
なので、歓迎されないかなぁ? と思っていたが、あまりそういうことは表に出さない人のようだ。仕事はつつがなく進む。
それより、由多花は相変わらずの林さんのその細さが気になった。
夏になるから短い袖の服を着るようになり、いっそう、その細さが目立つのだ。
――やせすぎだよ…。
高校生のとき、一時期すっかり人前で、家族の前でさえ食事を摂れなかった自分を思い出す。
両親に別々に食べれば食べられる、と言いづらく、由多花も随分痩せてしまったことがある。
由多花はため息をつく。
営業に移ってからは 昼は避難場所の公園か、天気の悪い日は更衣室の休憩用の椅子に腰掛け、食べることにしている。
営業職の人たちが出払っているときは、営業部で自分のデスクで電話番をしながら食事する。
経理の仲良しさんはそれらを知っているので、由多花が一人で食事をしていても放っておいてくれる。ありがたい。
…そうやって、由多花も食事という苦痛をなんとか、かんとかクリアしているのだが、林さんはそういった事柄をうまく対処 出来ないように思う。
…なんで、そう、他人の不安をあおるんだろうと胸が苦しくなる。
由多花が食事から戻ると、彼女はデスクにいて、コーヒーを飲んでいる。彼女から話しかけてくることはない。由多花も正直 避けている。
新しい恋をして欲しい。
それとも、まだ、彼女は松岡さんと別れていないつもりなのだろうか。
話し合って欲しいという気持ちと、このまま、林さんのことは無視して、由多花は松岡さんと、確実な約束をしたいと思っていた。
あの腕の細さを もし松岡さんが見たら、放っておけないのではないか、と由多花が疑う前に。
だって、紳士な彼は本当にとても優しい人。
火事のとき、呆然としていた由多花に寄り添ってくれたのは、損得無しの厚意だった。
猫をはいだ松岡さんも、結局変わらず優しい人だ。頑固で子供で困った人だが、それでも、由多花には誠実だ。
彼の優しさを手放すことは、由多花には もう 出来ないと思う。
仕事で失敗したとき、慰めてほしいとき、人間関係で ほんのちょっぴり話を聞いてほしいとき。
由多花には松岡さんが必要だ。
由多花は今はもう、空間があっても動く気になれない。
パズルのピースは、もう、おさまるところにおさまってしまったのだ。
「松岡さんて、いつからドルオタやっているの?」
松岡さんの部屋で今日は彼の腕を枕に閨物語だ。話題は色気のないものなのだが。
「大学に入った年に仲良くなった男友達にライブを誘われたのがきっかけだな…。今のグループじゃなくて、アイドルブームのきっかけになった子たちだったな。で、そこのセンターにハマったんだよな」
懐かしそうにしみじみ言う。こういうところがイケメンの割りにオッサンくさくて地味に好き。
そのセンターの子の活躍は由多花は知らない。
由多花はその頃はあまり女性アイドルに興味がなかったから。それに、十歳違うって大きいな、と思う。
でも、松岡さんのDVDでそのセンターの子の顔は見た。マミナを少し派手にしたような顔だった。ちなみにマミナを薄くすると、由多花になる。
「松岡さん、この系統の顔、好きだよね」
「好みなんだよな…」
「じゃ、初恋の子とかも こういう顔? 付き合ったりしていた?」
「――うーん。好きだったのはこの手の顔の子だったけど、付き合っていたのは違う感じだったな…。俺は小、中、高はあまりモテるタイプじゃなかったんだよ」
「嘘だな」
松岡さんが なんで、と言う。女の勘だ。
「いや、真面目な話、あまり女と付き合ってこなかったからな…。小夜子に悪影響、及ぼしたくなかったし。中学のとき、告白された子と付き合っていたけど、高校受験で離れてそのまま。高校でも一人、やっぱり向こうから告白されて。三年になる前に、相手に他に好きなヤツが出来て別れた。あとは受験中心の生活だったし、その頃から文章書いていたんで時間はそっちに注ぎこんだし――」
はー、と由多花は息をする。
「…もしかして、皆、振られて終わり?」
松岡さんの高い矜持に触れたらしい。腕枕がギュっと狭められた。痛い。
もー、やめて、と由多花が慌てる。
松岡さんは楽しそうにまた意地の悪い口角を上げた笑顔だ。相変わらず、泣き黒子からはフェロモンがだだ漏れだ。
「松岡さんが女の子ほったらかしにするから、浮気されるんじゃないの!?」
つい口をついてしまった。
そう、ずっと不思議だった。なぜ林さんが浮気したのか。
でも、今の話を聞いて少し納得。
松岡さんって、自分のためにばかり時間を使っているんだもん。――お気持ち、わかるけど。うちらはそういう種族の人間。趣味に生きる者のさだめだよね。
「林さんとのこともさ。マンションも、考えてみたら二人の新居なのに、全部 松岡さんが一人で決めたんだもん。住所さえ知らなかったって、普通 怒るよー」
「…だから、お前にはちゃんと時間かけて、家具だって選ばせているだろ…」
「うわー、上からー」
笑いながらそう返したけれど、一応反省しているんだ、この俺様が。正直嬉しい。
「…無理、してない?」
「してない」
即答。松岡さんのそういうところも、とても好き。
「お前は?」
「してないよ」
勿論 即答。
「――好きだもの」
由多花は松岡さんの胸にポツンとある、赤茶色の乳首にキスをした。
奥手、というより自分の興味のないものは視界に入らない由多花は松岡さんと寝てみるまで男の人に乳首がある、という認識すら薄かった。
なので、初めて直視したとき、小さくってビックリした。
私の初めての乳首、可愛い。うん、好き。
それからいっぱい色んなところにキスをした。
大好きな松岡さんの全てにキス。
松岡さんが荒い息をして、色ある声を出すのも好き。逃げないで。
松岡さんは由多花の髪に手を入れて少し押さえつけるように触っている。逃げないよ。
一番、松岡さんの感じるところにいっぱいキス。
キス、キス、キス。
好き、好き、好き。
松岡さんが大好きなの。
そうして、松岡さんが由多花の熱烈なキスで果てたとき、由多花は大声で言いたかった。
――私、いつの間にか、松岡さんが大好きになっている。
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もう少ししたら、由多花はそれを知ることになる。
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