案ずるよりもオニが易し

茅の樹

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5,案ずるよりもオニが易し

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 しばらくして、オニがオコジョの坊やを籠に入れて、家の外に連れて行きます。

 さっきまでいた家の中とも、また景色が変わっていき、オコジョの坊やはドキドキします。
同じようなオニの家らしいものが何軒か建っている先に、森が見えます。

「あ、僕の森が見える」
そこで坊やははじめて、うんと遠くまで、来てしまっている事に気が付きました。
 母さんを思い出して、心細くなります。

 オニは、狼か、馬の脚に輪っかを履いた様な形のものに、坊やの籠を載せて跨ると、もの凄い音をたてます。
ブオーン、ブオーン。
もの凄い振動がして、坊やは、驚いて籠の中を走り回ります。
オニが、握った手を少し捻ると、ゆっくり動き出して、だんだんと、揺れながらも加速していきます。
籠越しに、目の前の景色が流れていき、遠くに見えた森が、山が、ずんずんと近づいてきます。



 振り返るとオニの家がほとんど見えなくなり、だいぶ森に近づいて来た頃、視界の外れに、
化け物みたいに大きな熊の手で、森を崩しているのが見えました。
その化け物は、ガタガタガタ、ブオー、ブオーっと、うなりを上げて、後ろから煙を吹いています。

 坊やが乗せられてる物より、何倍も大きくて恐ろしいので、籠の中で騒がしく動き回っていると、オニがそれに気付いたのか、止まりました。

 黄色い化け物が、うなりを上げて大きな手を振り上げ、森の斜面を削り取っていきます。
『こんなに森を壊さなくてもいいのに』

 森を壊している方に目をやって、悲しそうに何か言っているオニを見ると、オコジョの坊やは、少し怖く無くなりました。なんで、オニは悲しそうにしているんだろうとも思いました。




それから、また動き出して、森の入口まで来ました。
乗ってきたものから降り、オコジョの籠を持って森へ近づきました。

 オニは、オコジョを籠から出そうとします。
最初に、山で罠に閉じ込められたときに見たオニは、それはもう恐ろしかったけれど、あの春みたいに暖かい、あの家の子供の笑った顔を思い出すと、もう怖くありません。

 オニは、オコジョを捕まえて頭を撫でます。
大きな手です。何だかとても暖かい気持ちになります。
 
オコジョの坊やは、何故だか、お母さんが、覚えていない坊やの為に、時々話してくれる、お父さんの話を聞いた時のような気持になりました。

『さあ、お家へおかえり』と、森に放しました。
 オコジョの坊やには、オニが喋っている事は分かりませんでしたが、オニが、「さよなら」と、言っているんだと思いました。

森に向かって走りだします。足はもう痛くありません。
オコジョの坊やは、立ち止まって振り返ります。
すると、オニが手を振って『気を付けておかえり』と、声をかけてきます。坊やには、そう聞こえました。

 オコジョの坊やは、もうオニが怖くないです。
それどころか、優しい気持ちになりました。
あれが、本当にオニなのだろうかと、不思議な気分になりました。



 辺りはすっかり暗くなっています。
森に入って、急に母さんを思い出し、大急ぎで家に向かって走りました。
オニが乗っていたあれには敵わないけれど、「僕だって早く走れるんだ」と、日暮れの森を跳んで走って行きます。

 薄暗い森を抜ける辺り、坊やの家がある岩場にほど近い、少し開けたところで何かが跳ねました。
坊やは雪に身を潜めます。
 雪で目立ちませんが、木の根元で、うっすら白いもの動いています。
ノウサギです。
雪を掘って埋もれた草木を食べています。

 オコジョの坊やは、すかさずノウサギに近づきますが、ノウサギが敏感に気づいて逃げ出します。
坊やが先に回り対峙します。
ノウサギが跳んで逃げる隙をうかがいます。

すると坊やが、急に真上に高く飛び上がると、腹を見せてくるりと転がり、首を振たかと思えば、逆立ちで飛び跳ねます。まるで踊っているようです。

 オコジョの坊やの行動に、ノウサギはどっちに逃げていいのか、分からなくなってしまいました。
気づくと、坊やはいつの間にかノウサギに近づいていたのです。
その隙を見逃さずに、坊やの二倍以上も大きいノウサギに飛び掛かります。

ノウサギが跳ねて逃げますが、坊やも必死に追って、ノウサギのど元に喰い付きます。ノ
ウサギは振るい落そうと跳ねて抵抗しますが、喉に嚙みついたまま、背中にしがみついて離しません。

 落されそうになっても必死につかんで離さずに、ノウサギが息絶えるまで喰らいつくのです。
やがて動かなくなった獲物を咥えて引きずっていきます。
もう、東の方はもう暗く星も光っています。

 獲物を咥えたオコジョの姿は、自然の中の生態系の捕食者です。
今回は捕食に成功しましたが、次は捕食される側にならないとも分かりません。

 薄っすらと光を放つ月に照らされた坊やは、愛くるしさは何処へやらと、勇ましく、生々しく、恐ろしさすら感じさせます。
ともあれ今日はいろいろありましたので、坊やももうヘトヘトです。
「これでお母さんに、お腹いっぱい食べさせてあげれるぞ」
 ほっとしたら笑顔がこぼれました。
 



 家の外には、オコジョの母さんがいました。
坊やを外で待ってくれていたようです。
「坊や、いったい何処に行っていたいたの、こんなに遅くなるまで、心配したのよ」
 お母さんが、叱りながらも安堵して、抱きしめます。

「母さん、ごめんなさい。僕、罠に掛かってしまって、ケガもしちゃって」
「まあ、なんて事なの、大丈夫なの」と、オコジョの母さんが慌てます。

「大丈夫、オニが助けてくれたんだよ、足のケガも薬を塗ってくれて、食べ物もくれたんだよ」
坊やが、楽しかった出来事を話す時のように言うので、お母さんは目まいを覚えたようです。

「まったく坊やは」大きなため息をつきます。
「お母さんにお土産があるんだ」坊やが得意げに言います。
 家の入口のすぐ下に置いた獲物をお母さんに見せます。
 
「やだ、坊やが捕ったの?一人で捕ったの?」驚いて目を丸くします。
「お母さん、いっぱい食べてね」
坊やももう立派になったなと、オコジョのお母さんは嬉しくて涙ぐみます。

「でも、オニは全然恐くなかったよ。ねえ本当に、森のみんなを食べたりするの?信じられないよ」
坊やがそう訊くと、母さんは坊やの頭を撫でながら、優しく笑って話します。

「本当よ。でも、坊やが出会ったのは、オニではなくて、人間よ」
「え、ニンゲン?オニとは、何が違うの?ニンゲンは恐くないの?」
坊やが訊き返します。

「いいえ、残念だけど、森を壊したり、仲間を食べたり、恐ろしい事をするのも、人間よ。森を治したり、坊やみたいに仲間を助けてくれるのも人間。鬼はね、人間の心の中にいるのよ、それが、その人間の中の鬼が大きくなると、恐ろしい事をしてしまうのよ。それにね、人間に限らず、鬼は、私たちの中にもいるのよ」

「え、僕にも?」
坊やは驚きながらも、ふと、アナグマのおじさんの別れ際の顔を思い出して身震いします。
ノウサギには坊やがオニに見えたかもしれません。
「そうよ、だから坊や、心配かけないでね。さあ、早くご飯にしましょう。良い子にしていないと鬼が来るわよ」
                                    
(おわり)

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