buddy ~絆の物語~

空風 羽海

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大学生編

79. 穏やかな2人

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久しぶりの休みの日。
竣亮は、葉月が1人暮らしをしているアパートに来ていた。
葉月は大学進学のため地方から出て来たため、1人暮らしをしていた。
今日は、なんとか時間を空けてくれたので、住所を教えてもらい、竣亮が尋ねることにした。

チャイムを鳴らすと葉月が出てきた。
「先輩.....なんでそんなに痩せてるんですかっ」
以前よりも、顔も身体も痩せた葉月を見た瞬間、竣亮は大きな声を出してしまった。
「竣亮くん.....久しぶりね.....」
話す言葉にも元気がない。葉月らしいマシンガントークも、今日は不発だ。

「先輩、僕、今日はここで帰ろうと思いましたが、気が変わりました。先輩、全然ご飯食べてないでしょう?僕が作るので、待っててください」
「え、あっ、いや、そんな悪いわっ」
「ダメです。先輩がご飯を食べるまで帰りません」
竣亮にきっぱりと言われてしまい、葉月はそれ以上何も言えなくなった。
そして、葉月の部屋の冷蔵庫を見て、竣亮は言葉を失った。
ものの見事に、何もないのだ。あるといえば、ペットボトルのお茶が2本と、チョコレートが1袋。ただそれだけ。

「.........先輩」
「いや、ほら、試験勉強とか提出物の作成とか、バイトとか諸々忙しくて、買い物に行けなくて......」
竣亮は、はぁぁ....とため息をついて、
「とりあえず、すぐ食べられるものとか、食材とか、いろいろ買ってくるんで、待っててください」
「あ、じゃあ、わたしも......」
「待っててください」
竣亮は葉月にずいっと近寄り、なにも言えなくなるよう圧をかける。
「......わかりました」

今日ばかりはさすがの葉月も竣亮には勝てず、素直に従う。そんな葉月を竣亮がふわっと優しく抱き締める。
「僕、先輩のことが心配なんです。勉強が大変なのはわかりますが、食事はしてください。受験前に倒れてしまったら、これまで頑張ってきたことが無駄になるんですよ?」
「......わかったわ」
「約束してくださいね?」
竣亮はそう言って葉月の顔を見ると、その顔は真っ赤になっていた。それを見て、竣亮も照れてしまう。

「じゃあ、買い物に行ってきますね。なにか欲しい物とか、食べたい物はありますか?」
竣亮に聞かれた葉月は、少し考えて、
「オムライスが食べたい」
小さな声でぼそっと言う。
「りょーかいです。頑張って作るので、それまで勉強しててください。葉月さん」
そう言うと、竣亮は買い物に行ってしまった。
1人部屋に残された葉月は、今日初めて竣亮に「葉月さん」と呼ばれたことを、頭の中で何度もリピートしていた。

竣亮が買い物から帰ってきて、台所でオムライスを作っている間、葉月は竣亮の後姿を眺めていた。
付き合い始めて3か月が経とうというのに、いまだにその実感がわかない。
まさか自分が男性と交際するなんて、しかもその相手が、自分が大好きなbuddyのメンバーだなんてと、いつかこの夢が醒めてしまうんじゃないかと不安になることもあった。

「葉月さん、出来ましたよ」
葉月がそんなことを考えていると、出来上がったオムライスを持って、竣亮がテーブルを挟んで目の前に座っていた。
「あっ.....ありがとう」
「一応、食べられるとは思うんですが.....」
自信なさげな竣亮だが、出来上がったオムライスを見て葉月は驚いた。
卵焼きできれいに巻かれたライスは、これまたきれいなラグビーボールの形をしていて、その上にはケチャップで「fight!」と、器用に書かれていた。

「竣亮くん、美味しいわ!」
「いや、まだ食べてませんよ」
「食べなくてもわかるわよっ!絶対美味しいっ!」
「えへへ.....」
「はぁ.....もったいない.....食べられないわ.....」
「いや、食べてください。今すぐにっ!」
竣亮に食べろと迫られたため、葉月はスプーンでオムライスを食べ始める。
中のご飯は、玉ねぎや、ベーコンなどと炒められたケチャップライスで、懐かしい味がした。
「竣亮くん、ホントに美味しい......」
「本当ですか⁉良かったー、お口にあって」
料理が苦手な葉月は、少し恥ずかしくなった。
「わたし料理が苦手で、こんなに上手に作れたことがないから、竣亮くんに申し訳ないわ......」
葉月がボソッと言うと、それを聞いた竣亮がクスっと笑う。
「葉月さんが苦手なことは、僕がカバーするので気にしないでください」
「で...でも、一応わたし.....か、彼女だし.....」
それを聞いて竣亮は、テーブル越しに葉月に顔を近づける。

「葉月さん、ようやく僕の彼女っていう自覚が出てきたんですね。うれしい」
竣亮は葉月の口元に手を伸ばし、指先で何かをつまむと、それを自分の口に持っていく。
「ご飯つぶ、ついてました」
葉月は一連の竣亮の動作に、身動きが取れなくなった。
「......竣亮くん、やっぱりまだ、わたしには早いわ.....」
「そうですか、残念です。じゃあ、もっと頑張りましょう」
残念という割には楽しそうにしている竣亮に、葉月は複雑な視線を向けていた。

食べ終わったお皿を洗って、竣亮にコーヒーを持っていくと、竣亮が葉月に隣に座るようポンポンと叩いている。
葉月がおずおずとそこに座ると、竣亮がスマホの画面を見せてきた。
「葉月さん、これ見てくれました?」
そう言って竣亮が見せたのは、先日公表された、あの6人のバックショットだった。葉月はここ最近、勉強に集中するため、あらゆる情報を遮断していた。それを知っている竣亮は、その写真を葉月に見せたかった。

「知ってるわ!その写真、すごく素敵よね」
「なぁんだ、知ってたんですね」
竣亮は、少し残念そうにするも、知ってくれててうれしいという気持ちも見え隠れしていた。
「ちょっと、buddy欠乏症が出ちゃって....それで見たの。この間、沖縄で撮った写真でしょう?」
「そうです。今まで生きてきた中で、あんなに写真を撮られたのは生まれて初めてでした」
わかっていたとはいえ、一日中カメラを向けられていたのは、少しストレスにもなっていた。だから、最後の3日間がとても楽しかった。

そして、先日公表された情報も知っていたようで、葉月は興奮気味に話す。
「もちろん、写真集の予約と12月1日のお披露目ライブに応募するつもりよ。試験前ではあるけど、こればっかりは外せないわ」
葉月のその言葉を聞いて、竣亮は「え?」となる。
「あの......葉月さん......」
「なぁに?」
「写真集は買わなくてもいいし、ライブも応募しなくてもいいですよ.....」
葉月は竣亮にそう言われて、ショックを受ける。

なんで⁉確かに、1月には大学院の受験があるとはいえ、その日1日くらいは都合つけるし、外れたら外れたで、おとなしく家で勉強するのに....‼そんなに私のことが迷惑なの⁉と、自分の頭の中でマシンガントークをしていた。
以前のように、口に出さなくなっただけ、成長しているようだ。

竣亮は、明らかにショックを受けている葉月の顔を見て、すぐに言い直す。
「葉月さんっ!ごめんなさい。僕の言い方が悪かったです....あの、写真集は僕が準備してお渡しするので、予約の必要はないっていうことと、ライブは関係者席に葉月さんをご招待するつもりだったので、応募しなくても大丈夫だと言いたかったんです......」
竣亮にそう聞かされて、今度は葉月が「え?」となる。
「今日は、ライブに行くかどうかの確認をしたかったんですが、いまの話だと行くんですよね?」
竣亮が葉月の顔を覗き込むと、葉月はまだ放心している。竣亮は、葉月の顔の前で手を振ってみる。
「え....あ、ごめんなさい....あまりにも予想外のことを言われたものだから....」
「なにが、予想外なんですか?」
「いまの話全部よ」
怒っているつもりはないが、つい口調が強くなってしまう。

「どうしてですか?写真集は何冊か貰えるらしいので、それを渡すだけだし、ライブの関係者席も、みんなそれぞれ家族とか友達とか、恋人を呼ぶんですよ?僕の彼女なんだから、葉月さんがそこにいてもおかしくないです。それに葉月さんには、僕たちが人前で初めて歌とダンスを披露する姿を、見てもらいたいんです」
竣亮は、葉月に対して遠慮した物言いをすると、全く伝わらないということを知っている。だから、ストレートに自分の気持ちをぶつけた。
「でも.....わたしはbuddyファンとして.....」
「知ってます。でも、葉月さんはもうただのファンじゃないんですよ?僕の大事な人で、正式にお付き合いしている彼女なんです。だから僕は堂々と、葉月さんを特別扱いするんです」

葉月はどうも、竣亮と付き合い始めてから、竣亮に押されることが多くなった。この話もそうだ。
でも、葉月は何となく気づいていた。これは竣亮の優しさなんだと。
ファンというのは、ある意味みんな同じ位置にいなければならないのに、自分1人だけ抜け駆けをしているような、そんな罪悪感を抱いている葉月に、竣亮はそうじゃないんだと、一生懸命、葉月にわからせようとしてくれている。
それに気づいた葉月は、その気持ちを受け取ることにした。
「わかったわ.....ありがとう竣亮くん。喜んでご招待を受けるわ。その日のために、また猛勉強しなくちゃね」
その言葉を聞いて、竣亮も安堵する。

「よかった.....当日は、僕の両親と姉も来るので、その時に紹介しますね」
「え......ご両親と、お姉さま.....?」
葉月は招待を受けたものの、それは聞いてないと言いたげな顔だ。
「はい。さっき言ったじゃないですか。みんなそれぞれ家族とか友達とか恋人を呼ぶんだって.....今さら行かないって、言わないでくださいね?」
少し意地悪そうな笑顔を浮かべる竣亮に、葉月はまた複雑な顔をする。
可愛い顔をして侮れない男、それが自分の恋人なんだと思い知らされた。

竣亮も葉月も、不器用ながらも少しずつ距離を縮めていきながら、お互いの恋心を育てている。
それは、パッと燃えるようなものではなく、カイロのように、じんわりとゆっくり温まる、そんな優しい恋心だった。
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