105 / 117
大人編
104.元・紡木小学校5年2組
しおりを挟む
9月2日。予定日よりも少し遅く、竣亮と葉月の元に待望の女の子が産まれた。
名前は『彩葉』と名付けられた。
「自分の子供って、こんなに可愛いんだね.....」
竣亮は、産まれて間もない我が子を腕に抱きながら、葉月に語りかける。
「竣亮くんの子供だもの。可愛くないわけないじゃない」
「違うよ。僕と葉月さんの子供だよ。ちゃんと2人の血が入っているんだからね」
「.......そうね。竣亮くんとわたしの子供だわ......」
「ありがとう葉月さん。こんなに可愛い子を産んでくれて......」
竣亮は嬉しさで涙が止まらず、ポロポロと涙をこぼす。
「あらあら、竣亮くんは相変わらず泣き虫ね」
両手が塞がっている竣亮の代わりに、葉月がティッシュで涙を拭ってあげる。
「これは、悲しい涙じゃなくて、嬉し涙だからいいんだよ」
「ふふっ、わかったわ」
「周りに友達もたくさんいるし、早くみんなと一緒に遊んでいるところを見て見たいな」
「そんなのすぐよ。あっという間に大きくなって、あっという間にお嫁にいっちゃうかも」
葉月が意地悪そうに言う。
「えぇ⁉それはやだ.....」
その言葉を口にした瞬間、竣亮はこれがいわゆる「親バカ」かと思った。
みんなが我が子を可愛いというのも、隼斗が夕希を嫁に出したくないっていうのも、自分が親になって初めて感じた。
「葉月さん、僕も親バカの仲間入りしちゃった」
「あら、竣亮くん今気づいたの?あなた、この子がお腹にいるときからすでに親バカよ?」
葉月にそう言われて、竣亮は思い返す。葉月のお腹が大きくなるにつれ、毎日時間を見つけては、そのお腹に話しかけたりしていた。
時には、その声に答えるようにお腹が動いたりして、その度に、早く会いたいなぁ、無事に生まれてね、などと言っていた。
「そうだね.....僕、すでに親バカだった」
「ふふっ、でしょう?」
「じゃあ、これからはもっともっと、親バカになって、葉月さんも彩葉も愛していくよ」
「わかったわ。頼りにしているわ、旦那さま」
こうして6人全員が子宝に恵まれ、これまで以上に仕事を頑張る「源」が出来た。
そして、9月25日。
いよいよ『紡木小学校創立50周年記念式典』の日がやってきた。
式典は小学校の体育館で、10時から12時までの予定になっていた。
なぜならこの日は平日で、参加するのは在校生と、招待された来賓客ばかりだったからだ。
つまり6人は、自分たちの後輩の前で歌を歌うことになる。
6人はサプライズゲストのため、記念式典の参加者には気づかれないよう、学校の裏門に事務所の車を止め、こっそり控室代わりの、今は使われていない視聴覚教室に入った。
「うわっ、懐かしー」
「でもさ、ここって数えるくらいしか、入ったことがないよね?」
「そうだっけ?もう、あんまり覚えてないなぁ.....」
並べられた机の上に荷物を置きながら、懐かしさと、物珍しさで教室内をウロウロしていると、ガラッと扉が開いて、男性2人が入ってきた。
「buddyのみなさん、お疲れさまです。今回の記念式典で皆さんにオファーを出した菊池です」
「阿部です。.......というか、みんな覚えてる?」
阿部と言った男に覚えてるかと言われ、6人は、んー?と首を傾げる。
「もしかして.....阿部孝樹か?確か、児童会長してた....」
僚がそう言うと、他の5人もハッとなる。
「ええ⁉分厚いメガネを掛けていた、あの阿部くん⁉」
「いつも参考書を持って歩いていた、あの阿部か⁉」
深尋と隼斗の阿部のイメージは、堅物真面目な印象しか残っていないらしい。しかし今の阿部はそんなことは全くなく、メガネを掛けていない、優しい顔立ちの男だった。
「ははっ、そうだよ。あの、阿部孝樹だよ。覚えてくれていて嬉しいよ。いまは、この小学校で6年生の担任をしているんだ。菊池先生も、この小学校の先生で、5年生を担当している」
思いがけない同級生との再会に、6人は感動していた。
「去年、この小学校に赴任した時に、今年が50周年で式典をするのは決まっていたんだけど、児童も参加するし、せっかくなら楽しくしたいと思ってね。君たちがこの学校を卒業しているのは有名だったし、ダメ元で事務所の方にオファーを出したんだ」
阿部がオファーを出したいきさつを語る。
「でもさ、オファーした後に気づいたんだ。藤堂さんと、新井さんが育休中だってことに。だから、半分諦めていたんだけど、こうして受けてもらえて、本当に嬉しいよ。ありがとう」
正直、buddyの人気ぶりからすると、このオファーはかなり小さいものだ。それでも、母校のためにと引き受けただけなのに、こんなに感謝されると、手は抜けないなと思った。
「阿部くん、こちらこそありがとう。このオファーが無かったら、この学校に来ることもなかったし、久しぶりに小学生の頃のことを思い出すことが出来て、嬉しかったの。今日は、後輩たちのために頑張るから、見ててね」
明日香が阿部にそう言うと、阿部はくすりと笑顔を浮かべる。
「藤堂さんは、あの頃と何も変わってないね。今だから言えるけど、僕の初恋は藤堂さんだったんだよ」
その言葉を聞いて、僚が阿部に対して1歩前に出る。
それを見て阿部は、ブンブンと両手を横に振る。
「ああ、ごめん、葉山くん。僕もいまは結婚してるし、何とも思ってないよ」
「当たり前だろ。思ってたら困る。.......ファンとしてならいいけど」
「もちろん、いちファンとして応援しているよ。だけど、君たちってあの頃と変わらず仲が良いんだね。なんだか羨ましいよ」
阿部にそう言われて、6人の頭に真っ先に浮かんだのは市木の顔だ。
アイツもそんなことをよく言ってたなと。
「それ、よく言われるよ。俺たちはこれが普通だったから、よくわかんないんだけどさ」
「それが普通か......すごいね君たちの絆の強さは。だから芸能界でも成功したんだね。同級生として自慢できるよ」
「おっ!あの阿部が俺たちを自慢してくれるんなら、いくらでもしていいぜ」
「隼斗はすぐ調子に乗る......」
結婚して子供が出来ても、中身が変わらない弟のことを、明日香は呆れて見ていた。
「それじゃあ、時間になったらまた呼びに来るから、それまでゆっくりしてて。また、あとで」
阿部はそう言って、菊池と2人で視聴覚教室を出ていった。
思わぬぶっちゃけ話があったが、何事もなく学校側との挨拶が済んだ。
それから6人は衣装に着替え、メイクを済ませて、出番が来るのを待っていた。
今日の衣装は、相手がほとんど小学生のため、親近感を持ってもらえるよう、ジーンズにお揃いの薄手のロングTシャツを着ていた。
「buddyのみなさん、準備はよろしいですか」
先ほどの阿部が呼びに来たので、6人は体育館のそばの出入り口に待機した。
今回、舞台上には式典のための演台やお花などがあるため、舞台のすぐ下、小学生たちが座っている目の前で歌うことになる。
6人はどんな反応をするのか、楽しみにしていた。
体育館の中から、司会者の声が聞こえてきた。
「それではここで、紡木小学校の50周年をお祝いするために、素敵な方々が来てくれました!みなさま、どうぞ拍手でお迎えください!」
その合図とともに、目の前の扉が開かれ、6人は連なって体育館へ入っていく。すると、目の前の小学生たちは、予想をはるかに上回るほど騒ぎ、喜んでくれた。
「きゃーっ!きゃーっ!」「芸能人だ‼」「本物⁉」など、様々な言葉か飛び交っていて、一向に落ち着く様子がない。しまいには先生方が「静かにっ!」と何度も声を掛け、やっと静かになった。
静かになったところで、僚が挨拶をする。
「みなさん、こんにちは。僕たちはbuddyと言います!知ってますかー?」
僚が子供たちに問いかけると、みんな口々に、
「知ってるー!」「テレビで見たことあるー!」
などと返ってくる。
「ありがとう。そして、紡木小学校の50周年を、心よりお祝い申し上げます」
その言葉に、6人は一斉にお辞儀をする。そのあとも、僚の挨拶が続いた。
「僕たちは20年前に、この紡木小学校の5年2組で同じクラスになり、それからとっても仲良くなりました。その年に、縁があって今の事務所の方にスカウトされ、高校1年生の時にデビューしました。この学校で、この仲間たちと出会っていなかったら、buddyは存在しなかったし、こうして仲良くなることもなかったと思います。今日は僕たちを出会わせてくれた、この紡木小学校にお礼をしたくて、6人でやってきました。みなさんも、今そばにいるお友達を大事にして、これからも頑張ってほしいと思います。それではみんな、心の準備はいいかな?」
僚が子供たちに語りかけると「はーーーい!」という、大きな返事が返ってきた。
その返事のあとに流れてきたのは、デビュー曲の『さよならいつか』だった。
6人も久しぶりにその曲を歌うことになり、これを歌うと決まった時から改めて練習をしてきた。
buddyの始まりの曲であり、一番大切な思い出の曲だ。
音楽が流れると、先ほどまで大人たちのつまらない話を聞かされて、眠そうにしていた子供たちの目がランランと輝き、6人の歌とダンスを夢中になって見ていた。
体育館の後方に座っている来賓の人達も、わかる人にはわかるらしく、身を乗り出して見ている。
曲が終わると、体育館中から大きな拍手が飛んできた。
それからすぐに、2曲目の音楽が流れる。それは、過去一難しい『Diamond』
だった。
さよならいつかのミディアムバラードから一転、激しい音楽とダンスに変わると、小学生たちも大盛り上がりだ。
特に5年生、6年生の高学年の子たちは、サビの部分を一緒に歌ったりしている。『Diamond』がリリースされるまで、buddyが出したシングルCDの中で売り上げNo.1は『Sapphire』だったが、『Diamond』はそれを超える売り上げを記録したとあって、世間の認知度も高い曲になっていた。
Diamondまで歌い上げ、6人はお辞儀をする。
そして、両手を振りながら体育館を去り、無事、記念式典を終えることが出来た。
「子供たち元気だったねー」
「ほんと。あのパワーには負けるわ」
再び元視聴覚教室に戻って来た6人は、現役小学生の元気とパワーに面食らっていた。
「なんだ、お前たち。お前たちも、僕と出会った時はあんな感じだったぞ」
元木も久しぶりに風見市を訪れ、いろいろ思い出したのか、くくくっと笑いながら20年前を振り返っていた。
「そうかな.....?」
「俺たちは、もうちょっとお行儀よくしていたと思うけど」
「お行儀よくねぇ......最初の頃はずっと疑われてて、不審者扱いされてたんだけどな」
元木にそう言われても、6人は思い出せない。
こういうことは、する側よりも、された側の方がよく覚えているものだ。
「まぁ、まぁ、元木さん。行き違いはあったかもしれないけど、今はこうして一緒にお仕事しているんだからさ、過去のことは水に流そうよ」
「隼斗、それは僕が言うセリフなんだよ。まったく、お前たちはあの時もいまも、根っこのところは何も変わってないな。こうして有名になっても、『みんなで楽しいことが出来ればそれでいい』なんてことをずっと思っているだろ?普通はもっと欲が出るものなんだけどな」
人間は、有名になって大きな成功を掴むと、もっと、もっとと欲しがる。それが人としてある種普通の考え方だったり、行動だったりするのだが、6人にはそれがほとんどない。
そういう姿が、逆に魅力的に見えるのかもしれんなと、元木は考えていた。
「元木さん、今日の仕事ってこれで終わりだったよね?」
僚が元木に確認する。
「ああ。今日この後は何もないけど、何かあるのか?」
「いや、久しぶりに紡木小に来たし、せっかくだからもう1か所、行きたいなと思っているところがあるんだけど」
僚がそう言うと、隼斗がニヤッと笑う。
「奇遇だな僚。俺もちょっと考えてたんだ」
「僚くん、隼斗くん、僕もだよ」
「俺たち、考えることも同じだな」
男性陣はどうやら同じことを考えているようだ。
でも、この話を聞いて、明日香も深尋も口には出さないが、同じことを考えていた。
着替えが終わり、帰ろうとしていると、再び阿部が6人の元へとやってきた。
「みんな、今日はどうもありがとう。子供たちも大喜びだったよ」
「いや、こっちこそありがとうな」
「阿部くん、学校の先生も大変だろうけど、頑張ってね」
「葉山くん、藤堂さん、ありがとうね。あと、もし同級生で集まることがあれば、連絡するよ」
「ああ、待ってるよ」
社交辞令かもしれないが、もう一度再会することを約束する。それが出来るくらいにみんな大人になっていた。
それから学校を出た6人は、元木にお願いし思い出の地へと向かった。
名前は『彩葉』と名付けられた。
「自分の子供って、こんなに可愛いんだね.....」
竣亮は、産まれて間もない我が子を腕に抱きながら、葉月に語りかける。
「竣亮くんの子供だもの。可愛くないわけないじゃない」
「違うよ。僕と葉月さんの子供だよ。ちゃんと2人の血が入っているんだからね」
「.......そうね。竣亮くんとわたしの子供だわ......」
「ありがとう葉月さん。こんなに可愛い子を産んでくれて......」
竣亮は嬉しさで涙が止まらず、ポロポロと涙をこぼす。
「あらあら、竣亮くんは相変わらず泣き虫ね」
両手が塞がっている竣亮の代わりに、葉月がティッシュで涙を拭ってあげる。
「これは、悲しい涙じゃなくて、嬉し涙だからいいんだよ」
「ふふっ、わかったわ」
「周りに友達もたくさんいるし、早くみんなと一緒に遊んでいるところを見て見たいな」
「そんなのすぐよ。あっという間に大きくなって、あっという間にお嫁にいっちゃうかも」
葉月が意地悪そうに言う。
「えぇ⁉それはやだ.....」
その言葉を口にした瞬間、竣亮はこれがいわゆる「親バカ」かと思った。
みんなが我が子を可愛いというのも、隼斗が夕希を嫁に出したくないっていうのも、自分が親になって初めて感じた。
「葉月さん、僕も親バカの仲間入りしちゃった」
「あら、竣亮くん今気づいたの?あなた、この子がお腹にいるときからすでに親バカよ?」
葉月にそう言われて、竣亮は思い返す。葉月のお腹が大きくなるにつれ、毎日時間を見つけては、そのお腹に話しかけたりしていた。
時には、その声に答えるようにお腹が動いたりして、その度に、早く会いたいなぁ、無事に生まれてね、などと言っていた。
「そうだね.....僕、すでに親バカだった」
「ふふっ、でしょう?」
「じゃあ、これからはもっともっと、親バカになって、葉月さんも彩葉も愛していくよ」
「わかったわ。頼りにしているわ、旦那さま」
こうして6人全員が子宝に恵まれ、これまで以上に仕事を頑張る「源」が出来た。
そして、9月25日。
いよいよ『紡木小学校創立50周年記念式典』の日がやってきた。
式典は小学校の体育館で、10時から12時までの予定になっていた。
なぜならこの日は平日で、参加するのは在校生と、招待された来賓客ばかりだったからだ。
つまり6人は、自分たちの後輩の前で歌を歌うことになる。
6人はサプライズゲストのため、記念式典の参加者には気づかれないよう、学校の裏門に事務所の車を止め、こっそり控室代わりの、今は使われていない視聴覚教室に入った。
「うわっ、懐かしー」
「でもさ、ここって数えるくらいしか、入ったことがないよね?」
「そうだっけ?もう、あんまり覚えてないなぁ.....」
並べられた机の上に荷物を置きながら、懐かしさと、物珍しさで教室内をウロウロしていると、ガラッと扉が開いて、男性2人が入ってきた。
「buddyのみなさん、お疲れさまです。今回の記念式典で皆さんにオファーを出した菊池です」
「阿部です。.......というか、みんな覚えてる?」
阿部と言った男に覚えてるかと言われ、6人は、んー?と首を傾げる。
「もしかして.....阿部孝樹か?確か、児童会長してた....」
僚がそう言うと、他の5人もハッとなる。
「ええ⁉分厚いメガネを掛けていた、あの阿部くん⁉」
「いつも参考書を持って歩いていた、あの阿部か⁉」
深尋と隼斗の阿部のイメージは、堅物真面目な印象しか残っていないらしい。しかし今の阿部はそんなことは全くなく、メガネを掛けていない、優しい顔立ちの男だった。
「ははっ、そうだよ。あの、阿部孝樹だよ。覚えてくれていて嬉しいよ。いまは、この小学校で6年生の担任をしているんだ。菊池先生も、この小学校の先生で、5年生を担当している」
思いがけない同級生との再会に、6人は感動していた。
「去年、この小学校に赴任した時に、今年が50周年で式典をするのは決まっていたんだけど、児童も参加するし、せっかくなら楽しくしたいと思ってね。君たちがこの学校を卒業しているのは有名だったし、ダメ元で事務所の方にオファーを出したんだ」
阿部がオファーを出したいきさつを語る。
「でもさ、オファーした後に気づいたんだ。藤堂さんと、新井さんが育休中だってことに。だから、半分諦めていたんだけど、こうして受けてもらえて、本当に嬉しいよ。ありがとう」
正直、buddyの人気ぶりからすると、このオファーはかなり小さいものだ。それでも、母校のためにと引き受けただけなのに、こんなに感謝されると、手は抜けないなと思った。
「阿部くん、こちらこそありがとう。このオファーが無かったら、この学校に来ることもなかったし、久しぶりに小学生の頃のことを思い出すことが出来て、嬉しかったの。今日は、後輩たちのために頑張るから、見ててね」
明日香が阿部にそう言うと、阿部はくすりと笑顔を浮かべる。
「藤堂さんは、あの頃と何も変わってないね。今だから言えるけど、僕の初恋は藤堂さんだったんだよ」
その言葉を聞いて、僚が阿部に対して1歩前に出る。
それを見て阿部は、ブンブンと両手を横に振る。
「ああ、ごめん、葉山くん。僕もいまは結婚してるし、何とも思ってないよ」
「当たり前だろ。思ってたら困る。.......ファンとしてならいいけど」
「もちろん、いちファンとして応援しているよ。だけど、君たちってあの頃と変わらず仲が良いんだね。なんだか羨ましいよ」
阿部にそう言われて、6人の頭に真っ先に浮かんだのは市木の顔だ。
アイツもそんなことをよく言ってたなと。
「それ、よく言われるよ。俺たちはこれが普通だったから、よくわかんないんだけどさ」
「それが普通か......すごいね君たちの絆の強さは。だから芸能界でも成功したんだね。同級生として自慢できるよ」
「おっ!あの阿部が俺たちを自慢してくれるんなら、いくらでもしていいぜ」
「隼斗はすぐ調子に乗る......」
結婚して子供が出来ても、中身が変わらない弟のことを、明日香は呆れて見ていた。
「それじゃあ、時間になったらまた呼びに来るから、それまでゆっくりしてて。また、あとで」
阿部はそう言って、菊池と2人で視聴覚教室を出ていった。
思わぬぶっちゃけ話があったが、何事もなく学校側との挨拶が済んだ。
それから6人は衣装に着替え、メイクを済ませて、出番が来るのを待っていた。
今日の衣装は、相手がほとんど小学生のため、親近感を持ってもらえるよう、ジーンズにお揃いの薄手のロングTシャツを着ていた。
「buddyのみなさん、準備はよろしいですか」
先ほどの阿部が呼びに来たので、6人は体育館のそばの出入り口に待機した。
今回、舞台上には式典のための演台やお花などがあるため、舞台のすぐ下、小学生たちが座っている目の前で歌うことになる。
6人はどんな反応をするのか、楽しみにしていた。
体育館の中から、司会者の声が聞こえてきた。
「それではここで、紡木小学校の50周年をお祝いするために、素敵な方々が来てくれました!みなさま、どうぞ拍手でお迎えください!」
その合図とともに、目の前の扉が開かれ、6人は連なって体育館へ入っていく。すると、目の前の小学生たちは、予想をはるかに上回るほど騒ぎ、喜んでくれた。
「きゃーっ!きゃーっ!」「芸能人だ‼」「本物⁉」など、様々な言葉か飛び交っていて、一向に落ち着く様子がない。しまいには先生方が「静かにっ!」と何度も声を掛け、やっと静かになった。
静かになったところで、僚が挨拶をする。
「みなさん、こんにちは。僕たちはbuddyと言います!知ってますかー?」
僚が子供たちに問いかけると、みんな口々に、
「知ってるー!」「テレビで見たことあるー!」
などと返ってくる。
「ありがとう。そして、紡木小学校の50周年を、心よりお祝い申し上げます」
その言葉に、6人は一斉にお辞儀をする。そのあとも、僚の挨拶が続いた。
「僕たちは20年前に、この紡木小学校の5年2組で同じクラスになり、それからとっても仲良くなりました。その年に、縁があって今の事務所の方にスカウトされ、高校1年生の時にデビューしました。この学校で、この仲間たちと出会っていなかったら、buddyは存在しなかったし、こうして仲良くなることもなかったと思います。今日は僕たちを出会わせてくれた、この紡木小学校にお礼をしたくて、6人でやってきました。みなさんも、今そばにいるお友達を大事にして、これからも頑張ってほしいと思います。それではみんな、心の準備はいいかな?」
僚が子供たちに語りかけると「はーーーい!」という、大きな返事が返ってきた。
その返事のあとに流れてきたのは、デビュー曲の『さよならいつか』だった。
6人も久しぶりにその曲を歌うことになり、これを歌うと決まった時から改めて練習をしてきた。
buddyの始まりの曲であり、一番大切な思い出の曲だ。
音楽が流れると、先ほどまで大人たちのつまらない話を聞かされて、眠そうにしていた子供たちの目がランランと輝き、6人の歌とダンスを夢中になって見ていた。
体育館の後方に座っている来賓の人達も、わかる人にはわかるらしく、身を乗り出して見ている。
曲が終わると、体育館中から大きな拍手が飛んできた。
それからすぐに、2曲目の音楽が流れる。それは、過去一難しい『Diamond』
だった。
さよならいつかのミディアムバラードから一転、激しい音楽とダンスに変わると、小学生たちも大盛り上がりだ。
特に5年生、6年生の高学年の子たちは、サビの部分を一緒に歌ったりしている。『Diamond』がリリースされるまで、buddyが出したシングルCDの中で売り上げNo.1は『Sapphire』だったが、『Diamond』はそれを超える売り上げを記録したとあって、世間の認知度も高い曲になっていた。
Diamondまで歌い上げ、6人はお辞儀をする。
そして、両手を振りながら体育館を去り、無事、記念式典を終えることが出来た。
「子供たち元気だったねー」
「ほんと。あのパワーには負けるわ」
再び元視聴覚教室に戻って来た6人は、現役小学生の元気とパワーに面食らっていた。
「なんだ、お前たち。お前たちも、僕と出会った時はあんな感じだったぞ」
元木も久しぶりに風見市を訪れ、いろいろ思い出したのか、くくくっと笑いながら20年前を振り返っていた。
「そうかな.....?」
「俺たちは、もうちょっとお行儀よくしていたと思うけど」
「お行儀よくねぇ......最初の頃はずっと疑われてて、不審者扱いされてたんだけどな」
元木にそう言われても、6人は思い出せない。
こういうことは、する側よりも、された側の方がよく覚えているものだ。
「まぁ、まぁ、元木さん。行き違いはあったかもしれないけど、今はこうして一緒にお仕事しているんだからさ、過去のことは水に流そうよ」
「隼斗、それは僕が言うセリフなんだよ。まったく、お前たちはあの時もいまも、根っこのところは何も変わってないな。こうして有名になっても、『みんなで楽しいことが出来ればそれでいい』なんてことをずっと思っているだろ?普通はもっと欲が出るものなんだけどな」
人間は、有名になって大きな成功を掴むと、もっと、もっとと欲しがる。それが人としてある種普通の考え方だったり、行動だったりするのだが、6人にはそれがほとんどない。
そういう姿が、逆に魅力的に見えるのかもしれんなと、元木は考えていた。
「元木さん、今日の仕事ってこれで終わりだったよね?」
僚が元木に確認する。
「ああ。今日この後は何もないけど、何かあるのか?」
「いや、久しぶりに紡木小に来たし、せっかくだからもう1か所、行きたいなと思っているところがあるんだけど」
僚がそう言うと、隼斗がニヤッと笑う。
「奇遇だな僚。俺もちょっと考えてたんだ」
「僚くん、隼斗くん、僕もだよ」
「俺たち、考えることも同じだな」
男性陣はどうやら同じことを考えているようだ。
でも、この話を聞いて、明日香も深尋も口には出さないが、同じことを考えていた。
着替えが終わり、帰ろうとしていると、再び阿部が6人の元へとやってきた。
「みんな、今日はどうもありがとう。子供たちも大喜びだったよ」
「いや、こっちこそありがとうな」
「阿部くん、学校の先生も大変だろうけど、頑張ってね」
「葉山くん、藤堂さん、ありがとうね。あと、もし同級生で集まることがあれば、連絡するよ」
「ああ、待ってるよ」
社交辞令かもしれないが、もう一度再会することを約束する。それが出来るくらいにみんな大人になっていた。
それから学校を出た6人は、元木にお願いし思い出の地へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる