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第32話 信頼たる仲間

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「オラッ! さっさと死ね!」

 両手のナイフを巧みに操り仮面の男はヒットを狙ってきた。男のナイフには常に毒が付き纏う。

 毒を喰らうのは得策ではない。ヒットのキャンセルは回復には使えないからだ。受けた傷や毒をキャンセルで取り除くことは出来ない。

「チッ!」

 再びヒットに向けて銀色の光が降ってきた。ただでさえ厄介なヴァイパーの毒攻撃にこの魔法による援護は鬱陶しいことこの上ない。

「魔法に気を取られ過ぎだぜ! 毒ノ乱投!」

 仮面の男が指の間に挟んだナイフを一斉に投げてきた。横に広がる投げ方だ。毒が含まれているが故、一発でもあたれば勝ちと踏んでいるのだろう。

 それは間違いではない。今のヒットには毒に対処する術がない。

 すぐさまヒットは地面を蹴った。上に逃げることで飛んできたナイフを避ける。だが、男はそれを読んでいたようだ。

「馬鹿が! もう逃げ場は無いぜ! 蛇毒追撃刃!」

 仮面の男も地面を蹴った。毒が蛇のようにその腕に巻き付き、突き出したナイフが牙を向いた蛇の如く姿に変化した。

 聞き覚えのない武技だ。指南書絡みの技かもしれない。どちらにせよこれは受けてはいけない代物だ。

「キャンセル!」

 当然のようにスキルを行使。男の腕から毒蛇が消えた。ただ跳ぶという行為は中断されていない。いまの技は攻撃が毒蛇のように変化するという技であり、行動とはセットではないのだろう。

 とは言え強力は技は連続では使えない。今の技を喰らう心配はとりあえずないだろうが。

「それが来るのはわかってたぜ! だが俺に気を取られすぎたな!」

 その瞬間ヒットの全身に強い衝撃が降り注いだ。銀色の光だ。どこかに潜んでいる仲間の魔法が空中にいるヒットに命中したのだ。

「はっは! これで終わりだ! テメェの心臓を抉ってやるぜ!」

 銀光の衝撃によって地面に叩きつけられたヒットを見て愉悦に浸る仮面の男。
 
 そしてヒット目掛けて落下を始め、両手でナイフを構えた。仰向けに転がるヒットの胸に、重力に任せた凶刃が叩きつけられる。

 だが、ヒットは咄嗟に刃と胸の間に盾を滑り込ませその一撃を防いだ。

「な! お前まだ!」
「……読んでたのはお前だけじゃないってことだ」
「な、なんだと? それは一体どういう――」

 その時仮面の向きが変わり、まさか、と声が漏れた。恐らく仮面の奥に潜む瞳は驚愕に見開かれていることだろう。

 仮面の男が見たのはメリッサだった。弓を構えたメリッサだった。

「十中八九、仲間はそう遠くない場所にいると、踏んでたのさ!」

 盾を力強く押し付け、ヒットの上で跨る体勢になっていた男を押しのけた。更に剣で切るがそれは避け男は飛び退いた。

 ヒットは立ち上がり、メリッサに向けて親指を立てた。

 メリッサに攻撃が行かないようにキャンセルを設置し続けていたのは、ただ守るためだけではない。理由があった。

 そもそもただ守るだけならメリッサには一旦逃げてもらった方がいい。だが、メリッサはそれを望まないであろうし、ヒットにとってもメリッサはただ鑑定の為だけにいるわけではない。お互い信頼しあえるパートナーを目指しているのだ。

 突然のことであった為、お互い特に示し合わせたわけではない。だが、メリッサならばヒットの意志を組んで行動してくれるであろうことは彼にも察しがついた。

 だからこそ、この状況でもメリッサは黙って隠れ潜むのではなく移動を繰り返していた。それはもう1人の仲間の位置を探り当てるために他ならなかった。

 鑑定持ちのメリッサは洞察力にも優れている。それに弓も扱うだけあって目もいいのだ。狙い撃ちも併用すれば射程は軽く500mを超える。

 そしてこの男の仲間は魔法系。それでいて扱う魔法は位置指定。つまりヒットたちが目視出来る場所にいなければ成立しない。

 この状況でヒットとメリッサの位置を把握できる場所は非常に限られてくる。先ず地上はありえない。ヒットたちが戦っている場所はまだ開けているが少し離れれば草木に阻まれ安定して位置を掴むことは不可能。そうなれば考えられるのは彼らの位置より高い場所を陣取る以外ありえず、そうなった場合可能性は必然的に木の上となる。
 
 だからこそヒットはもう1人の相手をメリッサに託した。そのうえで相手の居場所を特定させるため、ヒットも位置を変え、最後は空中で敢えて相手の作戦に乗るようにして魔法を受けた。これが相手にとっては致命的となった。なぜならあの場所を狙える位置はそれほど多くはなく、更に他の可能性はとっくにメリッサが潰していた。

 だからこそメリッサはヒットがやられた姿を目にしても動じず、限界まで狙いを定め、木の上から見下ろしている相手を見つけ、狙い撃ちで射抜いたのだ。

「間違いなく急所を捉えました! もう魔法は来ません!」
「助かったメリッサ! 君と組めて本当に良かった!」
「そんな、もったいないよ……」

 感慨深そうな表情でメリッサが呟く。その言葉はヒットには届いていないが、しかしメリッサの行動を無駄にはしたくないという意思ははっきりと現れていた。

「これで形勢が逆転したな」
「何を馬鹿な!」

 ヒットの鋭い攻撃が続く、仮面の男は強気な態度を崩さないが動きに僅かな動揺が見られた。

 それにヒットの言う通りでもある。今までは相手の魔法をヒットが警戒する必要があったが援護がなくなった今、今度は相手が警戒しなければならないのだ。

「ぐ、くそ!」
 
 迫る2本の矢。その内1本はナイフで叩き落とすも1本を肩に喰らってしまう。

 苦悶の声が仮面の奥から漏れた。

「はぁ、はぁ、くそ、確かにこれはちぃとばかし不利か。だが、これでどうだ!」

 男がナイフを投擲する。奇妙な挙動であり、一旦落ち地面スレスレを飛んだかと思えばホップしてヒットの顎を狙ってきた。

 だが無駄な動きが多い分、避けるのはそう難しくはなかった。

 上半身を使ってナイフを躱すと、そのまま上空へと飛んでいく。

「はは! その間に俺は逃げるぜ!」

 だが、どうやら今のナイフはヒットの気を逸らす為のものだったようだ。仮面の男は踵を返し逃走を始めている。

 ヒットたちが倒したメタリックスライムは残されたままだが、あいつはもう1匹のメタリックスライムの死骸を手にしている。何に使うつもりかはわからないが、ろくな目的のためではないことは想像に容易い。

「逃がすかよ」
「いいや逃げるね。俺の攻撃は続きがあるからな!」
「何?」
「ヒット! 上!」

 メリッサが叫んだ。ヒットが軽く顎を上げると、頭上から数多のナイフが降り注いできた。

「さっきのアレか!」
「正解だ、褒美に教えてやるぜ! 毒ノ刃雨だ!」

 広範囲に及ぶ武技だった。流石にこれをキャンセルすることは出来ない。ヒットは盾を構え何とかし凌ぐ、しかしこの状態で仮面の男を追いかけることは不可能であった――
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