親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃

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第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

第145話 秋月VS蓬莱

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 ひょんなことから秋月と蓬莱が手合わせすることになった。道場の中央では、秋月と蓬莱が向かい合い、その間に楓師範が凛と立つ。

 それにしても蓬莱って治療師だよな? 本当に大丈夫なんだろうか。

 俺は少し不安だった。鬼輝夜の回復担当と聞いていたから、正直「戦える人」というイメージがない。金棒で殴り飛ばすような鬼姫とは違うはず――そう思っていたのに。

「相手への敬意を忘れず、正々堂々と──礼ッ!」

 掛け声とともに二人が頭を下げる。秋月は古式柔術らしい低い構えに沈む。一方の蓬莱は足幅を取り、両腕を大きく広げた…リングで見かけるレスラーの構え?
 
 しかも見てると妙にサマになってる──いやいや、治療師の筈、だよな?

 疑問は次の瞬間、衝撃に変わった。

「わたしってぇ、けっこうせっかちなの♪」

 間延びした声色のまま蓬莱が一気に踏み込んだ。弾丸のようなショートラリアット──いや、肩は囮だ! 腰に巻きつくタックル!

「えっ、速──!」

 秋月は咄嗟に重心を沈め、体を捻って自ら潰れながら受け身を取る。柔術特有の崩れ腰。“倒れた”のではなく“倒れてやった”動きだ。蓬莱は肩透かしを食らい、すぐさま距離を取った。

「反応いいねぇ~。これは楽しくなりそうだねぇ♪」

 蓬莱の目がプロレスラーのそれに変わった。次の瞬間、緩慢な口調とは真逆の切れ味で体が回転する。スピニング・ヒールキック!

 秋月は腕で受けて滑らせ、足を刈るように払う。畳の上に落ちた衝撃はほとんどなく、山守流柔術の受けと崩しの美しさに中山が感嘆の声を漏らす。

「驚いた。蓬莱はこれで本当に治療師なのか?」

 足さばきも体幹のひねりも完全にリング仕込み。俺の脳裏に「治療師=後方支援」という先入観がタックルより速く吹き飛ぶ。

「すげぇぜ! まさか道場でこんなプロ顔負けの試合が見れるなんてな!」

 熊谷は拳を震わせ興奮している。

 蓬莱がトップロープばりの大きな跳躍からフライングニールキックを放てば、秋月は空中で掴み取るように腕を絡め、空気投げで受け流す。畳に落ちる寸前、蓬莱はまるでマットに受け身を取るかのように背中を叩き、すぐさまブリッジで立ち上がった。

「やるじゃないの、アキちゃん!」

 蓬莱が嬉々として叫ぶ。秋月も口元をほころばせた。秋月が試合でこんな表情を見せるなんて驚きだな。

「こちらこそ……蓬莱さん、強い!」

 両者の闘志が火花を散らした瞬間、蓬莱が奇妙なフォームを取る。片膝をつき、両腕を広げ──そのまま秋月の腕を掴み回転。秋月は腕を取られながらも体を預けるように回り、落ち際に関節を外して投げを無効化した。

「アハハッ、受け身も完璧だねぇ――」

 蓬莱の目がさらに鋭くなる。次の攻防は一瞬だった。蓬莱が飛び込みながら足を絡め、三角締めの体勢を取ったその刹那、秋月は自ら高く跳躍して締めを緩め、空中で横転。着地と同時に蓬莱の足を外へと誘導し脱出──とんでもない攻防だ。

「す、すごい。あんな動きが出来るなんて」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「マァ!」
「ゴブゥ!」
「モグッ!」
「お姉ちゃんたち凄い!」
「ガウガウ!」

 二人のハイレベルな戦いに、愛川やモンスター達は勿論、紅葉や菊郎も興奮していた。

 そこからは怒涛だった。蓬莱が回転蹴りを放てば秋月は肘で受け流し、そのまま投げへ。蓬莱は背中で受け身を取ったあと、ブリッジで跳ね起き再び距離を詰める。

「ははっ、こりゃあ本気で化け物じみてる!」
と熊谷が興奮し、中山は「治療師の皮を被った大胸筋だ!」と謎の称賛。

 俺は完全に目を奪われていた。すると鬼姫が横で小さく笑う。

「風間、ブレイクハートって仮面レスラー、聞いたことあるかい?」
「確か何年か前に地下闘技場を騒がせた伝説のレスラー……いや、まさか!」
「ふふ、その『まさか』が蓬莱さ」

 仮面レスラー“ブレイクハート”。観客の心を“ブレイク”する華麗な技で異名を取った選手。その正体が目の前で秋月と試合を繰り広げる蓬莱と聞いて、鳥肌が立つ。

 どうりで“治療師なのに”強すぎるわけだ。

 そして、秋月は秋月で山守流の投げと崩しを存分に披露し、まるで古流柔術の教本を見ているような動きだった。治療師と柔術家──肩書きだけでは測れない二人の激闘に、道場の空気は熱気で満ちていた――。
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