理系女子が16世紀イタリアに似た異世界の貴族令嬢に転生。追放されたので、魔法科学で領地の文明水準を引き上げます

ねこまんまる

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4 追放の朝の二人

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翌日、まだ太陽が城壁の向こうに昇りきらない薄明の刻。
アルノ川には、薄い霧が立ち込めていた。
イタリア中部を流れる大河であるアルノ川は、フィレンツェの街を南北に分けている。

追放を告げる鐘が鳴るまで、残された時間はもうわずかだ。

フィレンツェの城壁にはいくつもの門がある。
そのひとつ、教会に近いポルタ・アル・プラート門。

ルネサンス期のフィレンツェ西端に位置する城壁の門で、重要な都市出口だ。
東側の都市中心にくらべたら、商人・職人・巡礼者の出入りが多い場所。

その外れにある馬留所うまとめしょには、夜露の染みた藁の匂いと、馬の吐息が白くただよっていた。

馬を一時的につないでおくこの場所に、追放された隊長ルカの姿があった。

兵の紋章を外された革鎧を身につけ、黙って馬の背へ荷をくくりつけている。

木柱に繋がれた栗毛の馬が、落ち着かず前足で石畳を鳴らす。
厩番の少年が干草を抱えて近づいたが、ルカは目だけで礼をしめし、言葉を発しなかった。
 
私は、彼の背に声をかける。

「待ってください、ルカ・ベラルディ」

手綱を引きしめたルカは、振り返らなかった。
ただ肩越しに、灰色の瞳だけがこちらを向く。

私はドレス姿ではなく、簡素な服を着た状態で、彼のまえに立っていた。
 
追放された身である私は、貴族令嬢ではなくなったので、華やかな絹や刺繍の服はすべて没収されて質入れ・売却されている。

いま着ているものは、漂白されていない亜麻布(リネン)製の服。
当時、下級貴族や市民の平服に多く使われていた生地だ。

そして、旅装用の麻エプロン。
街を出る女性は髪を覆うのが常識なので、頭にはスカーフ。
荷物は、旅用の鞄だけ。

私は息を吸って、ルカにむけて言った。
 
「あの場で、命を賭けてかばってくださったこと、決して忘れません。
私は、ただ守られただけの娘で終わりたくない。必ず――あなたに報います」

ルカは低く笑って、肩をすくめた。

「俺は、とくになにもしていない。お嬢様は生き延びることだけ考えていればいい」

私は首を横に振った。

「いいえ。だれも味方がいなかったあのとき、あなたが声をあげてくれたおかげで、私は絶望のふちから救われました。
私は魔法科学の知識を持っています。
錬金による金属生成、薬草精製、蒸気仕掛けの水車や小型工房装置も作れます」

彼の瞳がわずかに揺れた。
 
「魔法科学?」
 
「魔法そのものを唱えるのではなく、道具に魔力を封じ込めて使う技術体系が魔法科学です」
 
たとえば、ランプに魔法をかけ、火薬庫でも安全に使えるような、火や油なしで灯るランプを作ったり。

魔術師の才能よりも、職人の技術・理論・設計が重視される。
 
私は言葉を続けた。

「かならず、あなたに魔法科学の武器と装置を贈ります。あなたがどんなに笑って否定しようと、私はそれを作り上げる。
それが、あなたの慈悲にすがった私のせめてもの報いです」

私には、やるべきことが3つある。
 
ひとつは、傭兵隊長ルカ・ベラルディに、魔法科学で恩をかえすこと。
 
ふたつめは、魔法科学で領地の文明水準を引き上げること。
 
みっつめは、婚約破棄によって失墜したロレンツィ家……迷惑と負債を背負わせた父と母、兄に、魔法科学で稼いで金を送り続けること。
 
貴族ではなくなろうとも、いつか家の名誉も私自身の名も、金と知識で取り戻す。
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