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19 デート
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その道を抜けると、噴水のある小さな広場に出た。
豪奢な装飾はないが、石を積み上げただけの水盤から、絶えず水が落ちている。
旅人や町人が水盤のふちに腰を下ろし、水袋に水をいれたり、息をついたりしていた。
ルカは足を止め、ひとつの露店に近づいた。
そこは、焼いた栗を売る店だった。
16世紀、とくに南ヨーロッパでは、季節限定で都市などではよく見られる。
栗は、貧民から庶民までが買う日常食なのだ。
店主の老人は煤けた帽子をかぶり、小さな火鉢の前に腰を下ろしながら、鉄鍋の中で栗をころがしながら焼いている。
栗の皮が裂け、ところどころ黒く焦げ、香ばしい匂いがただよっている。
老人は片手に木のへらを握ったまま、こちらに目を向けずに言った。
「焼きたてだよ。三つで二ソルディ」
ルカは腰の小袋から銅貨を指先で一枚ずつ抜き取り、数えてわたす。
「温かい方を。歩き疲れていてな」
「へいへい。ちょうどいい焼き具合さ」
老人は鍋の中から栗を三つつまみ、布の切れ端のような包み紙に放り込んで、軽く折って差し出した。
ルカはそれを受け取り、こちらへ戻ってくると、紙ごと私に手渡した。
「今の季節は、このくらいがいちばんうまいんだ」
「お金は半分出させてください」
「一応、これはデートだからな。俺が支払う」
「あ、ありがとうございます」
はっきりと言われ、私は恥ずかしくなってうつむいてしまう。
ルカも、どこか照れた様子でいた。
受け取った紙越しに、栗の熱がじんわりと伝わってくる。
表面は黒く焼け、殻が自然に割れていた。
そこからのぞく薄黄色の身は、少し乾いているが、ほのかに甘い香りがする。
爪で殻をはがすと、ほくほくとした湯気が指先に触れた。
栗をかじると、ほんのりとした甘さの奥に、どこか燻された香りが残った。
並んで栗を食べながら、石の噴水の縁に腰を下ろす。
石は冷たく、水音が静かに響いていた。
ルカが、ぽつりと言う。
「プラートは、人が暮らしているのがよく見える町だ。華やかさはないが、俺は嫌いじゃない」
「私もです」
「……楽しませることができてなかったら、すまない。なにしろ、デートなんてはじめてだから」
「充分、楽しいですよ。それに、私もデートをするのははじめてです」
「そうなのか? 以外だな。きれいだから。男性に放っておかれないと思っていた」
そう言ってから、少し遅れて自分の言葉に気づいたのか、彼は咳払いをした。
私は、耳まで赤くして視線を落とす。
栗の袋を胸元に引き寄せ、しばらく言葉を探しながら黙り込む。
「婚約はしてましたけど……それだけです。異性と一緒に歩いたり、話したりすることはなくて……」
「なら、光栄だな。屋台の栗を一緒に食う相手に選ばれるなんて、悪くない」
彼は一瞬こちらを見て、すぐに視線を外した。
籠の中でにわとりのマッキアが小さく鳴いたので、栗をさしだしてみると、クチバシで栗をつっついた。
こうしてルカと一緒に町を歩いたのは、用事のついでのはずだった。
けれど確かに、これはプラートでの小さなデートだった。
◇
プラートを出て、私とルカはトスカーナの屋敷に帰る。
籐のかごの中で、にわとりのマッキアが小さく羽を鳴らした。
かごには布をかけてあるから、外の光はやわらかく遮られている。
石畳を踏むたび、かごはわずかに揺れ、その振動に合わせて、にわとりの温かな体温が伝わってくる。
トスカーナの午後は乾いていて、風はオリーブ畑の匂いを運んでいた。
遠くには低い丘が重なり、その斜面に点々と農家の屋根が見える。
荷馬車の車輪が土道を軋ませ、羊飼いの鈴の音が、ゆっくりとした時間を刻んでいた。
私は、かごを抱え直す。
「これで、たまごが食べられますね」
ルカが「そうだな」と笑って返事をする。
このにわとりは、特別なものではない。
町の家畜市で買った、ごく普通の雌鳥だ。
だからこそ、それでいい。
にわとりを変える必要はない。
変えるべきなのは、「環境」だ。
屋敷に戻ると、私はにわとり小屋に足を運んだ。
石と木で組まれた簡素な小屋。
床には藁が敷かれているけれど、湿りやすく、どうしても臭いがこもる。
豪奢な装飾はないが、石を積み上げただけの水盤から、絶えず水が落ちている。
旅人や町人が水盤のふちに腰を下ろし、水袋に水をいれたり、息をついたりしていた。
ルカは足を止め、ひとつの露店に近づいた。
そこは、焼いた栗を売る店だった。
16世紀、とくに南ヨーロッパでは、季節限定で都市などではよく見られる。
栗は、貧民から庶民までが買う日常食なのだ。
店主の老人は煤けた帽子をかぶり、小さな火鉢の前に腰を下ろしながら、鉄鍋の中で栗をころがしながら焼いている。
栗の皮が裂け、ところどころ黒く焦げ、香ばしい匂いがただよっている。
老人は片手に木のへらを握ったまま、こちらに目を向けずに言った。
「焼きたてだよ。三つで二ソルディ」
ルカは腰の小袋から銅貨を指先で一枚ずつ抜き取り、数えてわたす。
「温かい方を。歩き疲れていてな」
「へいへい。ちょうどいい焼き具合さ」
老人は鍋の中から栗を三つつまみ、布の切れ端のような包み紙に放り込んで、軽く折って差し出した。
ルカはそれを受け取り、こちらへ戻ってくると、紙ごと私に手渡した。
「今の季節は、このくらいがいちばんうまいんだ」
「お金は半分出させてください」
「一応、これはデートだからな。俺が支払う」
「あ、ありがとうございます」
はっきりと言われ、私は恥ずかしくなってうつむいてしまう。
ルカも、どこか照れた様子でいた。
受け取った紙越しに、栗の熱がじんわりと伝わってくる。
表面は黒く焼け、殻が自然に割れていた。
そこからのぞく薄黄色の身は、少し乾いているが、ほのかに甘い香りがする。
爪で殻をはがすと、ほくほくとした湯気が指先に触れた。
栗をかじると、ほんのりとした甘さの奥に、どこか燻された香りが残った。
並んで栗を食べながら、石の噴水の縁に腰を下ろす。
石は冷たく、水音が静かに響いていた。
ルカが、ぽつりと言う。
「プラートは、人が暮らしているのがよく見える町だ。華やかさはないが、俺は嫌いじゃない」
「私もです」
「……楽しませることができてなかったら、すまない。なにしろ、デートなんてはじめてだから」
「充分、楽しいですよ。それに、私もデートをするのははじめてです」
「そうなのか? 以外だな。きれいだから。男性に放っておかれないと思っていた」
そう言ってから、少し遅れて自分の言葉に気づいたのか、彼は咳払いをした。
私は、耳まで赤くして視線を落とす。
栗の袋を胸元に引き寄せ、しばらく言葉を探しながら黙り込む。
「婚約はしてましたけど……それだけです。異性と一緒に歩いたり、話したりすることはなくて……」
「なら、光栄だな。屋台の栗を一緒に食う相手に選ばれるなんて、悪くない」
彼は一瞬こちらを見て、すぐに視線を外した。
籠の中でにわとりのマッキアが小さく鳴いたので、栗をさしだしてみると、クチバシで栗をつっついた。
こうしてルカと一緒に町を歩いたのは、用事のついでのはずだった。
けれど確かに、これはプラートでの小さなデートだった。
◇
プラートを出て、私とルカはトスカーナの屋敷に帰る。
籐のかごの中で、にわとりのマッキアが小さく羽を鳴らした。
かごには布をかけてあるから、外の光はやわらかく遮られている。
石畳を踏むたび、かごはわずかに揺れ、その振動に合わせて、にわとりの温かな体温が伝わってくる。
トスカーナの午後は乾いていて、風はオリーブ畑の匂いを運んでいた。
遠くには低い丘が重なり、その斜面に点々と農家の屋根が見える。
荷馬車の車輪が土道を軋ませ、羊飼いの鈴の音が、ゆっくりとした時間を刻んでいた。
私は、かごを抱え直す。
「これで、たまごが食べられますね」
ルカが「そうだな」と笑って返事をする。
このにわとりは、特別なものではない。
町の家畜市で買った、ごく普通の雌鳥だ。
だからこそ、それでいい。
にわとりを変える必要はない。
変えるべきなのは、「環境」だ。
屋敷に戻ると、私はにわとり小屋に足を運んだ。
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