没落令嬢の子育て記。12世紀ドイツに似た異世界で、拾った子犬がイケメン精霊犬になりまして

ねこまんまる

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翌日。

夕暮れが近づいてきたので、夕食を作ることにした。

家のなかが薄暗くなってきたけれど、まずしい農家だから、ランプみたいなものはない。
炉で燃えている火だけを明かりにして、料理をはじめる。

黒ずんだ土鍋の中に、大麦とキビを混ぜた穀物と水を入れて、穀物粥をつくる。
この穀物粥は、グルエルとよばれる中世料理だ。
穀物を水で煮ただけの、うすいかゆ
中世では、このシレジア地方でも穀物粥は広く食べられていた。

炉のはしに鍋を置き、ぐつぐつさせない程度に煮込む。

朝から水に浸しておいた穀粒は、煮えるにつれて殻がやわらくなり、湯気とともにほのかな甘い匂いを立てる。

吹きこぼれないよう、火は強くしすぎない。
薪を1本、そっと炉へ差し込む。

つぎに、小さな鉄鍋でおかずを作る。
カブとタマネギを刻み、少量のラードでゆっくり炒めるだけだ。
現代日本とくらべると、中世の野菜のレパートリーはかなり少ない。
このシレジア地方で食べられているのも、冬越しできる種類の野菜のみだ。

料理の仕上げに、素焼き壺に入れて乾燥保存していたパセリを取り出して、指でパラパラと砕き、煮野菜にひとつまみ入れた。
これは、去年の夏に庭で干しておいたパセリだ。

現代だと食材は一年中手に入るけど、この中世ヨーロッパでは、そうじゃなかった。
だから入手できた時期に乾燥保存したものを、大切に使っていく。

「うん、ぜいたくじゃないけど、これがあるだけで食卓は少し豊かになるわね」

現代とくらべたら食事は簡素だけど、1日の労働を終えた体をたしかに満たしてくれる。

うなずいていると、コハクが帰ってきた。

「ただいまー!」

外から戻ってきたコハクは、羊毛の上着を脱いで頬を赤くしながら私に駆け寄った。

「アーデルさん! もうごはん? お腹すいた!」

「コハク。おかえり。ほかの三人は?」

「すぐに帰ってくると思うよ」

「さきに、ごはんを食べておく? すぐに準備するわね」

木椀に穀物粥(グルエル)をよそっていると、ふいに思いついた。

「コハク。今日は特別に、食べさせてあげようか?」

木のさじを手に、あえて幼い子どもにするように言ってみる。
さて……どうなるか。
反抗期なら“じぶんで食べる!”と怒るかもしれない。

コハクは一瞬きょとんとした後、ぱあっと顔を明るくした。

「ほんと!? たべさせてくれるの!? うれしい!」

……反抗期どころか、むじゃきに大喜びだった。

炉の前の板台に腰を下ろさせ、私は匙をすくってコハクの口元へ運ぶ。
コハクはそれを食べると、しっぽを振りながら喜んだ。

「……んん~~っ! あったかい! おいしい!!」

この時代、毎日メニューはほぼ同じなのに、この子たちは文句もいわずに食べてくれている。

中世は、食材がないのではなく、ぜいたくな食材がないだけなのだ。
家畜は資産なので肉が食卓にでることは少なく、野菜は現代のように種類が多いわけではなく、使える調味料はわずか。

私はもう一匙ひとさじすくう。

「はい、コハク」

「おいしい!」

コハクは幸せそうに頬をゆるめ、温かい穀物粥をもぐもぐと食べ続けた。

反抗期がこないのは、私の育て方が原因なのだろうか。
私がぼんやりと考えていると、コハクが問いかけてくる。

「アーデルさん、考えごと?」

「……うん。考えごと、全然まとまらなくて」

「まとまらなくても、いーんじゃない? 考えごとってさ、無理に形にしようとすると、かえって絡まるんだよ。だから今は――頭を休ませる時間」

「……私は、あなたたちに出会って、よかったのかな……」

小さな、弱音。
コハクは、間を置かずに答えた。

「うん。僕たち、出会えてよかったと思ってるよ」

「……ほんとに?」

「ほんとほんと」

にこっと、いつもの笑顔。

「だってさ、アーデルさんと一緒にいると、あったかいもん」

その言葉に、私の胸がじんわり熱くなる。

「ありがとうね、コハク。はい、もうひとくち」

「んーっ! あったかくて、おいしいー!」

コハクは頬をいっぱいにふくらませ、そのたびに笑って目を細める。
水で煮ただけの穀物粥なのに、こんなにおいしそうに食べてくれるだなんて。

コハクは「アーデルさんのごはん、いちばん好き!」と言ってくれている。
そんな言葉を言われては、反抗期を心配していた自分が少しおかしくなる。
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