没落令嬢の子育て記。12世紀ドイツに似た異世界で、拾った子犬がイケメン精霊犬になりまして

ねこまんまる

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18 針葉樹の森

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その日、私は村はずれの森へひとりで来ていた。
冬越しのための『まき拾い』をするためだ。

この時代、まきは家族の命綱だ。
暖炉で使うだけでなく、煮炊きや湯沸かしにも不可欠。

ぬれた薪は役に立たないから、雪の降る前に森へ入り、乾いた倒木や小枝を集めておかなければならない。

「あれ?」
 
気がつけば、見慣れない景色になっていた。

まわりにあるのは、モミやトウヒなどの木々。
空へ向かって真っすぐのびた針葉樹ばかり。

足下では、厚く積もった腐葉土が湿った音を立てていた。
雨水と、落ち葉や獣の残した有機物が染み込み、土はどこか甘くすえた臭気を放つ。

「針葉樹……ということは、森の奥?」

思わずつぶやく。

12世紀のシレジアは、原生林に近い混交林(※広葉樹と針葉樹)が広がる土地だ。
村の長老から、森の奥には近づくなと何度も聞かされていた。

村のまわりにある森は、太陽の光があたる手前の部分だけはブナやナラの広葉樹が生えていて、寒くて暗い森の奥は、寒冷に強い針葉樹が生えている。
 
針葉樹が生えている『森の奥』は、日差しが地面まで届かない。
昼でも薄暗く、湿り気が多く、方角を見失いやすいから迷子にもなりやすい。
 
私は肩にかけた麻袋を握りなおす。

「……戻らないと」

そう思ったのに、森の空気は静かで、木々の間には道が見えず、来た方向さえ曖昧あいまいになっていた。

胸の奥に、じわりと不安が広がる。

「おちついて……大丈夫。帰れる」

針葉樹の森で迷ったとき、最も危険なのは恐怖そのものだ。
立ち止まり、水と音を探し、寒さを防げば、森は必ず人の痕跡へとつづいている。

そのとき、苔むした地面の下から、乾いた音がひびいた。
――かちり、かちり。
それは石ではなく、骨がぶつかるような音。

次の瞬間、黒く重たい土の表面がひび割れ、骨の指が土を押し広げて突き出された。
黒い大地から骨の腕が、骨の肩が、頭蓋骨がせり上がってくる。

どろを振り払って地面から姿をあらわしたのは、ガイコツの兵士だった。
墓の上にかれる石灰のように骨は白く、空洞の眼窩がんかには赤黒い光がともり、牙のように並ぶ歯が鳴りあう。

「スケルトン兵……!」
 
モンスターを目の前にして、私は顔を青ざめさせた。
 
記録官は、あれを『アンデッド系モンスター』と分類している。
古代ギリシア神話の文学的創作には、スパルトイという骸骨兵が登場するが、この世界ではモンスターとして実在する。

土から這い出してきた骨の兵士は、さびた剣をにぎりしめていた。
 
長い年月を経た骨は乾ききっており、動くたびに、ガシャッときしむ。
骨の隙間には土がつまり、ところどころ苔や根がからまっている。

スケルトン兵の頭蓋骨が、カシャカシャとあごをきしませた。
肉も舌もないのに、乾いた骨の歯列がぶつかり合い、そこから「ギャギャギャ」という声のような音が漏れてくる。

スケルトン兵が、がしゃりと剣を振り上げて突進してきた。

本能が、警告を発する。

胸が急速に縮まり、心臓が暴れ馬のように跳ねた。
逃げなきゃ!と思うのに、恐怖でアドレナリンが一気に噴き出し、全身の筋肉は勝手に硬直してしまう。

立ちつくしていると、スケルトン兵が剣で攻撃してきた。

剣は、私のこめかみ近くを殴りつける。
長く地中に埋まっていたのか、剣はもはや武器ではなく、鈍い鉄の棒のようになっていた。
中世の剣は『錬鉄れんてつ+鋼』で作られているから、地中に長くあれば必ず切れ味を失う。

「うっ!」

私は前のめりに倒れた。
鈍い衝撃が頭蓋を震わせ、耳の奥でリンパ液が大きく揺れる。
視界の端に白い火花が散り、上下の感覚が崩れていく。

「やだっ……助けて……!」

唇が裂けたのか、血の鉄味が舌に広がった。
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